序章 虐殺
その不幸は、突如としてある家族を襲った。
現場は見るも無残な光景。地面には人の血が大量に広がっており、生きているかもわからない程度に息をする人達が倒れている。まだ立っているのは...無事でいるのは自分を含めたたった数人。
何故こうなったのか、どうしてこんなことをするのか...。押し寄せる恐怖と疑問の中に、一つだけ確信を得ていることがある。
ー僕を狙っていない...。あえて避けながら他の人を...殺しているのか...?
そう。恐怖で足が竦んでいた僕。そんな人間はいち早く殺されても何の不思議もない。だが、その機会を先延ばしにしているように見えていた。
その狂鬼が次に矛先を向けたのは...
「母さん!!父さん!!」
僕の両親だ。
「ダメ!!真!!来ちゃダメ!!」
不思議だ。さっきまで震えて止まらなかった足が、今は考えるより先に動いている。この恐怖も、目の前で大事なものを失うかもしれないという最大の恐怖に比べたら小さいものだと、それだけが僕を動かしたのかもしれない。
僕は狂鬼の後から飛び掛かり、ナイフを所持している方の腕を掴み抑える。
ーここからどうする!?とりあえずみんなを逃がす!?けど僕が殺されたらみんなを追っていくに決まっている。だからって勝てる保証なんてない...。
「離せ!ガキ!!お前も後でゆっくり半殺しにしてやるよ!」
「離すもんか!!お前の狙いは僕なんだろ!?だったら他の人をこれ以上巻き込むな!」
「なんだぁ?気が付いてやがったのか?だからってヒーローぶってんじゃねーよ!」
やはりそうだ。こいつの狙いが僕であることは間違いない。だが、半殺しとはどういうことなのか。そんなことを考えている暇はない状況であるが、一瞬の思考で力が緩んでしまった。
ーしまった!!
狂鬼は僕を振りほどいた後、僕を襲うのではなくやはり目の前の人たちを襲うそぶりを見せた。
僕は考えるのを放棄し、狂鬼に再び飛び掛かる。そして僕が次にとった行動は...
「なっ!?お前!?」
「真!?」
自分ごとこいつを突き落とすことだ。ここは山奥で、僕らがいる場所は道の片方がちょっとした崖になっている。ちょっとと言っても裕に40mはあるだろうか。多分...僕も死ぬ。
死ぬ恐怖なんてさっきからずっとあったし、こいつを「止める」なんて甘い考えじゃダメだったんだ。だからこそ今頭にあるのはこいつを「殺す」ことで、自分も死ぬであろうことには先以上の恐怖を感じていない。...いや、慣れてしまったんだ。恐らく暴露法なんかと一緒で、この状況下での恐怖がこれ以上の恐怖はないと僕の感覚を麻痺させてしまったんだと思う。
そのまま僕と狂鬼は崖のそこへと落下していく。もっと良い方法があったかもしれない。けど、僕には合理的な判断なんてできそうにないから。
だから...
ーこれでいい。理由はどうあれ、僕のせいでみんなが死ぬなんてあってはならない。
ーごめん、母さん、父さん。貴重な家族旅行を台無しにしてしまって。...ありがとう。
僕の体から発せられたであろう惨い音と、落ちたという感覚で終わりを実感させられる。
これが僕らの身に起きた不幸の一部始終。後に「ある男」の人生を左右させる大事件となる。
ここで僕の人生、真の人生は終わりを迎えた。