complementary color
滅多に人の通らない会社の裏の一角。
ここが後輩の蘇芳のお気に入りの場所だ。
蘇芳がいつも昼休みにふらりと企画室を出てここで1人本を読んでいるのを知ってから蘇芳の姿が見える喫煙所に行くのが習慣になった。
短くなった煙草をぎゅっと灰皿に押し込む。
そしていつもはそのまま企画室に戻るが今日は蘇芳の居る場所に足を向ける。
気が弱くて人付き合いが苦手で、でも集中すると周りが見えなくなる蘇芳は本に夢中で俺が近付いても気付く様子はない。
クォーターらしく色白で薄い茶色のサラサラした髪とタレ目がちの童顔で線も細いしスーツじゃなけりゃ学生で十分通る。
色黒で硬く真っ黒な髪とつり目で老け顔、がっちり体型の俺とは何もかも正反対だ。
いつもはへらへらと困った様に笑ってるのに本や企画書に向き合っている時の真剣な表情の蘇芳を見るのが俺は好きだった。
「…常磐先輩…?いつからそこにいたんですか…?」
話が一区切りついたのかやっと俺の存在に気付いた蘇芳がびっくりしたように本から顔を上げる。
「お前さぁ、先輩が来てるのに無視して本読める神経って凄いよな」
俺はわざとらしく大きなため息を吐きながら嫌みったらしい声で言った。
「…すみません…本に夢中になってて…全然気付きませんでした…」
そう言って俺から視線を反らしていつもと同じようにオドオドと泣きそうな顔になりながら謝る。
蘇芳に嫌われてるのも怖がられているのも百も承知だしこの反応にも慣れているがやっぱりチクッと胸が刺されたように痛むのには一向に慣れない。
でもそれを悟られないように言葉を吐き出す。
「もうすぐ休憩時間終わるぞ。さっさとメシを食え。お前がグズグズしてると俺にも迷惑かかんのわかってんの?」
手付かずで置いてある昼飯であろう袋に目線を投げながらまくし立てる。
「…あっ!すみません早く食べます…!あっ……あの…先輩…よかったら一つ食べませんか…?全部食べてたら時間なくなるし…でも今食べないと悪くなりそうなので……」
存在を忘れていた昼飯の袋をガサガサと開けてまた泣きそうな顔をしながらおずおずと俺にサンドイッチを一つ差し出す。
「仕方ねーな。ホントいつまで経ってもどんくさいよなお前。」
差し出されたサンドイッチを怒ったように奪い取り、蘇芳の横にドカッと腰を下ろしてムシャムシャとかぶりつく。
蘇芳の横でメシを食う事ももう無いだろうな、とぼんやり考えながらささやかな幸せとサンドイッチを噛みしめていると良い香りがただよってきた。
横を見ると魔法瓶から注いだお茶を飲む蘇芳と目が合った。
「…先輩も飲みます…?」
と飲みかけのカップをこちらに差し出した。
甘い香りがするカップを受け取りそのままグイッと一気に飲み干す。
熱かったのと思ったより渋みがあったのと蘇芳が口を付けたカップだった事を思い出して顔がぶわっと熱くなった。
「…あっ…!!すみません…!熱かったですよね…?俺…熱くて渋みのあるお茶が好きで…しかも俺の飲みかけ…だったし…あの…ホントすみません…えっと…」としどろもどろでオドオドする蘇芳に空のカップを突き返しながら「うるさい!お前ちょっとだまれ!」と赤くなった顔を背けながら呟く。
今さらながらこんな態度しかとれない自分に腹を立てつつ残りのサンドイッチを口に押し込んでると「ときわー!」と俺を呼ぶ声がした。
声の方に目を向けると同期の山吹が駆け寄ってきた。
「聞いたぜー!お前異動になるんだってなー!寂しくなるよー」
と冗談めかせて俺の両手を握りブンブン振ったかと思えば大袈裟に抱きついて背中をバンバン叩き「いやー、でもさー異動っても実質昇進だろー!?ホント羨ましいぜー。今度絶対何か奢れよなー!!お、すおー!元気してるかー?お前も先輩が居なくなってせいせい…じゃなくて寂しくなるよなー。おっともう行かねーと。じゃーなー!」と一方的にまくし立て、顔を真っ赤にしてサンドイッチを頬張り何も言えない俺に一言を発する暇も与えず風のように駆けて行った。
「…全く何しに来たんだよあいつは」
やっとの事でサンドイッチを飲み込み嵐の様に去って行った山吹の後ろ姿を忌々しく見ながら呟いてると「…先輩…異動…するんですか…?」と、横から弱々しい声がした。
そうだった。
この話をしに俺はここに来たってのに何一つ言えないうちに山吹にばらされてしまった。
蘇芳は俺が居なくなるのを知ってどんな顔してるんだろうかと顔を見そうになったがぐっと堪える。
たぶんホッとした顔してるんだろう。
そしてそんな顔見たらやっぱわかっててもへこむんだよな。
山吹の走り去った方に顔を向けたまま「あー、来週からな。急な異動で色々面倒だけどまぁ一応昇進だし、これでグズな後輩のお守りからも解放されるし万々歳だぜ」といつもの嫌みを口にした。
「………」
蘇芳は何も言わない。
「おい、メシが済んだらさっさと戻れよな」
沈黙に耐えかねて口を開いてもこんな言葉しかでてこない。
ホント何やってんだろーな俺は。
最悪な自己嫌悪で顔がひきつるのがわかったが今更どうしようもない。
蘇芳が立ち上がる気配がしたがこのまま二人で一緒に戻るのも気まずく俺は誰も居ない空中を無言でじっと見つめ続けた。
放っておけば勝手に1人で戻るだろうと思っていたら蘇芳が目の前に立ち俺の両手を掴んだ。
「は!?お前何すんだよ!」
驚いて咄嗟に手を振り払うと蘇芳はきょとんとした顔で「え…山吹先輩と常磐先輩がさっきこうしてたから…。俺とじゃイヤでしたか…?」と言ってきた。
いやいや、山吹とは同期で付き合い長いしあいつの軽さやスキンシップには慣れてるけど、お前とはスキンシップなんて1度もしたことないし、だいたい好きなヤツに急に触られたらびっくりするだろが!!と頭の中ではグルグル考えるけど“イヤでしたか”と聞かれると答えはもちろん“NO”だ。
「……別にイヤじゃねーよ」
だが張り付いた自分の殻を今さら壊す事も出来ず、ぶっきらぼうに一言呟くしか出来ない。
「イヤじゃなくてよかったです」
蘇芳はニッコリと笑いもう一度俺の手を取って振りそして抱きついて俺の背中を叩く。
もう二度と自分の気持ちに気付かれないように身も心もすり減らして嫌な奴を演じてきたのにこれは何なんだ!!夢か!?白昼夢なのか!?
パニックで訳がわからないまま夢でも現実でも、もうどうにでもなれ!!とヤケになって所在なさげに彷徨っていた自分の両手を蘇芳の背中に回しゆっくりと優しく抱き締めた。
蘇芳の暖かい体温が体全体から伝わってくる。
すると俺の背中を叩いていた手が止まりぎゅっと締め付ける。
ビクッとした俺の耳元に口を近付け蘇芳は「先輩ってホント優しいですよね」と囁いた。
もしかしたら自分を偽っていたのは俺だけじゃないのかもしれない。
そう思いながらも俺は抱き締める手を離す事も出来ないまま真っ青な空を見上げた。
見た夢をBL風にアレンジしました。
本当は優しくて臆病だけど過去のトラウマで好きな人には意地悪しか言えない常磐さんと弱そうに見せかけて実は強くてちょっと(?)腹黒な小悪魔蘇芳くんのほのぼのラブストーリー、のはずがなんか違う話にになったかも…。
初めての作品なので暖かい目で見てもらえれば嬉しいです。
登場人物の名前は日本の伝統色から拝借しました。
常緑樹のような濃い緑の常磐色。
黒味を帯びた赤の蘇芳色。
緑と赤は反対色なのでcomplementary colorにしました。安直ですね…。