31・秘密のルートです
「善は急げだ」
「は、はあ」
私はエーリーさんに連れられて町長さんの屋敷へ向かいました。
交渉は全て『仲介師』さん任せなので、私は緊張しつつ隣でニコニコしているだけです。
「大丈夫なの?」とあらかさまに疑われてる気もしますが、荷物は文書だけなので運営から配布された巾着に入れれば問題無し。
……だと思っていたんですが。
「ここじゃよ」
案内されて町から離れること小一時間。
目の前にあるのは川です。 船が行き来している大きな川がありました。
つまり。
「この船で川下にある町まで運んで欲しい」
まさかの船。
船着場に一艘、ポンポン船っていうんでしょうか、そんな感じの船がいます。
船長さんと乗組員が一人づつ。
「定期的に食料やら日用品を運んどります」
それに同乗させてもらえるそうです。
私、船酔いで酷い目に遭った事がありまして、背中に嫌な汗が流れます。
こんな荒地の中の町の移動手段が船だなんて思ってもいませんでした。
まあ、そんなことも言ってられませんよね、私からお願いしたんですから。
川下にある町は森の中にあり、道はあっても凶暴な獣が出没するためあまり使われていないらしく、安全を考えると船以外に移動手段がないそうです。
「は、はい、分かりました。 ご期待に沿えるようがんばります」
仕事を受注し、一旦町中に戻ります。
町では宿でネギオンさんが待ち構えていました。
「トミーさん、防水の装備はある?、泳げる?」
ベテラン配送師のネギオンさんの指導で装備や持ち物を点検していきます。
泳ぎは、まあ、現実の身体ならそこそこ泳ぎは得意ですが。
「そか、それなら大丈夫か。
装備は最低限、防水シートと長靴は必要だよ」
ああ、どっかで見たなあと思ったら美人さんのいる雑貨屋さんで見た覚えがありました。
なんでこんな場所でこれが必要なのかなと思ってましたが、こういう事情だったんですね。
すぐ買いに走りたいところですが、時間はすでに遅く陽が落ちています。
出発は明後日、早朝。
「森の中の村でしばらくゆっくりすればいい」
この町での仕事を終えたネギオンさんとエーリーさんは、次の町へと向かうそうです。
私は二人を見送ってから一旦ログアウトしました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
御手洗いを済ませてメールを確認しましょう。
ツカサちゃんからは無事に家に着いたと報告が来ています。
『今夜はゲーム施設に泊まります』
お義母さんに伝えて欲しいとメールを送信すると、すぐに『了解』と返事が来ました。
さて、宿泊の手続きをしないといけません。
壁のタッチパネルでも事足りるんですが、気分転換も兼ねて部屋から出ました。
ついでに少し身体を動かそうと思います。
実はこの施設はゲームだけではありません。
各個室にはインターネットカフェのようにネット端末や飲料サーバー、お手洗いやシャワー室もあるので引きこもることも出来ますが、普通のスポーツジムも併設してて無料で使えます。
ゲームの会員登録料がバカ高いのも当たり前ですね。
そしてすぐ隣というか、医療施設も付属しているんです。
その医療施設はⅤRゲームが人体に及ぼす影響を研究していて、このゲームをしているプレイヤーは全て登録されています。
バイタルチェックが厳しいことでも有名なゲームらしいですよ。
まあ、精神的なものはどうなんだろうという気はします。
えっとですね、施設内を一周するランニングコースがあるんです。
円形の建物の一階が受付と運動施設で、中央部分がプールになっていて、その周りを器具でのトレーニングだったり、エクササイズをやってる部屋があります。
二階は各個室で、建物の外壁沿いに廊下があって部屋の扉が並んでいます。
プールの上部が吹き抜けになっているため、その周辺を囲む通路がランニングコースになっています。
でもこれ、二階のランニングコースから下の部屋の中が見えるんですよ。
部屋の中の人からはこちらは見えない特殊構造。
何ていうんでしょうか、走ることは基本運動なので、他にも色々トレーニングも出来ますよって宣伝してるみたいですね。
今は夜中なのであまり人は多くありません。
私は私服のまま、たらたらと半分散歩気分で、身体を鍛えているマッチョなおにいさんたちを見ながら歩いていました。
見たくて見てる訳ではないですよ、ええ。
この時間はインストラクターやこの施設で働いている方々が多い時間なんです。
見知った顔が多いというか、ゲームの常連さんたちもいるんですかね。
何気にこっちを見てニッコリ笑ってくれる人もいるんですが、見えてるとか、ないですよね?。
何だかゾワッとしたので部屋に戻りました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ゲームに戻って朝を迎えます。
雑貨屋さんに行って必要な物を購入。
美人さんにも「お世話になりました」とお別れの挨拶をします。
小物だけじゃなく、色々な生地まで取り寄せてもらい感謝しかありません。
「こちらこそ、いつもご丁寧にありがとうございました」
引き際もとてもきれいです。
「あなたをお手本にがんばります」
と言ったら珍しく真っ赤になられて、そこも可愛らしいなと思いました。
もう一ヶ所、顔を出さなきゃいけません。
革の仕入れで大変お世話になった町の商工会に向かいます。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ、本日のご用をお伺いします」
受付嬢にニッコリと微笑まれました。
おや、AIのはずなんだけど、こんなに表情豊かだったかな?。
まあ、この町に来てからほぼ毎日来てましたから、好感度は高いのかも知れません。
「購入したいものがありまして」
実は船酔いの薬が欲しかったんです。
ゲーム内の健康状態がバイタルチェックに反映されるので予防出来るならしたいと思います。
回復薬は雑貨屋でも売っていますが、解毒など特殊な薬は大きな町の薬屋でないと扱っていません。
小さな町の場合は商工会、もしくはプレイヤーの露店で購入します。
今朝、露店を一応確認しましたが、高スキルが必要な上にあまり売れない薬のせいか無かったのです。
「はい、こちらになります」
ピコンと目の前に提示された物を確認。
薬瓶『乗り物酔い止め』となっています。
「ありがとうございます。いくつ購入可能でしょうか」
いつまた必要になるか分かりませんし、多めに買っておきます。
夜はポロンくんやタイターンさん、アエナルさんと送別会ということで夕食をおごってもらいました。
アエナルさんがあまりにも落ち込んでいるのでタイターンさんが誘ってくれたのです。
「アエナルさん、一生のお別れじゃないよ。 どうかそんな顔をしないで」
本当に彼女には助けられました。
「良かったら、これ、使ってください」
上品な白の柔らかい綿の手袋をピンクに染めたものです。
スパンコール手袋の元になった白手袋は本来は礼装用なのであまり売れません。
プレイヤーには礼装が必要な行事などあまりないですからね。
でも何となくですが、彼女ならドレスとか豪華な服装も似合うと思いました。
「ありがとうございます」
胸に抱き締めて喜んでくれました。
ポロンくんとタイターンさんには色替えしたミトンです。
イメージとしてポロンくんにはあのトルコ石のような鉱石染料の空色を、タイターンさんには情熱的な鮮やかな赤を。
「赤いイメージ?」とタイターンさんが首を傾げていますが、私にはそんなイメージなんです。
あ、決して『還暦』とか思ってませんよ?。
「またどこかで会いましょう」
私はそう言って三人と硬く握手をしました。




