27・嫌な予感がします
ここから四章になります。
義妹との買い物とスウィーツカフェへのお付き合いを終えたら、私はいつものゲーム施設へと向かう予定です。
「えー、トミちゃん、今日も行っちゃうの?」
「ごめんね、ツカサちゃん」
私のたった一つの楽しみだから恨まないで、と拝み倒しました。
「ううっ、分かったわよ」
次の春には受験生、中学三年生になるツカサちゃん。
なんやかんやいってもちゃんと引き際を心得ている義妹は年齢の割にはしっかりしていると思います。
「じゃあじゃあ、今度、宿題とか受験勉強とか手伝ってね!」
私は一応これでも卒業間近な大学生です。
卒業は確定出来たけど、実は就職浪人なのであんまり大きな顔は出来ませんけど。
「う、うん。 私が解る範囲でいいなら」
まあ、そこは本人さえ良ければということで。
暗くなる前にツカサちゃんを駅まで送り届けました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私がゲームの中で目を覚ました場所は北の町です。
小さな宿の一室で、まずは身だしなみのチェック。
いつも通り金髪碧眼、浅黒い健康的な肌色に銀縁眼鏡。
長身で細いけど脱いだらシックスパックの身体。
ゆるくて黒い長衣の上着の下には白い綿の上下、黒に金色のアクセント模様がある腰帯を巻いたアラブ風の服を着ています。
「さて、今日もがんばりますか」
ハーフフィンガーの革手袋、腰に短剣。
普通の肩掛け鞄と拡張収納のウエストポーチを装備。
ゲームの初期装備の巾着はその中にしまっています。
大切なフィンさんレシピとライオスさんからもらった長剣もです。
ここは現実の世界とは少し違うけど、盗賊やプレイヤーキラーは存在します。
大切なモノは自分で守るしかありません。
他のプレイヤーや住民からもらった物は奪われる可能性はありますが、運営から支給された物は個人に紐付けされているので本人から渡さない限り手放すことは出来ないようになっています。
なので、大抵のプレイヤーはこの巾着にお金や一番大切なものを入れているようです。
旅をするために必要最低限のものは残る仕組みになっているんですね。
露店の前に久しぶりにスキルの復習いです。
広場にある商工会の建物に向かいます。
個人のスキルは自分で見ることが出来ず、いちいち商工会などで確認しないといけないのです。
最近ずっと皮革を買い取るために販売窓口ばかりに行っていましたが、今日は総合窓口です。
ここは転職などの申請をしたり、行き詰ったときにヒントをもらったりするところになります。
「あの、すみません。 身分証発行をお願いします」
カウンターの受付嬢はAIキャラクターです。
「承りました」
しばらくするとピコンと音が鳴って、巾着袋内のアイテム欄に一枚の紙が現れます。
「ありがとうございます」
私は軽く頭を下げました。
「いいえ、良い旅を」
どちらかといえば無表情な受付嬢ですが、何度も通っているせいか、ニコリと微笑んでくれたような気がします。
ん-っと、AIだよね?。
ほんとにこのゲームはプレイヤーとAIの区別がつかないんですよ。
……フィンさんの話によると、異世界の人たちもいるらしいですし。
では確認しましょう。
身分……旅人
職業……商人見習い→裁縫人見習い
商人スキル……商品の基礎知識
取引の基礎知識
地図
観察
縫製スキル……縫製技術
縫製取引
採集技術
戦闘スキル……剣術
気配察知
馬術
うん、草原の町にいた時と変わってませんね、知ってた!。
スキルの熟練度は転職時じゃないと分かりません。
しかも数字ではなく、運営に認められているかどうかしか分からないんですがね。
どうしてレベルが本人に分からないようになっているかというと、このゲームが『旅』を主目的にしているからだそうです。
旅を楽しんで欲しいのにレベル上げを目的にされるのは不本意ということなのでしょう。
「おはようございます」
北の山の町は荒野という感じで、ほぼ毎日乾いた風が吹いています。
「今日も晴れの良いお天気で露店日和ですねえ」
私が声をかけると、アエナルさんとタイターンさんが手をあげて答えてくれます。
アエナルさんは今日も私が作った制服もどきで上機嫌です。
「トミーさん。 今日はずいぶんとごゆっくりでしたな」
タイターンさんは何故かニヤついてます。
「ええ、ちょっと」
義妹の買い物に付き合わされていたのでログインが遅くなったのです。
「もしかして、デートだったとか?」
意地悪そうなぽっちゃり商人の言葉に、アエナルさんが驚いて、
「ト、トミーさん、恋人がいるんですか?」
と、詰め寄って来ました。
私が困っているとタイターンさんが止めてくれます。
「それを訊くのはここではマナー違反だ、アエナル」
今まで聞いたことのない厳しい口調でした。
自分で振ったくせに、とは思いましたが。
「ご、ごめんなさい!」
慌ててアエナルさんは私から離れます。
「驚きましたけど、大丈夫ですよ。
それに恋人どころか、私は異性の友人もいないコミュ障ですから」
私はそう言って頭を掻きました。
「ははは」
どちらからともなく乾いた笑いが洩れます。
「そんなことより、今日も稼ぎましょう!」
商人の醍醐味は日々の稼ぎですからね。
そして何事もなくその日も無事終了。
宿へと帰る途中に雑貨屋さんに寄って小物を仕入れるため、タイターンさんたちとは別れました。
そもそも宿が違うんですよ。
向こうはアエナルお嬢様のため、この町の最上級のお宿にお泊りですから。
「あら、いらっしゃいませ」
町一番の美人でやり手のお姉さんがいる雑貨屋さんに到着。
「こんにちは」
自然な笑顔で迎えてくれるおねえさんにホッとします。
商売人としては理想的だと思いますね。
こんな風に私も微笑んでいるでしょうか。
「あ」
その時、背後から声がして見まわしました。
店の中に他にもお客さんがいたようです。
「おにいさん、この間のお客さん?」
おや?、見覚えのある顔です。
十歳前後の少年がじっと私を見上げていました。
「ん?、どっかでー」
客っていうならどこかの店で会ったんでしょうか。
「はあ、やっぱり覚えていないですよね。
あんなに美味しそうに僕のお茶を飲んでくれたのに」
残念そうに肩を落とす少年に申し訳ない気がしてきます。
私は元々人の顔を覚えるのが苦手なんです。
露店で注文を受ける時も、その場で渡さない場合はなるべくフレンド登録してもらって名前を確認しています。
終わったらフレンドから削除ということにしていますが、皆さんだいたい「また頼む」と仰ってそのままになっているかたが多いです。
まあ、誰かさんのような強烈なインパクトがあれば忘れたりしませんけど。
それより、今は目の前の少年です。
「お茶?。 あー」
思い出しました。 染料を仕入れに行った鉱山の町の工房の見習いさんですね。
「あの時はお世話になりました。 親方さんや皆さんはお元気ですか?」
「はい!」
良かった。 可愛らしい笑顔が見られました。
その後もしばらく話を聞くと、どうやらこの町には到着したばかりのようです。
「あのお、どこか安い宿知りませんか?」
と訊かれたので、自分が泊まっているいる宿に案内することになりました。
「あー、そうだ」
宿までの道すがら少年が突然、何かを思い出して立ち止まります。
「おにいさん、ミトン売りさん?」
「え?。 ああ、まあどこへ行ってもミトン売ってる気がするけど」
「じゃあ、やっぱりおにいさんのことかなあ」
少年はこの町に来る馬車の中で『ミトン売り』を探している男たちに会ったそうです。
え?、これって何かのフラグでしょうか?。