俺という転校生
「はぁ…なんか気分乗らねぇな…」
平日の午前8時。まだ慣れない道のりを足取り重くも進む。季節は4月の春。空は快晴。朝会社へ出勤する人や学校へと向かう中学生が少々。特別目立った建物などもなく、田舎でも都会でもないような景色。ここから得られる情報はこれくらいでしかない。
生活するには特に困ることもなく、むしろ環境的にはベストである。だが正直周りのことなどどうでもよかった。この足取りの重たい原因さえどうにかできれば…。
遡ること2日前…
「今日からこのクラスに転校生が加わります!」
「えぇ!?マジか!」
「つーか高校で転校ってあるんだな!」
「どんな子だろー?」
「はーい!静かにして!…入ってきていいわよ!」
転校生が来ると自然と盛り上がるのは学生の恒例行事であり、当然その転校生に全注目を集めることとなる。それぞれ何を期待しているかなど大方予想は付くが、その期待が重い。転校早々躓く奴もいると聞くが、このやり方がその原因ではないのかと、ここに立つ者全員が思うであろう。誰もが人前が得意なわけではないのだ。
そんな考えを余所に、教室へと足を踏み入れ、クラスメイトになるであろう者達の前に立つ。目が怖い。
「じゃあ、自己紹介お願いしていい?」
「…はい」
こちらの緊張など全く読み取られず、何を言うのかも決めていない自己紹介を促される。
だがここで間を作ってしまえば余計に気まずい雰囲気になるのが目に見える。声など張るのはいつぶりであるか。通常よりも多く空気を取り込み…
「今日からお世話になります。総時虚です。よろしくお願いします」
いたって普通の挨拶だ。高校生なんてこんなものだろう。変に捻れば挨拶から躓く可能性がある。慣れないことをしてまでクラスに馴染もうとも思わない。平穏が保たれればそれでいい。
周りの反応は意外にも盛り下がることなく、こちらを歓迎する雰囲気であった。いきなり嫌悪感持たれても困るが…。
「へぇ、クールじゃん!」
「なんかかっこいいね!」
「よろしくなー!」
自分の顔面偏差値がどのくらいかなんて考えたことはないし、興味もない。…が、どうやら平均以上の顔ではあるようだ。まぁ上手くいったならそれでいい。
一つ肩の荷が下りた…なんて、安心している場合ではない。自己紹介一つ乗り切ったくらいで山積みの問題が解決したわけではない。なにせ…
ー俺はコミュ障だ
どうこの問題を乗り切るかだ。特別仲のいい友達が欲しいとかではない。クラスののけ者になることを避けなければ学校生活を平和に過ごすことなどできはしない。
話しかける、話しかけられる、どちらにせよ上手く話せる自信などないが…。
「はい!!」
「あら、どうしたの?一途奈さん」
「先生、総時君の席は私の前でどうですか!」
「う~ん、そうね!ちょうどそこが空いているし。総時君はいいかしら?」
「…はい、構いません」
「じゃあケッテーイ!」
なにやらテンションの高い女子が自分の前の席を指定してきた。こちらとしては好都合だ。なにせ窓際かつ後ろから二番目の席。いかにも俺みたいな奴が好みそうな席位置だ。
「よろしくね!総時君!」
「…よろしく、えぇと…」
「私は姶!一途奈姶!」
「よろしく、一途奈さん」
これはとても予想外だったが、奇しくも一人目の友達ができた。これで出だしは大丈夫。いざとなれば頼ることができそうな陽キャだ。俺の性格上こういう奴と絡むのは柄ではないが…まぁ上手く使えそうではある。他に友達ができるまでの間は我慢することにしよう。
…なんて考えは甘かったということがすぐに思い知らされる。
「ねぇねぇ、総時君」
二限目の現代文の授業中、後ろから小声で呼ばれる。今授業している先生怖そうだからあまり授業中に喋りたくはないが…。
あまり気が進まないながらも後ろを振り向くと…
「今何ページの話してるの?」
ーそういうことか…
「58ページの5行目だ」
何を話すのかと思えば、授業中盤にも関わらずどこの内容をやっているのかを今更聞いてきた。よく見てみれば目は少し赤く、瞼も少し上がりきっていない…。恐らく居眠りをこいていたのだろう。どうやら真面目に授業を受けるタイプではなさそうだ。
「ありがとう!!」
「…声がでけーよ」
ーこいつ…まさか…
四限目が終わり、生徒は昼飯を食べるために購買へと足を運ぶ者と、友達と一緒に食べるために別のクラスへと移動を始める者達で分かれ昼食となる。もちろん、俺は一人だ。流石に出来上がっているグループに突っ込んでいく度胸はない。
そそくさと教室を出ていき、誰もいないであろう屋上へと向かう。
「マジか…」
俺の逃げ場となるはずだった屋上は許可なしには入れないようで、いきなり詰んだ。
初日からこれだと先行きが不安ではあるが、これについては仕方ない。どこで弁当を食べるかなど、普通なら考える必要のないことを頭に階段を下りる。だがどちらかと言えば陰キャな俺にとって、これはどうしようもない悩みである。ちょうどいい仲介役がいれば話は別であるが…。
「おーい!総時くーん!」
今日もっとも聞き覚えのある声が俺を呼んでいることに気が付く。知っている奴がいた時の安堵でも急に話かけられたことからの焦りでもない。多少のめんどくささが俺の思考をよぎる。
「…あぁ、一途奈さんか」
見て初めて気が付きましたと言わんばかりの対応を俺は見せる。次は何の用であるか。弁当と金を忘れて昼飯がないとでも言い出すのだろうか。たかが半日接しただけで想像できてしまうことに驚いている。
「もう、どこ行ってたの?一緒にご飯食べる人まだいないでしょ?私が一緒に食べてあげます!」
何を言い出すかと思えば、気の使えることをしているように見せかけて傷口にタバスコ振りかけてきてるように感じるのは俺がひねくれていることが原因だろうか?加えてなぜか上から目線である。だが事実なだけに何も言うことはない。ここ素直に従っておくのがいいだろう。
「あぁ、悪いな。屋上行こうと思ったら閉まってたわ。…確かに一人だと寂しいし一緒に食うか」
「うん!私いいところ知ってるんだよ!早速行こっか!時間も限られてるし!」
「そうだな」
ただ純粋に俺を気にかけてくれていることは確かだ。これが一途奈姶という人間なのであろう。俺とは全くの正反対であり、人に好かれるタイプの人間なのであろう。
恐らく、好かれるタイプの…
「あそこの角から外にっ!?」
「おい…大丈夫か?…弁当全部こぼれてるぞ」
バカである。
俺の方を向きながら後歩きで話かけている際、濡れている床に気が付かなかったのだろう。辛うじて転倒は避けたものの、手に持っていた昼飯の弁当は散々な有様だ。
「あいたた…。大丈夫大丈夫。でも…私のお弁当が…」
「…一途奈さんはドジなんだな」
「な!?そ、そんなことないよ!」
「あるだろ絶対。…それ食べるのはもう無理だから、俺のを半分やるよ」
「え?いいの?」
「あぁ、一人で食うには多いと思っていたんだ」
俺を案内してくれている目の前で弁当ぶちまけられて、昼飯抜きってのも居たたまれない。母親が転校初日だからと張り切って作り過ぎたことが幸いした。
一途奈さんが案内してくれたのは学校の中庭だった。校舎二つに挟まれたサッカーコートくらいはあるかも知れない広さだ。周りには花壇があり、色とりどりの花々が咲いている。中央には噴水もあり、夏であればここに涼みに来るのもいいかもしれない。学校の中庭としてはとても環境が整っている方だと思う。
「総時君、あそこのベンチで食べよ?」
「あぁ、そうしよう」
この中庭には、レンガの道に沿ってベンチがそれぞれ一定間隔で置かれている。なので当然先客は多い。しかしそれでも空きはあるもので…
「すごく広いんだな、この中庭は」
「うん!そうなの!学園祭とかではね、このスペースでカフェを開いたりするクラスもあるから取り合いになるの!」
「へぇ、やっぱり学園祭もあるんだな」
「そう!すっごく盛り上がるの!総時君も楽しみにしていてね!」
「…そうだな」
あまりイベントごとが得意ではないが、とりあえず返事はしておく。この規模の学園だ。学園祭の規模も物凄いのだろう。一途奈さんの性格上、そういうイベントごとは参加不可避なんだとわかる。
「この規模」と言ったが、一日じゃこの学園を把握するのは不可能なレベルでデカい。大型ショッピングモール以上の土地の広さ、全ての校舎が4階建てまたは5階建て。さらにはライブ会場かと思う体育館。大袈裟と思われるかもしれないが他に言葉が見つからない。一体総額いくら掛かっているのか…。
極めつけは学校名だ。「広世高等学校」といういかにも規模のデカい名前をしている。世界は広いなどと、大雑把な表現が教育方針にも組み込まれていたような気もする…。
「ふぅ、ごちそうさまでした!」
「昼飯足りたか?」
「うん!ありがとね、私のために」
「大したことはしてない。そもそも俺のせいでもあるしな」
「え?なんで?」
「俺のためにここまで案内してくれたんだろ?その過程で起きたことだ。俺が悪い」
「総時君って意外と誠実なんだね」
「…うるせぇよ。ほら、食ったなら教室戻るぞ。後2分しかない。」
「りょうかーい!」
昼食を終えた俺たちは午後の授業が始まるギリギリに教室へ戻る。
その後、二時間分の授業を終え放課となり、俺は帰路につく。やっと初日を終えた俺は今日一日のことを思い出す。
「…なんか疲れる一日だったな」
転校初日で疲れが出るのは当然のことであり、俺の性格上とても頑張った方であると思う。だが、一番の疲れの要因は…言わなくてもわかるだろう。確かにこっちからすれば、ありがたい場面は多々あった。…が、振り回された感も否めない。
「明日は祝日…すっげーありがたい」
この疲れを癒すには絶好のタイミングだ。明日は何をして過ごすか…考えてるうちに十字路へ差し掛かる。ここを左に曲がれば自宅へ直進だ。
「総時くーん!」
「…」
いち早く帰宅したい俺の下に今日という日をいい意味でも悪い意味でも色濃くしてくれた張本人の登場だ。…勘弁してくれ。
「一途奈さん…」
「総時君、家この変なの?」
「あぁ、ここを左に曲がったところだけど」
「へぇ!じゃあお家近いんだ!私はこっち!」
と、俺とは反対方向を指さして言った。まさか家が近いのは誤算だった。登下校くらい一人になりたいものだが…。おそらく無理だろうと察する。
「これからは一緒に登下校できるね!」
やはりそうきたか…。最近の男女の距離感というのはこういうものなのか?一途奈さん程度に容姿の整った人なら引く手あまただと思う…。そう考えると一緒に居るのはこちらとしては不都合の方が多い気がする。しかし恩人?といえる人の誘い?を断ることなんてできないし…。
「あ、あぁ。そうだな。よろしくな、一途奈さん」
「うん!」
言ってしまった。あまり深い仲になるつもりは微塵も無かったのに。やはり先行きが心配だ。今朝とは違う意味で…。しかし、なってしまったものは仕方ない。何か変な噂が流れたら上手く受け流せばいい…。いい…。い、できるのか?俺に…。
「じゃあね総時君!また明日!」
「あぁ。じゃあな」
俺はまた明日とは決して言わない。…何故なら、知っての通り明日は祝日だからだ。一途奈さん走るの速いし、でかい声出したくないし、言わなくていいだろう。
やっぱり…バカだったな。
これが俺の転校初日の、現在から2日前の出来事だ。そして今あの十字路に差し掛かろうとしている。これこそ気分の乗らない最大の原因といっても過言ではない。何が待っていて、何を言われるか。考えるまでもない。正直遠回りしていこうとも考えたが、さすがに面倒くさいのが勝ってしまった。
遂に十字路に一歩踏み入れた瞬間…
「…お、おはよう」
焼いた餅のように膨れた顔が見えた。今にも爆発しそうだ。
「なんで…」
あぁ、もう手遅れだったみたいだ。
「なんで昨日休みって教えてくれなかったの!!バカー!!」