第21話 「驚愕」
すみません。遅くなりました。
アリスの一件が終わった次の日。
俺は普段と同じように学園に登校していた。
少し懸念していたアリスだが、いつもと変わらない姿を見て少し安心した。
昨日、あれだけ恐ろしい目にあったのだ。
精神が不安定になって、登校拒否を起こしてもおかしくはないのだから。
現在は午後最初の授業だ。
暖かい日差しが眠気を誘う。満腹も相まって更に眠気を後押しする。
俺は重くなっている瞼に耐えながら、前方の黒板を見る。
そこでは担当教師が教科書を持ちながら説明しているところだ。
現在の授業は魔法学。
その名の通り魔法について学んでいく授業だ。
この学園は魔法を学びたい者が集う学園だ。
その者達にとっては一番重要な授業といっていいだろう。
クラス中眺めても寝ている奴なんて一人もいない。
全員が真剣に受けている。
「グーグー………」
一人を除いてだった。
顔を横に向けるとそこには机に突っ伏して爆睡するケイヒルがいた。
ケイヒルは大抵この時間帯の授業は毎回寝ている。
よくこんな奴がSクラスに入れたなと思うが、現在進行形で俺も眠りそうになっているから人の事は言えない。
だけど、それも仕方ないだろう。
こんな授業内容では眠くなるなという方が無理がある。
真面目に授業を受けている奴を賞賛したいほどだ。
学園が始まって一週間。
まだ授業内容もそこまで進行しておらず、魔法学の中でも基礎中の基礎をやっている。
耳を前方に傾けると教師の声が耳に入ってくる。
「魔法には火水氷雷土風、これらの属性の魔法が存在する。それぞれが各魔法どれかに適性がある。各人自分の適性魔法は分かっていると思うが、その属性魔法を軸に鍛錬していくのが効率的だ。」
ちょうど魔法の属性について説明しているところのようだ。
ここら辺は本当に基礎中の基礎。分かっていて当然のところだ。
教師の説明に付け加えるのなら、適性魔法は他の属性の魔法と比べて習得しやすく、魔力効率もいい。
魔法を発動する際の魔力の扱いもしやすい。
だから、適性魔法を極めるのが手っ取り早く強くなるのに繋がる。
ちなみに俺の適性魔法は氷。
他の属性の魔法も一通り極めてはいるが、戦闘の際には基本的に氷魔法を使っていくのが俺のスタンスだ。
俺の場合は他の属性魔法と氷魔法では一線を画すレベルで極め方が違うからだ。
「そして、魔法は下級魔法、中級魔法、上級魔法とそれぞれ定義されている。火魔法ならファイアボール、水魔法ならウォーターボールといったように。」
教師は説明を続けていく。
俺が聞き取れた説明はそこまでだった。
眠気が最高潮に至った俺は瞼が急激に重くなり、そのまま机に突っ伏したのだった。
◇
「おーい、ルクス?」
誰かが俺を呼んでいる気がする。
でも、それに対し俺は応答しない。この心地よさにずっと浸かっていたいからだ。
「起きろよ」
うるさいな。寝ていられないじゃないか。俺の安眠を妨害するな。
微睡みの中で俺はそう朧気に思う。
だが、声の主は次第に呼びかけるだけでなく、身体も揺さぶり始めてくる。
それが数分間続けられ、流石の俺でも身を起こす羽目になった。
「なんだよぉ…………?」
完全に頭が覚醒していない状態で声の主、ケイヒルに問う。
「もう授業終わったぞ。次の授業に遅れるから早く起きろ。実験室に移動だろ。」
そうだった。次の授業は確か、錬金術の授業だったな。全員が実験室に移動だった。
俺は気怠い身体を叱咤し、移動の準備を始めようとするがそこである事に気づく。
多数の視線を向けられていることに。何故かと思ったが、その理由はすぐに判明した。
状況を見れば嫌でも分かる。
クラス全員が席を立ち、移動しようとしているのにも関わらず俺だけ机に突っ伏していつまでも寝ていたからだ。しかも、少し涎が垂れている。
「っ!」
すぐに頭が覚醒し、涎を袖で拭きながら席を立つ。
見っともない姿を見られた事に対し、顔がほんの少し赤くなるのを感じる。とても恥ずかしい。
周りからボソボソと声が聞こえる。
「可愛いい………」「ギャップ萌え………」
このクラスには上流階級の者が多い。涎を垂らしながら居眠りなんて有り得ないのだろう。
多分、嘲りの声だ。
俺は隣にいるケイヒルに対し睨みながら言う。
「おい!もっと早く起こしくれよ」
「わりわり!気持ち良さそうに寝ているからよ」
「そういうところだけ気を使うな」
普段は気を使うことなんかしないくせに。
絶対この状況もケイヒルが望んだ通りの結果だ。
「まぁ、お前の場合、そんなところも武器になってしまうんだけどな」
ケイヒルが恨めしそうに俺を見ながら言う。
「何がだ?」
「はぁ…………」
とため息をつくケイヒル。
こいつの言っていることは意味が分からない。
「そんなことより早く移動しよう」
とケイヒルに提案する。
「お前が寝てたから移動できなかったんだけどな」
「うぅっ………悪かったって」
今回ばかりはケイヒルに頭が上がらない。
それはケイヒルも分かっているからだろうか、俺に対していつもより尊大な態度のような気がする。
「まあ、そんなことより黒板見ろよ」
そうケイヒルが言ってくる。
ケイヒルに言われた通りに黒板を見るとチョークで文字が書かれていた。
さっきの授業のものではない。
「班を作る…………?」
黒板にはそう書いてあった。
「次の錬金術の授業、班で行うらしいぞ。さっき錬金術担当の教師が教室に入ってきて書いていった。」
「班って?」
このクラスには班というのは存在しないはずだ。
俺が知る限りでは。
「好きな人同士で作っていいらしいぞ。基本四人一班だってよ。班一緒になろうぜ!」
「ああ」
俺は快く了承する。
こいつ、もしかして俺を誘うために居てくれたのか。
なんだかんだ言ってケイヒルはいい奴だ。
俺達はとりあえず置いて行かれないように準備をして教室を出た。
班は四人一班ということだから、あと二人必要だ。
どうしようかとケイヒルと話して歩いているうちに実験室に着く。
まだ授業開始のチャイムは鳴っておらず、授業まで少し時間がある。
この間の時間で決めておきたいところだが、周りを見るに続々と班が出来上がってきている。
班作りに難航して困っている時だった。
「あの、いいですか?」
後ろから声をかけられた。
その声に反応し後ろを向くと、そこにはアリスがいた。
初日の事を除けば、学園内で話しかけられるのは初めてのことだから少し驚いてしまう。
「なんだ?」
普段誰にも話しかけないアリスが話しかけたことにより、周りのクラスメイトがざわつき始める。
気がつけば、俺とアリス、あとケイヒルを囲むようにクラスメイトが居るような構図になっていた。
「えっと…………その…………」
「ん?」
「…………一緒の班になりませんか?」
その言葉に周りがより一層ざわつき始める。
この一週間で彼女に話しかけようとした猛者はたくさんいた。
だが、彼女の対応はとても素っ気ない。本当に必要最低限の事しか話さないようだった。
ましてや自分から話しかけることなんてするわけもなく、クラスメイト達はアリスの気質を一週間の間に理解していた。
だからこその驚愕。
クラスメイト達は自分から誘いにいったアリスに対して驚愕を禁じ得ないようだった。
俺も驚きはしたが、昨日の事もあってか、他の者達のように驚きはしなかった。
少し不安そうな面持ちをしている彼女に対して口を開く。
「ああ、いいよ。お前もいいだろ、ケイヒル?」
「………………」
ケイヒルも驚いているようで返答してこなかったが、女好きのケイヒルなら断ることはないだろうから、了承したということで俺は捉えることにする。
「あ、ありがとうございます」
ホッとしたようになるアリス。
断られることを懸念していたから不安げな表情をしていたのか、と俺は得心する。
その一方でそんなことを心配するなんて柄じゃないだろうにと不思議に思った。
「お、おい、ルクス!」
「な、なんだよ?」
驚きから立ち直ったケイヒルがアリスと対峙していた俺を後ろから引っ張って顔を寄せてくる。
「なんでアリス様が!?」
「知らないよ、そんな事」
おそらく、少しばかりは昨日の事が関係しているのだろうが、実際のところはよく分からないので嘘ではない。
「それにそのアリス様に対しての口調」
「ああ、それは前にタメ口でいいって言われたんだよ」
「なっ!お前、俺が知らないところでアリス様と関わっていたのか!?」
「まあな」
そう言うと、ケイヒルが震え始める。俯き、顔が見えないからどんな表情をしているかも分からない。
そうすること数十秒。
バッと顔を上げ、俺の肩を掴みながら言ってくる。
「羨ましすぎるぞぉぉぉぉぉ!!」
(こ、こいつ…………)
ケイヒルは羨ましすぎて泣いていた。
肩を掴み俺の身体を揺らしてくる。
正直、流石の俺もドン引きだ。
「だが、だが……………ルクス、お前………」
「な、なんだよ」
「グッジョブだぜ、ルクス!」
そう言って、泣きながら親指を立てグッとしてくる。
本人の目の前でいつまでこんな茶番をしているつもりか。
キーンコーンカーンコーン
そんな時、授業開始のチャイムが鳴った。
俺達を囲んでいたクラスメイト達も着席するため散らばっていく。
席は指定されていないので班になった俺、アリス、ケイヒルで適当な席に着席する。
全員が着席し終わって数分後、教室に教師が入ってきた。
(ん?)
その入ってきた教師を見て、俺は不思議に思った。
錬金術担当の教師ではなく、Sクラスの教師スネイル先生だったからだ。
それは皆んなも同じようでざわざわとし始める。
「錬金術の授業の前に俺から話すことがあってここに来た。」
スネイル先生が話し始めたので、全員が注目し始める。
「実はな、このクラスに入学が遅れた生徒がいてな」
その言葉にクラス中がざわつき始める。
そういえばと俺は思った。
通常、クラスは一クラス四十人。だが、このSクラスは三十九人しかいなかった。
不思議に思っていたが、これで得心がいった。
「でな、これ以上入学が遅れたくないということで今日からSクラスに入ることになった。それで本人の希望でこの錬金術の授業から参加することになった。」
その言葉により更にざわつき始める。
これから新しいクラスメイトになる人に対して興味が尽きない様子だ。
「おい、ルクス!どんな人だろうな」
「ああ」
正直、そこまでの興味はない。
誰であろうとそこまで関わる事はないだろうと思っているからだ。
「では、入ってきてくれ」
教師の呼びかけに全員の視線がドアに集中する。
「はい」
少し高めな柔らかく心地よい声が響く。
その声と同時に教室に入ってくる。
途端、全員が息を飲んだ。
美しい銀髪。彫刻のように整った美貌。
所作一つ一つが気品に満ち溢れている。
ゆっくりと中央まで歩いていく。
そして、中央まで辿り着くと前に向き直り口を開く。
「セシリア・セントラムと申します。皆様、仲良くしてくださいね」
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