01 一回目のプロポーズ
「――スノーリア・フェザー嬢、私と結婚してください」
目の前で膝を折り、少女の指先に唇をおとしてそう請い願うのは、黒髪の騎士。
静謐な空気の中、まるで物語のワンシーンのような状況に、スノーリアはただポカンとした。
足元には黒のベールと数冊の本が乱雑に散らかっている。
周りには整然と並んだ本、本、本。
ここは王宮の一画にある図書館である。
その本棚と本棚で作れた通路で、騎士に跪かれているこの状況。
「え…と…?」
社交界デビューどころか、まだ成人していない自分が、まさか求婚されるとは思っていなかった。
そもそも、そんなことを予期させる前触れもなかったように思う。
求婚された喜びや恥ずかしさを感じる前に、ただただ困惑と混乱に陥ったとして、スノーリアに非はないだろう。
貴族間の婚姻は、家同士の繋がりを得るための手段に過ぎない。
家長や保護者経由での申し込みが一般的である。
もちろん恋人同士になり、恋愛結婚であれば当人達の間で交わす場合もあるが。
政略結婚の多い貴族にとって、それは理想的で、令嬢にとっては憧れのシチュエーションだろう。
ただし、今回の場合は胸を高鳴らせる前に、疑問が一つ。
この方は誰だろう…?
そう。恐らく初対面の相手である。
名前は求婚の台詞の前に名乗ってはくれた。
アシュエル・ブランデッド。
王宮騎士団の第一師団に所属する騎士だと言っていた。
家名がある以上、彼は間違いなく貴族の子弟である。
しかし約半年前まで、ほとんど屋敷に引きこもっていた自分には、目の前の人物の名前どころか、家名にすら聞き覚えはない。
ごく限られた相手としか関わってこなかったため、スノーリアは自分の常識も知識も世間とズレがあることは自覚していた。
故に世知に疎い彼女は、もしやこれは世間では普通にある状況なのかもしれない。
と、斜めな思考を真面目に納得しようとしていた。
一部始終を見ていた者がいれば、ねえよとツッコミを入れてくれただろうが、それはスノーリアの心の中での呟きであり、また誰もいなかったために否定されることはなかった。
そもそも、なぜこんな事態に陥ったのだっけ?
数分前の出来事なのに、記憶から危うく飛びかけている。
スノーリアは現実逃避気味に、それを思い出していた。