【決戦編②】最終決戦都市ミレニアム――悪食の竜戦士と誉れの咆哮
勇者が魔王を封印して千年後の今日。魔王の封印が解かれる日。
最終決戦都市ミレニアムに世界中の英傑が集った。
全ての職種の全ての種族が世界を救わんと魔王への決戦に挑む。
祝福と共に聖女が散った空の下、悪食の竜戦士トニグラが突貫する。
祖先より継承してきた竜の胃は果たして魔王を飲み込めるのか。
戦士達の死出の突撃が始まる。
※最終決戦都市ミレニアムの決戦編の戦士パートです。
※全パート順不同で好きな様に読んでもらって構いません。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
二対の斧を両手に緑の鱗を持ち、魔王城へトニグラは突撃する。
枯れ枝の聖女の祝福を受けた体は仄かに光り、太陽に照らされた緑の鱗がキラキラと輝いていた。
「「「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」」」
トニグラの周り。彼と同じように魔王城。正確にはそこから今まさに出て行こうとする魔王へと突進する戦士達の姿がある。
勇敢な戦士達。先鋒を聖女隊に譲ってしまった。だからこそ、一番初めの突撃は譲れない。
グン! 後ろ脚の四本爪に力を込めてトニグラは加速する。
前方、すぐに届く距離。魔王城の正門が開く。
現れた。現れた。現れた。そこに居る。そこに居る。そこに居る。
牙の様に白い肌。闇より黒い四肢と翼。切り落とされた右の角。
魔王、魔王、魔王である!
「我が名は竜人族一の戦士、トニグラ! いざ参る!」
シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 並人族の刃物の様な牙、長い舌を覗かせてトニグラは咆哮する。
咆哮に気付いたのか、それともたまたまか、魔王の眼がトニグラ達を捉えた。
「戦士達か」
平坦な声。恐怖を感じているようではない。魔王にとってこの英傑達の突貫は脅威でも何でも無いのだ。
自分へと向かって来る火の子を払う様に魔王がトニグラ達へ手を向けた。
「業火」
「!」
放たれたのは極大の炎。土が蒸発し、熱で英傑達の肌が焼けていく。
通常ならばあり得ない。詠唱無しで、それでもトニグラが見たこと無い大魔法。
「旨そうじゃねえか!」
肌を焼かれながら、トニグラは大口を開け、業火へと突撃した。
他の戦士達は足を緩める。加速したのはトニグラだけ、故に業火へと一番乗りしたのはこの竜人である。
そして、トニグラは魔王の業火を食べた。
ムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャ!
バクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバク!
城一つ包めそうだった業火。それ全てがトニグラの胃へと収まった。
「魔王よ! おかわりはまだか!?」
シャッシャッシャ! 双斧を掲げてトニグラは突進する。溶けた地面は熱いが、聖女の祝福がダメージを防ぐ。とにかく早く魔王へと突撃するのだ。
「トニグラへ続けええええええええええええええええええええ!」
「UOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
トニグラの背後で戦士達が雄たけびを上げる。作戦通りだ。トニグラの役割は魔王の魔法を食べること。少しでも多くの戦士達が魔王に到達するために。
今の業火で戦士の約一割が蒸発した。魔王とはまだ十足跳びの距離がある。
「竜の胃か」
魔王の呟いた声が鋭敏なトニグラの耳に届く。
「その通り! 偉大なる祖先から引継ぎ続けた食の魔法! お前の全てを喰らってやる!」
悪食の竜戦士。トニグラの偉大なる蔑称。
千年前から代々継承し続けてきた竜の胃袋。それがありとあらゆる物を食すことを可能にする。
食という概念。トニグラの胃に収められない物は無い。
魔王まで後八歩。魔王が次なる魔法を放った。
「氷獄」
続いて生まれたのは時さえ凍らせられそうな氷河の河。迫り来る無限の壁の様な氷獄がトニグラ達へ迫り来る。
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
食と言う概念を拡張し、目に映る氷獄の全てがトニグラの口へと吸い込まれる。
「あああああああああああああ! 凍る! 助け――!」
取りこぼした戦士達が凍り、氷水に飲まれ、流されるのが眼に見えた。
トニグラの背後で戦士達が固まる。指の一つでも氷獄に囚われたら待つのは凍って砕け散る死だけだ。
バキバキ! 先の業火で熱せられた牙。それが氷獄で冷やされ、数本砕けた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
竜の胃へ魔王の魔法を飲み込んでいく。
進め進め進め! 足を止めない。止めてはいけない。
飲め食せ消化しろ! 千年の継承はこの時のためだ。
そして、ついにトニグラは氷獄を全て飲み干した!
「行けええええええええええええええええええええええええええええええ!」
戦士の誰かが声を上げる。魔王との距離は英傑達の一足の間。
魔法の隙間。戦士達の武具は届く!
残り六割となった英傑達が魔王へとなだれ込む。当然その先陣にトニグラも入っていた。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
トニグラの双斧が上下から竜の顎の様に魔王へ挟み放たれる。
狙うは翼と脇腹。少しでも魔王へダメージを。それが戦士達の役割だ。
「疾風」
ヒュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
再び魔王は短い詠唱で答えた。風属性の中級魔法。その筈だが威力は最上級魔法と遜色ない。
刹那で生まれた風圧。戦士達が浮き上がる。
「風じゃ腹に溜まらんぞ!」
浮き上がった体。三度トニグラが魔法を飲み込む。
竜の胃は食において万能だ。概念としての食。たとえ風であろうと消化できる。
魔王の暴風はすぐさま収まり、戦士達の足が地面へと着地しようとする。
その直前、魔王が一歩踏み出し、トニグラへ左腕を振り被った。
まずい! 体はまだ浮いている。まともな回避はできない。
せめて、と、トニグラは双斧を前に出し、防御の体勢を取る。
「お前は邪魔だ」
バァアアアアン!
魔王の左腕が双斧を砕き、そのままトニグラの腹へと突き刺さる。
腹が爆ぜ、トニグラの全身が十数の建物を破壊しながら後方へと弾き飛ばされた。
鬼人族をも超える衝撃的な力。魔法だけではなく膂力さえも魔王は凄まじいのか。
千年前の伝説。そこから想像していた魔王の力。現実はそれを遥かに超えている。
絶望的な差が戦士達と魔王にはあった。どれほどの力があの細い体に込められているのだろう。
シャアシャア。トニグラは長い舌を出して笑ってしまった。
今の一撃だけで分かる。決して届かぬ戦士としての高みがこの世にあったのだ。
竜の胃を継承するための日々を思い出す。多くの兄弟、多くの仲間、多くの敵。竜人族の最強の戦士になるために払ってきた犠牲は決して少なくない。
それでも魔王には届かないのだ。
ボタボタ口から血が垂らし、ガラガラとガレキを鳴らしてトニグラは前を見た。
たった数秒、守り手役たる自分が消えた最前線。 戦士達はもう数えられるほどまで数を減らしていた。
「UOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
けれど、勇ましき戦士達の叫びは枯れることはない。死体を踏み越え、四肢を爆ぜさせ、一歩でも魔王へと肉薄していく。
それで良い。死への旅路は聖女達が先陣を切った。次の誉れは譲れない。戦士の誇りにかけて魔王に牙を突き立てるのだ。
立ち上がってトニグラは走り出す。ガチガチと地面を鳴らす二対の斧。両方とも罅が入り、片方は半分砕けていた。
トニグラは聖女が輝かせた空へと声を上げる。
「我が悪食はこの時のために!」
叫んだというのに魔王はトニグラを見ていない。淡々とその白い肌と黒い四肢を揺らして向かってくる戦士達を処理していく。
体が残っている方が稀な戦士の死体。駆けるトニグラはそれらへ大口を開けた。
「いただきまああああああああああああああああああああああす!」
食を告げるトニグラの号令。竜の胃がその魔法を最大限に発動する。
トニグラの視界に映る戦士達の死体。それが一気にその大口の中へと吸い込まれた。
戦士達をトニグラは咀嚼する。血と肉と魂の味。それらは喉を通り、あっという間にトニグラの胃へと収まった。
食と言う概念魔法。その先にあるのは血肉への変換である。
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
世界の英傑達。その魂が竜の胃中で融合し、血肉と成ってトニグラの全身を行き渡った。
全身に満ちた過剰量の魔力。それがトニグラの体を変化させた。
身体強化や魔力強化などではない。 竜の血と魔力の共鳴。それはもはや侵食に近い。
竜の胃袋というただ一つの臓器。その概念がトニクラの全身へ拡張する。
バキボキ。グチャグチャ。骨が歪み、皮が破れ、血を吹き出しながら肉の鎧は生まれた。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
巨大な竜。千年前、魔王との戦争で滅ぼされた竜の姿である。
「我が名はトニグラ! 悪食竜トニグラである!」
古の竜への変身。竜戦士の秘奥。骨血肉全てを不可逆に作り変える生涯ただ一度の妙技。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
牙を剥き、トニグラは魔王へと突進する。躍動する四肢、疾風を生む翼。確信する祖先が求めた姿は今まさにここに顕現した。
「岩星」
ここまでして初めて魔王はトニグラを見た。他の戦士達を皆殺し終わったからかもしれない。判断は付かないし、トニグラにはもう理解できない。既に複雑な思考はもうこの竜戦士にはできないのだ。
魔王の魔法。それは大地から今のトニグラと同じかやや大きい巨大な岩石を射出する。まともに当たれば即死は免れない。けれど、今のトニグラの速力ならば避けることもできる筈だ。
「GRYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
だが、竜は避けない。大口を開けて、あろうことか向かって来る岩星へ牙を突き立てた。
「悪食だな」
淡々と魔王が呟く。呆れも称賛もどちらでもない様な声。だが、その言葉はトニグラにとって誉れだ。
悪食の竜戦士。それがトニグラだ。だからこそ、竜の胃を継承したのだ。
そして、トニグラの大きな顎は岩星の全てを砕き、胃へと嚥下した。
「まだまだまだまだあああああああああああああああ! おかわりはまだかああああああああああああああああああああああ!」
トニグラの意識は既に希薄に成っていた。
意識を侵食する飢餓。圧倒的な飢餓。巨大化した体。竜の胃は食物を欲している。
飛びそうになる意識を繋ぎ止めるのは竜戦士としての誇りだけ。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
言葉を失いそうだ。父と母の教え、兄弟姉妹との思い出、培ってきた修行の日々。全てを飢餓が上回る。
早く、早く、早く早く早く! 肉でも岩でも魔法でも何でも良い。この胃に入れて飢えを満たしたい!
ガリガリガリガリ! 牙が地面を削り、少しでも胃を満たさんとする。だけれど駄目だ。竜の胃は遅々として埋まらない。
「オ前を喰わsえrお!」
トニグラが魔王に到達する。ゾッとするほど白い肌、美しい黒き翼と四肢。どこもかしこも旨そうだ。
魔王は表情を変えない。喜びも怒りも悲しみも楽しみも竜の眼では分からない。
けれど、魔王は戦いを止めなかった。
突き立てるトニグラの牙。それを魔王が両腕受け止める。顎の膂力で地面が割れ、それでも魔王は涼し気だ。
「腹が減ったのなら食わせてやる」
宣言。飢餓に飲まれながらもトニグラは危機を察知する。それだけだ。避けるのには理性が足りない。
「円環」
魔王の左角から魔法が生まれる。魔力で作られた円環の蛇。それは真っ直ぐにトニグラの大口へと放たれた。
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
何が相手であろうと概念魔法は絶対だ。竜の胃が躍動し、円環の魔法を消化する。
トニグラは首を振り、牙から魔王の手を引き剥がす。膂力は互角。竜の姿に成って初めて互角。つまり、倒せる可能性があるということだ。
四肢、尾、全てを使って魔王へと加速する。牙を突き立て、その体をこの胃に収めればトニグラの勝ちだ。
「疾風」
ヒュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
再び生まれた強烈な疾風。それは魔王の体を瞬間的に浮き上がらせた。
「nげrな!」
よだれを垂らし、トニグラも翼を使って空へ飛んだ。
黒翼を広げ、魔王がトニグラへと手を向ける。
「天雷」
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!
発生したのは光の裁き。極大の天雷がトニグラへと堕ちる。
だが、トニグラは既に大口を空へと向けている。全ての雷は胃袋に収まった。
「もっとだ! もっと喰わせろ!」
翼を大きく揺らし、今度こそ魔王へその大口を開ける。
その瞬間、トニグラの腹が大きく膨らんだ。
「!」
バランスを崩し、トニグラの竜の巨体は地面へと落下する。
立ち上がらんと四肢を動かすが、膨らんだ腹でトニグラは上手く動けなかった。
「どういう事だ!?」
トニグラが驚愕したのは腹の異常ではない。
竜の瞳には理性が戻っている。トニグラを狂わせていた飢餓感が消え去っていたのだ。
次いで襲ってきたのは内部から破裂してしまいそうな満腹感。
異常の何処で生まれているのかは分かっている。胃だ。祖先より代々引き継いできた竜の胃である。
驚愕への解答は直ぐに為された。
「食は有限にだけ有効な概念だ」
苦しみの中でトニグラは悟る。魔王がわざわざ食わせる為だけに放った、円環の魔法。あれは無限の概念を持つ魔法だったのだ。
無限の概念。伝承にしか残っていない。魔王が熱かったという記述など何処にも無かった。
失敗を悟る。無限を食べてしまった。何もかもを消化する竜の胃。それでも無限は吸収しきれない。
腹は、胃は膨張を続け、すぐにトニグラは内部から破裂して死ぬだろう。
ならば、最後、竜戦士の誇りにかけてあの魔王へ攻撃を。
アンバランスな体のまま、トニグラは大口だけを魔王へ向けた。
「来るか」
魔王は避ける素振りを見せない。
「ありがたい」
素直な礼がトニグラの口から漏れた。竜戦士として生きたトニグラのこれが最後の誉れ。それをあの美しき魔王は受け止める気だと言うのだ。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
咆哮に呼応してトニグラの大口から飲み込み続けた魔力の全てが放出された。
竜の咆哮。悪食竜の切り札。吸収したあらゆる魔力を一つの攻撃として放つ。
空へと、魔王へと放たれる光線。それを魔王は左手一本を前に出して受け止めた。
「黒盾」
魔王を包むのは黒く染まった光の盾。光線を放ちながらトニグラの眼はその概念を見抜く。
防御。守りの概念。ああ、最後の一撃は魔王には届かない。
けれど、ある種の満足感がトニグラにはあった。
一族の千年は無駄では無かった。伝説の魔王。それから絶対の防御魔法を引き出したのだ。
一族の悲願を果した誇りある竜戦士の咆哮は数十秒続き、
パアァン!
破裂の音で消え去った。