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02 図書館での邂逅

この図書館に来た理由は至極普通だ。

借りていた本を返すついでに、新しい本を読もうと、本棚を物色していた。

スノーリアがここで借りる本のジャンルは様々で、医学書であったり歴史書や図鑑、時には旅行記や娯楽小説の時もある。

王宮に収められているだけあって、蔵書の種類も量も豊富で、きっと一生かかっても読みきれない。

幼い頃から本が好きなスノーリアにとって、ここはとても心が弾む場所だった。


仕事に関わる医学書と、ほかに趣味用に図鑑でも借りていこう、と本棚を眺めていた。

なんとなく気が惹かれた題名の図鑑を手に取り、パラパラとページを捲る。

中々の厚みがある上に、立派な装丁がほどこされ、ずっしりとした重さが手にかかる。

中には緻密な蛙の絵とともに、名前や生息場所、毒の有無や特性などの注釈が書かれている。

普通の令嬢であれば、眉をひそめるどころか悲鳴を上げていそうな本だが、スノーリアは気に入った。


目の前の本棚に視線を戻せば、同じ装丁の本が並んでいる。

1~4と数字が振ってあるので、どうやらシリーズものらしい。

それなりに重たいが、持てないほどではない。


もう一冊借りていこうかーーそう考えた時。


「うわっ」と、本棚の向こう側から男性の叫びが上がり、ほぼ同時にスノーリアの目の前の本が勢い良く数冊雪崩れてきた。


「痛っ」


それは見事にスノーリアの顔面にヒットして、ドサドサと音を立てて床に転がる。

危うくスノーリアも床にひっくり返りそうになったが、なんとか耐えた。


しかし重さがある上に、四隅を金具で補強された装丁は、スノーリアの肌を容赦なく引っ掻いていった。

痛みと血の滲む感覚、ついでに頭から被っていた日除けのベールがびりっと不吉な音を立てていた気がする。


視界を覆っていたベールが、落下した本に巻き込まれて床に落ちる。


スノーリアがびっくりして固まっていると、本棚の向こう側から「すまない!」と言う言葉と走る音がして、ほんの数秒で本棚を迂回した人物がやってきた。


ひどく慌てた様子でスノーリアに駆け寄ると、目を見張り、苦しそうに眉をひそめた。


「本当に申し訳ない…」


そう言って深々と頭を下げたので、間違いなくこの男性が本の落下の原因だろう。


スノーリアはあまり人の年齢を見分けることに長けていないが、声の感じなどから二十代前半か半ばくらいかと推察された。


黒髪のその男性は、紺の騎士服を身に纏い、腰には帯剣しているので間違いなく騎士団の一人である。


彼はハンカチを取り出すと、そっと頬の傷に当ててくれた。


「その、本を仕舞おうとして、勢い良く押してしまって…」


図書館の通路にある棚は、二つの本棚が背中合わせで連なっているが、通気性を良くするために、背板がはめられていない。

その代わり、本が反対側に落ちないよう真ん中にストッパーがついているのだが、入れ方によってはたまに後ろの本を押してしまうことがある。


スノーリアも同じ失敗をしたことがあったので、相手を咎めるつもりはなかった。


「あの、お気になさらないでください。私も似た経験があるので」


ただ自分の時は、こんな風に大量の本を落としたり人に当てたりはしなかったが。

それは言わぬが花だろう。


「…っ」


微笑みながらそう伝えると、青年はなぜか小さく息を呑み、添えていたハンカチを握りしめて一歩後ろに下がる。


そしておもむろに片膝を折り、頭を垂れた。

年齢の平均身長よりも小柄なスノーリアは、青年の顔を、見上げる形から見下ろす形になる。


「私は王宮騎士団第一師団所属のアシュエル・ブランデッドと申します」


スノーリアはキョトンとして、名乗り遅れた。

本来であれば、相手が名乗った以上、こちらも名乗るのが筋だったが、どうして跪くのだろうと疑問が過ったのだ。


たとえ自分よりも爵位が上であっても、膝を折る必要はない。

これが相手が王族であれば、場所によっては必要だが、スノーリアはただの子爵家の娘にすぎない。


スノーリアが王族でないことは、一目瞭然だ。

自分の容姿があまりに特異なことは、この半年の王宮勤めで嫌と言うほど思い知った。

自分のような色彩を持つ王族はいない。


スノーリアは遅ばせながら、自分も名乗ろうと口を開いた。

が、それよりもアシュエルが次の言葉を発する方が早かった。


「――スノーリア・フェザー嬢、私と結婚してください」


名乗ろうとした唇は、そのままポカンと開ける形で固まった。


そして呆然としている少女の手を、まるで硝子細工でも扱うかのようにそっと持ち上げると、恭しく指先に唇を寄せた。


なぜ名乗ってもいない自分の名前を知っているのか。

そんな疑問は口づけを受けたと同時に吹っ飛んだ。

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