7・見習いになりました
第二章開始です。
今回は八話です。
私は先ほど、有名な縫製職人が住んでいるというこの町に到着したばかりです。
フィンさんとライオスさんと共に、町はずれにある家に向かっています。
「フィンさん、一つ訊いてもいいですか?」
「ああ、何でも訊いてくれ」
隣を歩いていたフィンさんが変な笑顔で偉そうにしています。
歩きながら話すことではないと思いながら、どうしても聞いておきたかったので。
「こちらから行けるという事は、向こう側からも来ているという事でしょうか」
返事によっては少し怖くて、まっすぐに相手を見ることが出来ません。
「良いとこに気がついたな、トミーくん」
くん、って……まあ、今はそんなことはどうでもいいですが。
私は、ゲームの中の人はプレイヤーのアバター以外は全てAIのキャラクターだと思っていました。
だけどもしかしたら、違うかもしれないのです。
「当たり前だろ。
このゲームは『あっちの世界』と繋がってるんだから」
マジか。
当たり前なんて言われても、そんなこと、今まで知らなかったんですよ。
分かるわけないじゃないですか。
「確か、ゲームの公式ホームページでもAIキャラクターが存在するって説明があったはずです」
私が訊ねるとフィンさんの後ろを歩いていたライオスさんが良い声で答えてくれました。
「ああ、一部だけだな」
転職の時にお世話になった商工会の窓口など、運営と直結している施設はAIらしいです。
そういえば窓口のお姉さんたちはカウンターから動かなかったですね。
「じゃあ、普通に動いている町の人たちは……」
思わず行き交う人たちの顔をチラチラと見てしまいます。
「ま、そういうこった」
本当なんでしょうか。
私はいまいち、その『異世界』との繋がりについては信じる事が出来ません。
「そのうち分かるさ」
ライオスさんは意味ありげに微笑んでいました。
草原の町の外れにある、白い壁が砂色に汚れた家。
庭はつる草が低い木や生垣に絡まり、水を欲しているかのように家に向かって伸びています。
「師匠、いるかい?」
フィンさんは乱暴な言葉とは裏腹な優しい仕草で庭を抜け、家の玄関に入りました。
「おや、珍しい」
家の奥から年配の女性の声が聞こえてきます。
フィンさんに手招きされて中に入ると、カーテンで陽を遮った薄暗い部屋に布地が堆く積まれているのが見えました。
その前にはマネキンのような物がいくつか並んでいます。
「フィン。 ライオスも、久しぶりだね」
白髪で小太りの、丸い眼鏡をかけたお婆さんがフィンさんと抱き合っています。
「お邪魔します」
挨拶する私の姿を見て、お婆さんは何やらフィンさんと話し始めました。
どうやら私の指導をお願いしているようです。
部屋の真ん中にある大きな台には縫針や糸がきちんと収まった小箱、ハサミなどの道具も有ります。
「今は通いの針子が三人もいるからね」
「そこを何とか」
ぼんやりとそんなやり取りを聞きながら、私は部屋を見回しています。
「あの、お茶をどうぞ」
お婆さんのお弟子さんでしょうか。
お盆にティーセットを乗せた若い女性が部屋に入って来ました。
「ありがとうございます」
ちょうど喉が渇いていたので、さっそくいただきます。
ライオスさんが慣れた感じで椅子を勧めてくれたので座ります。
「美味しいですね」
私が微笑んで女性を見ると何故か顔を赤らめて奥へ引っ込んでしまいました。
「何か失礼してしまいましたか?」
こそっとライオスさんに訊いてみると、彼は笑いながら首を振ります。
「いや、トミーさんがイケメンだからじゃないかな」
「えー、私なんか持ち上げても何も出ませんけど」
そんな会話をしている間にフィンさんのほうは終わったようです。
小さなお婆さん師匠と二人、同じテーブルにつきました。
「はあ、まったく」
ブツブツと文句を言うお婆さんに申し訳なくなります。
「突然押しかけた上に、無理なお願いをして申し訳ありません」
私は頭を下げました。
「まったくさ。 まあ、フィンの強引はいつもの事だ」
師弟の信頼関係がきちんとしているのを感じます。
しばらくの間じっと私を見ていたお婆さんが話し始めました。
「見ての通り、今、うちにいるのは若い娘ばかりでね。
男性であるお前さんをここで預かることはできん」
「はい」
私は「当然ですね」と頷きます。
「それでな」
お婆さんは思わぬ言葉を続けました。
「裁縫人としては雇えないが、商人としてなら雇ってもいい」
「はい?」
私は首を傾げてフィンさんを見ます。
「つまりな」
商人として、取り扱う糸や布地などの勉強から始めなさいということでした。
私たちは町の小さな宿に別々に部屋を取りました。
フィンさんたちは別の大きな宿でも良かったんでしょうが、
「どうせ、俺たちは寝てる間はログアウトだ。
高級な宿なんていらないさ」
そう言って同じ宿になりました。
宿には町の人たちも利用する食堂が付いています。
その食堂で夕食を摂りながら話を聞きます。
「なあに、簡単だよ。
毎日、出来るだけ婆さんのところに顔を出して雑用をこなすだけさ」
そのうちに商人としての取り引きの仕方や、商品や材料の良し悪しが分かるようになるということです。
「なるほど」
縫製の技術ばかりではなく、目を肥やしたり、人脈を作ることも大事だと。
「俺たちも数日はこの町にいる。
婆さんが忙しいから少し手伝うことになった」
ライオスさんの顔は少し険しい感じです。
「何かあったんですか?」
腕を組んで考え込んでいたライオスさんは「何でもない」と首を横に振るだけでした。
そして、翌日からさっそく修行というか、雑用の仕事が始まりました。
「ライオスとフィンは町の外で素材集めじゃ。
トミーとかいったな。 お前さんはまず馬に乗る練習からだ」
「はい?」
ライオスさんに有無を言わさず家の裏に連れて行かれました。
この家は町の外れにありますから、裏庭から一歩出ればすぐ町の外です。
「わあ」
そこには、たくさんのテントや布地で出来た家が並んでいました。
密集しているせいか、数としては町の中よりも多いかも知れません。
「ここは草原の民の交流の場なんだ」
商人が各地から集まって来て、市場のようになっています。
服装は中東のアラブのイメージでしょうか。
ラクダはいませんが、見るからにどっしりとした働き者の馬たちがいます。
「馬に乗ったことは?」
ライオスさんに問われ、私は頷きます。
「子供の頃に何度か」
父とのスポーツは乗馬も例外ではなかったので。
大きな布地の家の外で、顔中髭だらけの商人とライオスさんが話をしています。
「こっちだ」
小さな牧場のような柵に囲まれた場所があり、そこに何頭かの馬がいました。
一頭の馬が近づいて来ます。
ツヤツヤとした濃い茶の毛並みで、肩がちょうど私の胸ぐらいです。
「こいつはテテ。 俺のお気に入りだが、トミーさんにはちょうど良いと思う」
ライオスさんが、あの髭の馬商人からいつも借りている馬なんだそうです。
「ありがとうございます」
その黒い瞳が愛らしく、とても人懐っこそうな馬です。
「俺とフィンは素材集めに行って来る。
馬に乗れないとこの町じゃやっていけないからがんばれ」
ライオスさんはそう言うと、フィンさんの分と二頭の馬をレンタルして連れて行ってしまいました。
後には私とテテと、髭の馬商人が残ります。
「えっと、よろしくお願いします」
私は何故か馬商人の見習いになった気分です。




