第3話
「夢、じゃない……よなあ」
ぱちり、と目を開け、独り言ちる。
ウィアさんと会ったのが嘘のように、自分の部屋は何も変わりなかった。
でも、ウィアさんの頬の柔らかさも、ちょっと手を握らせてもらった時の硬さも、はっきり思いだせる。
だからあれは夢じゃない。夢にしては整合性があったし、感覚もはっきりしてたからね。
……とりあえず、起きるか。
■
「お兄ちゃん、おはよう」
「おはよう時奈」
部屋を出て一番に話しかけてきたのは、妹の時奈だ。彼女はうちの可愛い末っ子である。
「……? お兄ちゃんがしっかりしてるの、珍しい」
「いつもポヤポヤしてるみたいに言わないでくれる? たまにはしゃっきり起きる時もあるんですー」
……えっと、うん。
オレ、結構朝は弱くて……よく寝坊しがちというか、朝は大体家族の誰かに起こされて、引っ張られてリビングに行くのだ。
だから、この時間に意識をはっきりさせて自分で歩いているのは珍しいのだ。うん、不本意だけど。
大人になるまでには治したいんだよねーこの癖。
「アルー、手ぇ出してー?」
突然現れて突然そんなことを言ってくる姉……風香に、オレは半目になって。
「静電気が来そうなのでお断りします」
きっぱり言うと、風香はちえっ、と差し出していた手を引っ込めた。
「バレたか、残念。まあいいや、おはようアル! 今の時間にしっかりしてるの珍しいね!」
「うんおはよう。それ時奈にも言われた」
……この通り、第1子である風香は、悪戯好きでお転婆な少女である。
オレからすると姉に当たるが、1歳違いだとそんな気もしないもので。「家族」ではあるし大好きでもあるが、それは「姉として」というよりも、「家族として」もしくは「少し困った友人として」という印象が強い。
普段、というか外ではしっかり者なんだけどね……。気を許している家族の前だと、たまにお転婆が暴走するのだ。
こうして振り返ってみると、空澄家って結構にぎやかだったんだな、とリビングで席に着きながら思う。
……あれ、いつもは父さんが先に食卓に着いてるんだけど……どこ行ったんだろうか。
「父さんは?」
「ご飯当番でキッチン。今お皿に盛りつけしてるんじゃない? あ、お母さんはトイレ」
「あ、そう……じゃあ朝ごはん食べながらでいいかなー」
「んー?」
風香の不思議そうな顔に、「全員揃ったら話すよ」と手を振る。
それで納得したのか、彼女は大人しく席に着いた。
■
「えーっと、父さん。ご報告が」
「ん? 改まってどうしたの?」
「昨日、というか昨日の夜というか……異世界に行って、ウィアさんと会ってました」
「え」
「おや」
「え、お兄ちゃん異世界行ってたの? 気づかなかった……」
ちなみに上から母さん、父さん、時奈の反応である。
「夢の中で魂だけ転移してどうこう……って説明されたからなあ……時奈が気づかなくても無理はない、と思う」
あ、補足しておくと、時奈は「時空間を操る」異能持ちで、その辺の関係で家族が異世界に行ったことが分かるらしい。
母さんがなんか遅いなーと思ったら時奈が「また召喚されたみたい」なんて言ってくるのはうちの日常茶飯事だ。
父さんが一緒じゃなかった場合、大人げなく悔しがる父さんを母さんが帰って来るまでに宥めるのもオレたち子供の役割である。……まあ、滅多にないんだけどね。
「で、こっからが本題なんですが」
「はい」
「ウィアさんに一目惚れしたんで、オレは異世界に移住しようと思います」
それは、ウィアさんを一目見て……というか、彼女がウィアさんであると気づいた時に決めたこと。
彼女はエルフの王族……風エルフの集落の長の娘。一応次女であって、長を継ぐのは姉らしいのだが……。世界を越えて嫁げるような立場でもない。ちなみにこれはウィアさん本人から聞いた。
だったら、オレがあっちに行くしかないよね、ということで。
「えっ」
「えっ」
「へー」
「うん、いいと思うよ」
上から、母さん、風香、時奈、父さんの反応である。
爆弾発言な自覚はあるんだけど、父さんは全然驚かないな……。
「父さん、そんな即決していいの?」
「言っても止まらないでしょ、僕の息子なんだから。……あ、でも、ちゃんと成人してからにしなよ?」
「わかってる」
オレが今15歳だから……20歳、5年後まではお預けだ。
たぶん、誕生日を迎えてすぐに、というのは母さんが許してくれないな。成人式はちゃんと参加しろ!とか言って。
「あ、遊びに行けたら行ってもいい?」
「……。手紙のやり取りぐらいなら出来るから、文通で我慢しておきなさい」
「はーい」
補足コーナー
・空澄家の家族構成
本文中でもざっくり説明していますが、こちらでも。
母:光
父:雹
第1子:風香
第2子:アルヴィレ
第3子:時奈
シリーズの第1作目『伝説の賢者は俺の親友のようです。』の主人公が母である光。
今作の主人公はアルヴィレ。愛称がアルですね。
ちなみに、主人公のお相手であるウィアは、雹の側近として彼を守ったエルフ。200年以上生きているが、恋愛耐性は皆無に近いという設定です。