6・衝撃的な話を聞きました
「トミーさん、フィンは一応これでも商会のリーダーなんですよ」
私の緊張をほぐそうとするのか、ライオスさんが思い出話を始めました。
フィンさんはライオスさんに黙ってろとサインを送ってるみたいですが、無視します。
なんでも以前、フィンさんは初心者支援用に商会を設立したというのです。
「基本的にフィンは他人の世話を焼きたがるというか、お節介な性格なんだよ」
初心者や困ってる人を見ると放っておけない性質らしいです。
フィンさんは恥ずかしそうに目を逸らしています。
「俺たちも仲間が増えるのは歓迎だっだから協力していたんだが」
ライオスさんがチラリとフィンさんを見て、ため息を吐きます。
「だ、だって、誰かが困ってたら手を貸したいし、間違ってたら教えたいだろう」
「相手が女性アバターなら尚更、な」
ライオスさんの言葉にフィンさんがますます目を逸らします。
いやいや、一周回ってこっち見てどうするんですか。
どうやら姫プレイというやつらしいです。
私は噂でしか聞いたことはありませんが、女性がチヤホヤされて、男性が貢ぐって感じでしょうか。
「つまりな。 自分では動かずに、何でもやってもらって当たり前っていう女が商会にいたんだよ」
フィンさんも最初は頼られるのがうれしくて、何でも言われるままにしてあげていたそうです。
「だけど、ちょっと厳しいことを言ったら、他の商会員を皆んな連れて出てっちゃったんだ」
その女性アバターは、ゲームの中ではかなりのお金持ちだったフィンさんに何度も高価な物を強請っていたようです。
ライオスさんは商会の初期からのメンバーで、彼女には何度も注意をしたけど効果はなかったという事でした。
私もこの一か月の間、最初の町で何度か商会の勧誘を受けました。
本当に女性にだけでなく、初心者なら喜びそうな美味しい言葉を並べてくるのです。
「でも、本当の性別は分からないでしょう?」
女性のふりをした男性だってたくさんいるはずです。
他人のことは言えませんが。
「まあね」
頭を掻くフィンさんにライオスさんも仕方ないなと苦笑を浮かべています。
「フィンの世話好きは一種の病気だからな」
しかし、それがトラウマになったのか、フィンさんはそれから女性アバターにはあまり声をかけなくなったそうです。
私の場合は男性アバターですからね。
うん、声を掛けていただき、助かりました。
私は自分から声をかけるなんて出来ませんから。
もう少しで到着でしょうか。
馬車の速度が落ちた気がします。
「で、話って何でしょうか」
確か出発の町を出る時に言ってましたよね。
フィンさんに少し小声で訊いてみました。
「ああ、俺はあんたにどうしても話しておきたい事がある」
私の行動や話を聞いていて、今日会ったばかりなのに何故か気に入ってくれたようです。
ライオスさんはそれとなく他の客の様子を伺っています。
フィンさんは真面目な顔で私を見ました。
「さっき、町の出入り口の話をしただろ」
「ええ。 六つとおっしゃいましたが、説明してくれたのは五つでしたね」
このゲームのキャラクターは、プレイヤーもAIも美男美女が多いです。
そんな相手に顔を近づけられ、囁くような小声で話し掛けられると、男同士でもドギマギしてしまいます。
「では、あまり知られていない六つ目の出入り口の話をしよう」
そこで一つ息を吐き、フィンさんはライオスさんと顔を見合わせて頷きました。
「このゲームのタイトルを覚えているか?」
私は頷きます。
「はい、『異世界への招待状』ですよね」
フィンさんも頷きます。
「その『異世界』への入り口があの町にはある」
はあ?。
私はきっと呆れた顔をしていることでしょう。
だって、そんな話、信じられません。
『異世界への招待状』
ゲームの内容は『異世界を旅する』です。
現実世界にはない魔法やスキルといった技能を覚えることが出来ます。
仮想世界で働いてお金を貯めることも出来ます。
それを現実世界で換金できるという話もあるらしいですが、そこは詳しくは知りません。
「商工会で転職する審査があっただろ?」
「はい」
それは傭兵隊という、戦闘職用の転職施設でも同じらしいです。
「これから上級職に転職する時も同じように審査がある」
フィンさんが少し厳しい目をしています。
笑い上戸の一面しか見せていない人の真面目な顔は、それだけ大切な話のような気がします。
「それは『本当の異世界を旅する』にふさわしい人物かどうかを審査しているからだ」
「ということは、日頃の行いってことですか」
どんなにロールプレイングをしていても、現実と違う世界では本性が出る人は少なくありません。
ゲームのログはおそらく一人一人ずっと監視されているのでしょう。
施設でのプレイです。
24時間体制だとしても人数は知れているでしょうし、AIでの管理なら思ったより簡単かもしれませんね。
ライオスさんがさらに衝撃的な事実を教えてくれました。
「このゲームを登録しようとする時点ですでに審査は始まっている」
そういえば、父が『登録に時間がかかった』と謝っていました。
経済的な問題だけでなく、精神的、肉体的な審査もあったのかもしれません。
「で、でも、普通の人はそんなこと知らないんですよね」
どうしてこの二人は私にそんな話をしたのでしょう。
「俺は上級職の『縫製師』だ。
全員ではないが、上級職になるとこのゲームの運営から『異世界』での仕事を頼まれることがある」
戦闘職の上級職であればゲーム内の治安維持のため、違反者の通報や排除の権限まであるらしいです。
ゲーム内のAIキャラクターはプレイヤーの心理を完全には理解出来ません。
運営側の人はゲーム操作のサポートは出来ても、日頃からプレイヤーとの信頼関係がないと難しい対応もあるそうです。
「生産職の多くは経済を安定させることに力を入れているが、俺は新人教育が主な仕事だ」
つまりー。
「あんたのように上級職になれる素質があると見込める者がいたら、こうして導くお仕事さ」
ニヤリと笑った顔が何やらゲスいです、フィンさん。
ライオスさんが頭が抱えていますよ。
ただ単に「そういうことがある」と囁くだけのお仕事。
「それを知って、あんたがどう動くかは自由だ」
信じる、信じないも自由。
ただのゲームとして楽しむのも、新しい世界へ旅立つのも自由。
そろそろ到着のようです。
簡単な木柵の囲いと白い家々が並んでいるのが見えます。
「もし、その入り口に行きたいと思ったら、遠慮なく相談してくれ」
普通にゲームをしているだけでは行けない『場所』がある。
私は今、本当の意味での『異世界への招待状』を受け取ったのかもしれません。
そこへ行くためには様々な審査という門があるということなのでしょう。
「わかりました」
私の声は知らず知らずのうちに小さくなっていました。
馬車が停まります。
他の乗客たちが目を覚まし、降りて行きました。
私もフィンさんたちに続いて馬車を降ります。
草原の乾いた風の匂い。
高い建物がなく、シンプルな家がポツポツと建っています。
フィンさんが縫製のお師匠様を紹介してくれるというので、ついて行くことにしました。
そうして、私の裁縫人見習いの修行はここから始まるのです。
~第一章 終~
お付き合い、ありがとうございました。
第一章はここまでですが、これまでのようにここで完結とせずに、
続きは少し遅れて、後日投稿する予定です。