21・北の町に着きました
「わっはっは、たくさん作り過ぎてしまったのだよ。
どうか受け取ってくだされ」
こういう時は遠慮なくもらっておいたほうがいいでしょうね。
「どうもありがとう」
少女のはにかむような笑顔がかわいいです。
「今はお腹が空いていないので後でいただきますね」
私はそれをバッグの中にしまいます。
「お礼と言ってはなんですが、良かったらこれをもらってください」
私は彼女に黄色のミトンを渡しました。
「お菓子を焼く時に鍋掴み代わりになるでしょう」
お礼をもらえると思っていなかったようで、少女はポカンとしています。
「ほお、珍しい。 北国名産のミトンですな」
「ええ。 まだ駆け出しの見習いですけど、私が作りました」
男性は商人だそうで、私たちは馬車の中で商売の話を始めました。
「失礼ですが、あなたはかなり高名な商人のように見えます。
どうして初心者用の町に行かれるのですか?」
この二人がプレイヤーなのかどうかはまだ分かりません。
結構レアな装飾品を身に着けているのを見ると、プレイヤーだった場合でも高レベルに間違いないと思います。
「ふむ、確かに私一人なら行かない場所ではありますね」
裁縫人見習いにしろ、他の職にしても初心者用の稼ぎにしかならない町。
「今回は、この子の修行のためです」
少女はどうやら菓子職人を目指しているらしいです。
「なるべく商売敵のいない場所を選んだら、北の山にある町が良いだろうと」
なるほど。
しかし飢えた戦闘職が多い町なのに、少女が行って大丈夫なのかなあ。
「そのために私が付いているんです」
娘なのか、孫なのか、大切にされているんだろうということは分かりました。
「私もしばらくそこで修行の予定です。 見かけたらよろしくお願いします」
改めて二人に挨拶すると、
「はい!」
と、少女からとっても良いお返事をされました。
途中で休憩を挟み、しばらくすると景色が森から岩が点在する草原に変わりました。
草原の町を思い出しましたが、あそこよりも大きな岩が多くて荒れ地といった感じですね。
山岳地帯に入ったのか、坂道になりました。
変わり映えのしない風景になってきましたが、私はそれなりに楽しめています。
やがて日が傾き始めましたが、次の町はまだ見えません。
私は少し不安になりました。
草原で何も持たずに野宿したことがありますからね。
「もうすぐ休憩所だよ」
お相撲さん風の男性が、うたた寝している少女を起こしています。
「え?、何ですかそれ」
困惑する私に商人さんが説明してくれました。
「知らなかったのか?。 北の山へは二日かかるんだよ。
途中で一泊することになるが、ちゃんと宿泊できる施設があるから心配ない」
ああ、この遠さも不人気の一つかも知れませんね。
しばらくして、街道の脇に石塀に囲まれた白い建物が見えてきました。
コンクリートの打ちっぱなしのような殺風景な建物です。
せめて明るい雰囲気にして欲しいなと思いましたが、魔獣や盗賊相手に目立つのも困りますし、防御を優先しているのでしょう。
「ここまで来れば安心だよ、お客さん」
馬車が塀の中に入ると数人の人影がありまして、御者さんが説明してくれました。
「町の依頼で駆け出しの修行者たちが巡回しているんだ。
ここに我々と一泊するのも彼らの仕事というわけだよ」
なるほど、初心者たちのための護衛や野営の指導も含まれているというわけですね。
もちろん、人目が少ないからといって乱暴なことは出来ないようになっているそうです。
何かあれば彼らの依頼は失敗となり、運営からの警告対象になります。
良かった。
私はおデブの商人と少女の姿を見ながら、安心してホウッと息を吐きました。
休憩所に来ていたプレイヤーらしき数名は、概ね気の良い連中でした。
「そうか、修行に来てくれるのか。
装備が壊れまくって困ってたんだ」
「買い出しに行こうにも大きな町は遠いからなあ」
彼らは馬でやって来ていましたが、町からの依頼なので馬も町からの貸し出しなのだそうです。
私はテテを懐かしく思い出し、彼らの馬の世話をお手伝いしました。
食事は商人と少女が作ってくれました。
本当は依頼で来た戦闘職の彼らが作る手はずだったのですが、あまりにも手際が悪く、二人が手を貸したようです。
「お菓子も良かったですけど、これも美味しいですね」
揃って食事のとき、私は隣に座った少女にお礼も込めて賛辞を贈りました。
「え、何?、お菓子もあるの!」
甘いものに飢えていた狼さんたちを呼び起こしてしまったようです。
しまった、と思いましたが、
「町に着いたら売り出しますので、どうぞよろしくお願いしますね」
と、にこりと笑う少女のほうが上手でした。
翌朝は彼らが用意してくれた簡単な食事を摂り、馬車を護衛してもらいながらの走行になりました。
馬の機嫌も良かったせいか、昼過ぎには到着し宿に入ります。
さっそく宿の食堂でお茶を飲みながら情報収集です。
「へえ、縫製の修行かい。 珍しいね」
そうなんですか?。
まあ、商売敵がいないからフィンさんも勧めてくれたんでしょうけど。
「皮なら任せろ。 一応、町の商工会を通して卸すけどな」
「はい、よろしくお願いします」
仕入れ先になるこの町の商工会支部と雑貨屋の場所を確認しておきます。
そして部屋に戻って型紙の確認です。
出発の町を出る前に必要になりそうなレシピは入手してきました。
胸当てと魔術師用のローブです。
プレイヤーが露店で売り出していた中古のレシピですが、ほとんどが捨て値同然。
フィンさんに言わせるとこれで十分らしいです。
「いいんですか?」
「高レベルになるといちいちレシピを必要としなくなるからな」
それで初心者用のレシピを後輩職人のために格安で売っているんだそうです。
どこか商会に入っていればおそらく無料で手に入る物なんでしょうね。
「一番需要がありそうなのが革の胸当てだな」
町の中を歩いていて、胸当てをしている人が多く目につきました。
まだ獣の皮を入手出来ていないので、そこまで大きな物は作れません。
とりあえず、今、出来るものを確認しましょう。
「革のグローブかな」
ハーフフィンガーの元になった革手袋を戦闘職用に強化したものになります。
「革を二重にして、手のひらに滑り止めかな」
型紙は設計図のようなものです。
描いているうちに色々と必要なものが見えてきました。
ご挨拶がてら雑貨屋へ顔を出します。
滑り止め用の綺麗な砂を探していたのですが、良かった、有りました。
砂の入った小さな瓶をカウンターに置きます。
「これをお願いします」
店員は若い女性ですが、AIではなさそうです。
一通り町中を見て回りましたが、この店は住民やプレイヤーからの評判も良かったし、品揃えも中々良い感じ。
「はい、ありがとうございます」
私は、支払いをしながら「しばらくお世話になります」と顔を売るのも忘れません。
「まあ、わざわざ挨拶に来てくださったの?」
女性は驚きながらもクスクスと笑っています。
美人なのに嫌味なところが無い、とても感じの良い店員さんですね。
「こちらこそ、よろしくお願いします。
何か必要な物があればおっしゃってね。 仕入れますから」
「ありがとうございます、その時はよろしく」
気持ち良く買い物が出来て、私もうれしいです。