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4・苦情がきています


 半裸の男性が事情を察したようで、答えてくれました。


「この町には最初の町みたいなログアウト専用の宿はないよ」


ちゃんとした宿屋に入らないといけないみたいです。


「でも離席だけなら露店を出しておけばいい」


ここに並んでいる露店は、ほとんどがプレイヤーたちの放置露店なのだそうです。


プレイヤーの中身が離席の場合、ゲーム内のアバターは転寝うたたねしているという状態になります。


そういえば、周りの露店のほとんどの店主が転寝していますね。


「売り切れにならないように最高価格で出しておくんだ。


露店は誰からも手出しされない一種の結界みたいなものだからね」


このゲームは町中だから絶対安全というわけではありません。


馬車の事故や他人の暴力事件に巻き込まれたりと、不慮の事故というのは有り得ますから。


「なるほどー」


私が頷くと、「本当に初心者なんだなぁ」と半裸の男性が笑います。




「俺はフィンだ。 こっちは相棒のライオス」


半裸の男性が「怪しい者ではない」と名乗ってくれました。


名前も個人情報なので、本人が名乗ったり、きちんとした人から聞くなどしない限り、簡単に知ることは出来ないようになっています。


私は自分が警戒されていないことを感じ、少し肩の力が抜けました。


「まあ、俺たちは当分起きてるから、離席ならあんたのアバターは見ておいてやるよ。


安心して行ってきな」


少し迷いましたが、お言葉に甘える事にします。


「私はトミーといいます。 お世話になります」


きちんとお辞儀をすると、彼の隣の男性も柔らかく微笑んでくれました。


私は手持ちの五個のミトンを設定出来る最高値にして露店に出し、彼らから少し離れて座ります。


「では、失礼して行ってきます」


「ああ、いっといれ」


フィンさんとライオスさんが手を振ってくれました。


ん?、かなり古いギャグを聞いた気がしますが……。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 見慣れた小部屋で目を覚まします。


「ふう」


椅子を下りると部屋が明るくなりました。


壁のタッチパネルで簡単な食事を注文し、お手洗いを済ませます。


 バイタルチェックの腕輪を外したため、壁のモニターに担当のお姉様が映りました。


「七瀬様。 本日は終了でしょうか?」


「あ、いえ、今日は朝までいる予定です」


あまり長時間の滞在は良くないって言われているので恐る恐る答えます。


「かしこまりました。 定期的にきちんと休憩をお取りになってくださいね」


お姉様に嫌われちゃったかなーと少し心配になりましたが、にこりと笑ってくれました。


「は、はい」


私は、自分でも驚くほどテンションが上がっていて、まだ帰りたくない気分なのです。


注文したサンドイッチと紅茶をいただいて、少し食休みの後、もう一度ゲームの世界へ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「お、お帰り」


半裸のフィンさんが何だかニヤニヤとした笑みを浮かべています。


「ただいま戻りました。 ありがとうございましたー」


少し首を傾げながら挨拶をします。


ライオスさんもクックッて感じで笑っていますね。


 私は訳が分からないので不機嫌な顔になってしまいました。


「あー、すまん。 ちょっと面白いことがあったんだよ」


「え、そうなんですか?」


周りを見回すと他の露店の人たちが目を逸らします。


あれ?、皆さんも放置してたんじゃないんですか。


「実はな」


私が離席している間のことをフィンさんが話してくれました。




 放置してしばらく後、若い女性が通りかかったそうです。


私に声を掛けていたのですが、あいにくと離席しています。


「俺が、旅の疲れでちょっと寝てるって言ったら納得してくれたよ」


その女性は馬車で一緒だった栗色の髪のお嬢さんだったようです。


「また来ると言ってた」


「ありがとうございます。 でも、何の用だったんですかね」


「さあな」


フィンさんのクスクス笑いは止まりません。


「それでな、その後にな、ククッ」


笑い過ぎで話しにくそうだったので、ライオスさんが代わりに口を開きました。




 落ち着いた良い声です。


「もう一人、トミーさんに客が来たんですよ。


えらく怒っていまして」


「はあ?」


皮鎧を着た男性で、何だか疲れた顔をしていたらしいです。


「あんたを見つけて何やら恨み言を吐いてたぞ」


フィンさんが愉快そうに私の顔をジロジロ見ながら言います。


「ええー。 着いたばかりですし、何もしてないと思いますけど」


「ああ。 良く聞いたら完全に逆恨みだった」


ライオスさんが頷きました。




 その若い男性はどうやら馬車の三人連れの一人だったようです。


「あんたが馬車が着いたことを教えてくれなかったから、他の仲間が降りれなかったんだと」


フィンさんの言葉に、私は「ナニソレ」って顔になります。


「その上、あっはっは」


またフィンさんが笑い出して、ライオスさんが後を引き継ぎ話してくれます。


「彼も初心者のようで、露店中は結界のようになってて外からの危害は加えられないよって教えたら」


私が最大高値で販売していたミトンを買ってまで露店を終了させようとしたそうです。


そういえば、結構な金額が懐に入っていますね。


「いくつか買ったらそいつの所持金が無くなって、それ以上買えなくなってね。


返せーとかわめいてたけど、俺たちに気付いて恥ずかしくなったのか、逃げてったよ」


おやおや、この町に来たばかりで無一文ですか。


しかも仲間もいないと。


自業自得ですが、これはまた絡まれそうですね。


「そうでしたか。 それはご迷惑をお掛けしてすみません」


「いやいや、俺は楽しかったよ」


フィンさんは相変わらず笑っています。




 さて、この場を失礼して、少し歩く事にしましょう。


広場の中央に行くと、いました、あの皮鎧の男性が。


ぼんやりと噴水の縁に腰掛けています。


 この町は広いですが、無一文で知り合いもいない初心者さんがいそうな場所はここしかないと思いました。


最初の町と似ているからです。


「こんにちは。 先程はお買い上げ、ありがとうございました」


その男性は私の顔を見ると、真っ赤になって立ち上がりました。


私は、彼に口を出させないように早口で話し続けます。


「申し訳ありませんが、こちらのミスで販売価格が間違っていました。


どうでしょう。


商品を戻していただけるのであれば、代金をお返しいたします」


「あ、え」


すぐに目の前の男性にトレードを申し込みます。


一対一の取り引きは名前がバレてしまいますが仕方ありません。


私は誰からも恨まれたくないのですから。




 私に押し切られる形ですがトレードには応じてもらえました。


ミトンを戻してもらい、彼が支払った代金を返します。


「この度はご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」


深くお辞儀をして謝罪します。


「あー、はあー」


噴水の周りには大勢の人がいます。


この男性はフィンさんたちに気付いて逃げるほどですから、わりと周りは見えているのでしょう。


こちらが下手したてに出ていれば、これ以上怒りをぶつける事は出来ないはずです。


「それでは、失礼します」


背中を向けて歩き出しても追いかけて来る様子はありません。


私は内心ビクビクしていましたので、何とかなったようで一安心。


これで水に流してくれるといいんですが。



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