09 薬でも治らない不治の病1
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廊下ですれ違った侍女たちが憧れの眼差しを向ける先は、黒髪の青年だ。
凛々しく端正な顔立ちに、騎士服を纏い引き締まった長身は、人の目を惹き付ける。
高揚した面持ちで、一心に足を進めるアシュエルは、そんな女性達の視線など意に介さず、医務室を目指していた。
カミューの助言を受けてーー本人にそのつもりはなくドン引きしていたーーアシュエルは、先を急ぎながらも、どんな言葉をかけようかと頭を悩ませていた。
カミューの言っていた「恋の病を治して下さい」ではなく、こう、もう少し捻りたい。
そうこうしている間に、医務室の近くへと辿り着いてしまった。
そしてはたと気づく。
他の人間がいる中で、さすがにで口説くわけにはいかない。幸い周囲の廊下は人気がないが、医務室には数人常在しているはずだ。
ついその場の勢いで出て来てしまったアシュエルだったが、どうせなら昼休みにするべきだったかと後悔する。それならば、スノーリアも外に出てくるだろう。
あいにく今はその時間ではない。
(仕方ない……出直すか)
その時、踵を返しかけたアシュエルの耳に、カチャリと扉が開く音が届いた。
反射的に視線を向けると、タイミング良く、スノーリアが本を抱えて医務室から出てくるのが見えた。
天は彼に味方をしたーーあるいは悪魔の悪戯だったのか。
高鳴る胸と緊張を抑えながら、アシュエルは平静を装って声をかけた。
「フェザー嬢」
振り返り立ち止まったスノーリアは、微かに首を傾げた。
「はい。なんでしょう?」
その眼差しは、この人だれだろうと言っているかのようだった。
「……今、少しお時間をよろしいでしょうか?」
負けるものかと、アシュエルは涙を呑んで問いかける。ちょっと消沈してしまったが。
「はい、大丈夫です」
「ありがとうございます」
とりあえず話を聞いてもらえそうなことにほっとする。
「先日の図書館での一件は、本当に申し訳ない」
もう一度謝罪をしつつ、その実自分が誰かアピールしてみる。まさか求婚したことまで忘れ去られていることはないだろう。
するとスノーリアは驚いた顔をした。
「あ…あの時の方だったんですね」
スノーリアは逆に頭を下げてきた。
「申し訳ございません。私、視力が弱くて…この距離でもぼやけてしまって、お顔の判別がほとんどつかないのです」
思いがけない言葉にアシュエルは驚いた。なるほど、それで顔を覚えられてなかったのかと納得し、同時に安堵する。
「そうだったんですか……なら、この距離なら大丈夫ですか?」
距離を詰め、顔を覗き込むようにすれば、薔薇色の瞳が見開かれた。
「ちっ近いです!な、なにを」
「貴女に顔を覚えてほしいので」
間近でにっこりと微笑めば、スノーリアはあわあわと頬を染めて一歩後ろに下がった。
アシュエルは、その分をさらに詰め、彼女との空間を埋めていく。
気がつけば、スノーリアは壁まで追い込まれていた。
アシュエルは、少女を怯えさせないように、片手だけ壁に手をつき緩く囲い込む。
年齢的にも、まだ異性とのやり取りに慣れていないのだろう。
困惑と羞恥に真っ赤になりながら、こちらを見上げる姿が初々しい。
その瞳のように赤くなった顔が可愛くて堪らない。
アシュエルは笑みを深めて熱を込めて囁いた。
「ーー実は以前から、ある症状に悩まされてまして」
「え?」
「夜、眠れなくなったり、動悸がしたりーーちょうど今のように」
スノーリアの手を掬い上げ、そのまま自分の胸元へと引き寄せる。
「貴女にしか治せない病にかかってしまったのです」
驚きに見開かれる瞳を見つめ返し、アシュエルはスノーリアの反応を窺う。すると。
「ーー申し訳ございません」
スノーリアは眉尻を下げて申し訳なさそうに謝った。
ーー振られた。
元々一回の告白で上手くいくとは思っていなかった。が、やはりショックはショックである。
アシュエルは膝をつきたくなるのを全力で耐えた。
「私、まだ病の治療は経験が浅くて…すぐ完治させることが出来ないのです。ですのでロウ医師立ち会いの元、問診をさせてください」
「え、」
スノーリアはするりとアシュエルの囲いから出ると、繋がれた手をそのままに軽く引いて彼を誘う。
医務室の扉を開けて「中にどうぞ」と促された。
予想外の展開に、アシュエルはうっかり手を引かれるまま、一歩踏み出してしまっていた。
同時に中の様子が視界に入る。
何度かお世話になったことのあるロウ侍医官と目が合ってしまった。
「………ええと」
とりあえず会釈しておく。
(どうしろと!)
口説き文句を捻った結果、問診に落ち着きました。
ギャグと口説き文句が滑った時ほど気まずいものはありません。
アシュエルは見た目はイケメンです。見た目は。(大事なことなので二回言った)