3・出発の町に着きました
最初に女性たちに声を掛けた太った男性が、何故か私を見ました。
「じゃ、そっちのお兄さんはどうだい?。
俺たちを護衛に雇わないか?」
私は彼らの服装を改めて見回します。
鉄の籠手、ブーツなんかもまだ新しいようです。
どうやら隣町へ行くために新調したのはいいけど、馬車代を払ったら金が無くなった、というところでしょうか。
「いや、護衛はいらないです。 お金が無いですから」
私がニコリと笑ってそう言うと三人は苦笑いになりました。
「ふ、まあいい。
俺たちみたいのと知り合いになっておくだけでも後々頼りになるのにな」
三人連れは私に興味を失くしたようで静かになりました。
乗り物の中でも時間は経過します。
ずっと馬車の中ですから、リアルでお手洗いや飲食のために離席する人もいます。
どうやら向かいに座った三人も離席したようで、ゲーム内のアバターが転寝を始めました。
ゲームの中にいるとあまり違和感はないのですが、実際にはリアルの約四倍の時間がここでは流れているそうです。
ここでの一日がリアルでは約六時間。
ゲーム内で四日過ごすと、リアルの一日が経過した事になります。
今はゲーム内ではそろそろお昼時でしょうか。
私は馬車の移動が初めてだったこともあり、外の風景を楽しんでいます。
今は美しい海沿いの街道を走っていて、他の馬車とすれ違ったり、歩いている人たちを追い越したり。
ゲームの中ですが、とてもリアルっぽくて驚きの連続です。
私が熱心に窓の外を見ていると、二人の女性のうち栗色の髪の女性が話しかけてきました。
「何か面白いものがありますか?」
私はちょっと驚きました。
話かけられるとは思っていなかったのです。
「あ、ごめんなさい。 とても楽しそうだったから」
戸惑っていると、もう一人の金色の髪の女性が謝ってきました。
「いえ、本当はきれいなお嬢さんたちを見ていたかったのですが、失礼になるかと思いまして」
私はニコリと照れた笑顔で答えます。
「まあ」
まだ二十歳前後くらいの彼女たちがころころと笑います。
やっぱり女性の笑顔はいいですね。
彼女たちは隣町に住んでいるそうで、最初の町にはたまに買い物に来るそうです。
「お住いの町には無いものが売られているのですか?」
「ええ。 私たちの町より珍しい物が少しお安く売られているので」
最初の町では、露店で物を売っているプレイヤーは概ね初心者支援のために安くしています。
私はそういったものをプレイヤー以外が買うとは思ってもいませんでした。
「失礼ですが、それは何かご商売の仕入れとかでしょうか?」
「いいえ、私たちは珍しいものが好きなだけですわ」
転売とかではないようです。
二人は顔を見合わせ、ちょっと恥ずかしそうに微笑みました。
なるほど。
彼女たちはゲーム内のAIキャラクターなのでしょう。
プレイヤーならその辺りの価格の事情は知っているはずですから。
でも、まるで本当に生きている人間のような受け答えです。
「あなたはどちらへ?」
栗色の髪のお嬢さんは、何故かずっとチラチラと私を見ていました。
私は少し考えます。
最初の町を出るとプレイヤーよりAIキャラクターと接する事が多くなると聞いています。
ロールプレイングというか、ゲーム内での立ち位置を決めなければなりませんね。
彼女たちに変な人だと怪しまれてもいけないですし。
「私はまだ駆け出しの商人でして。
どこかに良い商売になりそうなものがないか、探しながら旅をする予定です」
まだ商人見習いですけど、行商人みたいなものかな。
「まあ、どんな物を扱っていらっしゃるの?」
「そうですね。 えー、今はこれですね」
色とりどりのミトンを露店機能を使って表示します。
「わあ、これ、北国の特産品でしょう?。
とっても珍しいですわ」
はあ、確かに私はアバターを作成する時、北欧をイメージしていたので出身地は北国になっています。
卒業記念で表示された選択可能なレシピが北国の特産品だったのも、そのせいかもしれません。
この辺りでは気候が穏やかですから寒い国のものは珍しいのでしょう。
初期設定は大事ですね。
そろそろ到着のようで、石垣のような塀に囲まれた町が見えて来ました。
例の男性三人連れは、まだ中身が戻っていないようです。
馬車は到着後、しばらくすると最初の町に出発します。
それまでに馬車から降りないとまた最初の町に戻ってしまいますが、大丈夫なのでしょうか。
ま、彼らのことなど心配する必要は感じませんけどね。
「お話しが出来て楽しかったです。
よろしければ、一つずつ受け取っていただけませんか?」
私は記念だと言って、女性たちにミトンを渡します。
遠慮する彼女たちに、
「どこかで私の店を見つけたら、是非お立ち寄り下さい」
と、将来のお客様になっていただくためだと押し付けました。
塀の中に入ると、すぐに馬車が停まりました。
私は真っ先に降りて、女性たちに手を差し出し、降りる手助けをします。
彼女たちの着ていたロングスカートはとても乗り降りが難しそうだったんです。
「ありがとうございます!」
「またどこかでお会いしましょう」
女性たちが笑顔で手を振って人混みに消えて行きました。
さて、ここは最初の町とは比べものにならないくらい大きな町です。
学校で習いましたが、出発の町と呼ばれています。
最初の町からはここにしか来られませんが、この町からは様々な場所へ行く事が出来るのです。
移動手段も馬車の他に船や、徒歩はもちろん、自分で馬などを購入することも出来ます。
その資金を貯めるのが、これからしばらくの間の私の目標になります。
そして新しい職に関しても情報が欲しいところです。
数日後に来る予定のニージェさんに教えてあげられるくらいにはなりたいのでね。
私は気を引き締め、とりあえず町の中心を目指します。
最初の町と同じように噴水がある広場に出ました。
リアル時間は夜の九時といったところでしょうか。
視界の隅に赤いアラームが点滅しているのに気づきました。
休憩や食事を取るようにと促しているのです。
一旦ログアウトしなければいけないですね。
しかし、初めて来た町は大きくて、どこに何があるかなんてさっぱり分かりません。
「うーん、どうしよう」
節約のため、高い宿屋は避けたいところ。
最初の町ではログアウトだけ出来る素泊まりの宿があったんですが、こう広いとどの辺りにあるのか分かりません。
私は少し焦りながらウロウロしていました。
無意識に広場の隅に来ていたようで、壁際から声が聞こえました。
「お兄さん、何かお困りかい?」
見回すとレンガの塀に沿って露店が何軒か並んでいます。
「はあ」
声をかけてきたのは、その内の一人で、壁に寄りかかるように座っている男性の露店商人でした。
白い肌、金髪に青い瞳はこのゲームでは一番多い容姿です。
気候が暖かいとはいえ、その男性は何故か上半身裸で七分丈ズボンのみ。
隣には背の高い、茶髪のヒョロッとしたローブ姿の男性が立っています。
「あのー、安く泊まれる宿を知りませんか?。
ちょっと寝るだけなんですが」
「ふうん。 あんた、『旅人』か」
半裸の男性が私を見上げて言いました。
おそらく彼もプレイヤーなのでしょう。
私はいつもと同じように、愛想笑いを浮かべました。