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第4章 温泉の一幕で

「結構、物騒な話だったな」

 藤崎が湯に浸かりながら新也へと声をかける。 

 二人して、別館の露天風呂へと来ていた。

 シーズンオフのためか辺りに他の客はいない。

 岩造りの、広い露天風呂だった。湯は濁り、やや青みがかっている。山間の谷間を流れる渓流がすぐ目の前にあり、巨石や岩を這う木々を眺めながらの何とも贅沢な露天風呂だった。

 湯気が辺りを覆っている。

 2人は少し離れて、たった2人きりで空間を使っていた。

「鋏、というのはヒヤリとしますよね」

 湯気の先の見えない藤崎へ、新也も声をかける。

「そうだな。……お前はどうだ。何か感じたか」

 湯気の向こうから藤先の声が新也に届く。

 妙な感じだなと、新也は思った。湯気があるとはいえ、うっすらと藤崎の姿は見える。しかし声が、どうも違う方向から聞こえてくるようだった。

「どうだ……?」

 くくっと忍び笑う笑い声は確かに藤崎のものだ、なのになぜ、あの影はピクリとも動かないのなだろう。

 新也は耳を澄ます。渓流の音に紛れて、または反響して、そう聞こえるのかもしれなかった。

「なあ、……アラヤ」

 耳元で声がした。

 ゾクリとして振り返る。

 けけ、と人とも鳥とも知れぬ笑い声がした。勿論、振り返った先には誰もいない。

「どうしたあ、新也」

 今度はしっかりと藤崎の声がした。影とは全く別の方向だ。ぬっと湯気から藤崎が現れる。見慣れた姿に新也はほっと体の力を抜いた。

「駄目ですよ、ここ。……います」

 思わず弱音を吐くと、濡れた髪をかきあげて藤崎がははっと笑った。


 温泉を上がり、2人は部屋に戻って山海の幸を堪能した。

 一応、取材は終わりだと、2人して酒もぐいぐいと進む。

 新也にいたっては酔わねばやってられない気持ちだった。

 料理を運んでくる中居さんにも話を聞くが、やはり女将の話と似たりよったりだった。どうも従業員の中でも有名な話らしい。

「しかし、何で部屋に上がってきたのかな」

 料理も一段落し、藤崎がふいに立ち上がった。酔ったまま、縁側へと寄っていく。

 ふすまを開けると、部屋の中の光が外の庭にまで長く伸びる。縁側には足置きになるように、石段がこしらえてあった。

 新也も這っていって、庭を覗いた。

「階段が、出来たからじゃないですかね」

 目の前の石段を指差す。

「え?」

 藤崎が振り返る。新也は何だかそうだという確信がして、スルスルと喋った。

「本当は前から入りたかったんですよ。けど、玄関以外には、部屋へ上がる段がない。ここを訊ねてくる何かは背が低いんじゃないでしょうか。それこそ、座敷わらしのように子供の姿をしているのかもしれない」

 多分そうだと思いますよ、と新也は言った。そして、藤崎が止めるのも聞かず、自身で布団を敷いては早々と寝てしまおうとする。

 半分夢見心地に、何かをつぶやき続ける新也に藤崎は声をかけるのを止めた。腕を取って脈をとっても、額へ手を当てても熱などはない。

 藤崎はしばし考えたものの、怪異への対処の仕方がわからない。様子を見る限り、新也は放っておいて大丈夫だろうと、自身も酒を片付けると仲居に後片付けを頼み、寝ることにした。


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