1・最初の町にいます
最初のほうは前作のあらすじが入っています。
空いた時間に、どうぞお付き合いください。
私は七瀬 瞳。
卒業間近の女子大生です。
母を幼い頃に亡くした私は父方の祖父母の家で育ちました。
その祖父母が揃って二年ほど前に亡くなり、父が一年ほど前に再婚。
相手の女性には中学二年生の娘がいます。
父は単身赴任なので、私はその義母と義妹と都内のマンションで同居することになってしまいました。
ある日、父からVRMMORPGのゲーム登録カードが届きます。
少し遅かったのですが、誕生日プレゼントだったようです。
『登録に時間がかかってしまってな。 すまない』
同封の手紙にはそんな言葉が書いてありましたが、私としては父からの贈り物なら何でもうれしいです。
『異世界への招待状』
そう書かれたゲームの登録カードを胸に、私はある施設へと向かいます。
没入型というVR技術を使ったゲームでは専用の施設が必要で、そこへ行かなければならないのです。
そうですね。
スポーツジムやフィットネスクラブのようなゲームセンターといえば分かり易いでしょうか。
ただしプレイヤーは安全設計の完全個室でゲームをします。
「いらっしゃいませ、七瀬様」
「こ、こんにちは」
私の担当は笑顔がステキな、とっても美人なお姉様です。
案内され、たくさんの個室が並んだ廊下を歩きます。
「七瀬様、ご利用いただいて一か月が経ちましたが体調などはいかがでしょうか」
この没入型のゲーム機はあまり長時間続けると身体に悪いといわれています。
「あ、はい。 大丈夫です、今のところは」
「そうですか。 安心いたしました」
いつものルームナンバーの前で立ち止まって扉を開けてくれます。
機器との相性もあるらしく、なるべく同じ番号の部屋を使うようにセッティングしているそうです。
部屋の中央のリクライニングの椅子に座り、バイタルチェック付きの腕輪を装着しました。
「何かありましたらすぐにコールなさってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
最初の頃より担当の女性との会話も少し慣れた気がします。
「では、良い旅を」
担当の女性が深くお辞儀をして部屋を出ると、パタンという扉の閉まる音と共に部屋が薄暗くなりました。
「女の子なんだから愛想良く笑っておとなしくしていなさい」
それが祖父母の教育でした。
そのせいか、私は哀しくても興味が無くても、ヘラヘラとした、返って相手を不快にさせるような笑顔しか出来なくなっていました。
私の唯一の幼馴染の香苗にもよく言われるんです。
「愛想笑いなんてしなくていいのよ。
相手は同年代なんだから、トミちゃんはどーんと構えてなさい」
あ、『トミちゃん』というのは私の小さい頃からの愛称です。
香苗が私のことを心配してくれているのは分かっています。
ただ、私は今さら自分の性格を変えられる気がしないのです。
だけど違う容姿で、違う世界でなら、出来そうな気がしました。
自分の好きなように生きてみたい。
そう、例えば身も心も男性になってみたいのです。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ログアウト用の安宿の小さな部屋。
背が高く、浅黒い肌に金髪碧眼、銀縁眼鏡の男性が目の前の鏡に写っています。
(うん、今日も男前だわ)
ゲームの中のアバターはもう一人の私の姿です。
好み丸出しですが。
さっそく、ピロンとフレンド機能から音がしました。
「こんにちは、トミー」
「こんにちは、ニージェさん」
トミーは私のアバターの名前です。
ニージェさんというのはフレンドの一人で、かわいらしい女性アバターです。
まあ、まだフレンドは一人しかいませんが。
最近ゲーム内で会える時間がなかったので、今日はあらかじめログイン予定を知らせていました。
久しぶりに話がしたいというので待ち合わせしましょう。
ゲームの最初の町は西欧風の港町。
白い漆喰の壁と色とりどりの花が飾られた窓が並んでいます。
扉や窓は木の枠で、ガラスは少しくすんでいますね。
いつもの広場の噴水の前で待ち合わせです。
ゲームでプレイヤーが作成するアバターはほとんどが美男美女です。
落ち着いた茶色の髪が真っ直ぐ肩の下まで伸び、瞳も茶色の平均的な女性体型のニージェさん。
彼女もとても可愛らしい姿をしています。
ニージェさんと私はゲームのチュートリアルである学校で知り合いました。
噴水の縁に座っておしゃべりを楽しんでいます。
「もうすぐ次の町へ行くんでしょう?。 転職は決めたんですか?」
私の方がログイン時間が多いため、少しレベルが高く、次の町への旅立ちが近いのです。
「そうですね、一応は」
基本的にはプレイヤーの身分は旅人です。
『旅をする』のがこのゲームの特長ですから。
ただ、旅をするにもお金は必要です。
そのための職業は最初の町ではまだ見習いですが、次の町では転職することが可能になります。
例えば戦闘職であればこの町では戦人見習いですが、転職すれば剣士見習いや騎士見習い、拳闘士見習いなど。
他にも狩人見習いや盗賊見習いにもなれます。
生産職は商人見習いからスタートして料理人見習い、裁縫人見習い、鍛冶屋見習いや調合屋見習いなどです。
すぐに決める必要はありません。
さらにその上に上級職もありますので、これから長く旅をして、少しずつ自分に合ったものを探せばいいと思います。
私はこの『異世界への招待状』というゲームを始めて一か月。
ちまちまとお使いクエストを消化しながら自分のこれからのことを考えていました。
「私と同じ生産職ですよね」
ニージェさんは調理師を目指していて、次の目標は料理人見習いだそうです。
「ええ。 実は縫製師になりたいなと」
生地などで洋服や小物を作る職人のことです。
この世界ではゲーム会社の用意した店売りが一般的です。
最初はお金もあまり無いので、皆、同じような服になってしまうんですよね。
町を移動すればまた違う店があったりするのですが、その町へ行けばまたその町の店の服を着ている人が多くなります。
しかも戦闘職は鎧装備だったり、魔法使いはローブだったり、定番といわれる装備になりがちです。
何だか寂しいなと思いませんか。
「そうですねえ。
レベルが高くてお金持ちのプレイヤーはステキな服をいっぱい持ってますけど、私たちには手が出ませんもの」
私は頷きました。
より遠くの町まで旅しているプレイヤーは珍しい素材や店を知っています。
縫製師のスキルが高いプレイヤーもいるでしょう。
その人たちは商売や戦闘で得たお金で好きなオシャレが出来るのです。
「初心者でも手に入る素材で安く作れないかなと考えています」
私が目指すのはごく普通の洋服屋さんです。
「例えば、これ、作ってみました」
私はゲームの露店という機能を使い、売り物を提示します。
足元に四角い場が現れて固定され、その範囲以外は動けなくなる代わりに持ち物を売るという行為が出来ます。
値段や個数も自分で設定出来るし、誰でもそれを見ることが出来るようになるのです。
欲しい人が勝手に買っていってくれて、お金も入ってきます。
レベルが低いうちは安い物しか取り扱い出来ませんが、商人のスキルが上がれば出品の数や価格も上げられるようになります。
プレイヤーさんでも、AIキャラクターでもいい。
お客さんに喜んでもらえるようにレベル上げをがんばってみようと思っています。