第19話 「救出Ⅱ」
「貴方は一体…………?」
俺の腕の中にいるアリスが目を見開きながら見上げてくる。
俺が発動した魔法は上級魔法<永久凍結世界>。
一般的に最も難度が高いとされている上級魔法に位置している。
世間的に上級魔法がどういうふうに認知されているかはよく分からないけど、到底学生が使えるような魔法ではない。
そんな通常有り得ない光景を目の当たりにして、驚かない方が無理な話だ。
アリスは俺に視線を向けてくるが、彼女の疑問を解消させる事はできない。
誰にも俺の正体を明かすことはできないのだから。
「決闘を承諾する際言ったはずだ。俺の事を必要以上に詮索しないようにと。」
「で、ですが…………」
「センテカルド家に誓ったんじゃないのか?」
「っ!?………………分かりました。」
アリスはセンテカルド家令嬢であることを誇りに思っている。
そのセンテカルド家に誓ったんだ。それを破るということはセンテカルド家令嬢である自分を否定するのと同義。
アリスにそれができるはずもない。
彼女は観念したように目を伏せた。
「とりあえず、この場所から離れよう。」
「…………はい。」
彼女を抱きながら歩き始めようとすると――――――
「いえ、自分で歩けます」
そう言い、俺の腕の中から抜け出そうとする。
もう、戦闘は終わったことだし、彼女を抱いている必要もない。
そう考え、彼女を離す。
俺の腕から地面に着地すると―――――
「っ!?」
「おっと、大丈夫か?」
体勢を崩してしまい、俺はそっと彼女を支える。
「無理はするな」
「し、しかし………」
戦闘が終わって、男達がもういないとはいえ、恐怖はまだ、彼女の中に残り続けているのだろう。
抵抗せずに男達にいいようにされていたところを考えると毒か何かを注入された節もある。
そんな状態で自分で歩いては一向に前に進めない。この場所から離れるだけでどのくらい時間がかかるのか。
「いいから」
渋る彼女を抱き上げようと接近する。
「…………申し訳ありません。」
自分で歩ける状態ではない事が分かったのか渋々承諾する。
「あと、これ」
「…………?」
俺は自分が着ていた制服を脱いで彼女に差し出す。
差し出しされた制服を見て、彼女は不思議そうに首を傾げている。
(あっ、これ………自分の格好分かってないやつだ。)
戦闘中はこんな事をしている暇はなかったが、戦闘が終わった今、彼女を見ていると少し居た堪れない。
俺は彼女に向かって自分の格好を見るようにと仕草で示す。
一応彼女から目を逸らしながら。
すると―――――――
「っ!?」
今の自分の格好に気づいた彼女はバッ、とすぐに両手で自分の身体を覆うように隠し、極力見えないように身を縮こませる。
顔は羞恥心で真っ赤になっており、上目遣いで俺を睨んでくる。
すぐに俺の手から制服を奪いとり、俺に背を向けながら制服を着ようとする。
制服を着るとこちらに向き直る。
(俺の制服大丈夫かな…………)
全体的にぶかぶかなのだが、一点だけはちきれそうになっている場所がある。男子と女子の制服は違う。制服を作る際の採寸の時、男は胸囲は計らないのだから当たり前だ。
ボタンが閉まりきっておらず、少しだけ露出してしまっている。
「あ、あなた…………気づいていたのですか!?」
「ああ………」
アリスは顔を真っ赤にしながら、俯く。
「……………見ましたか?」
「えっ?」
小声でぼそっと何かを言ってくるがよく聞こえない。
「見ましたかと言っているのです!!」
「えっと…………」
ここでは何を言うのが正解か。
正直に答えるのなら、がっつり見た。
しかも、抱きながらだったから、かなりの至近距離から。
だが、そう言えば、彼女の怒りに触れるくらい俺にでも分かる。
(どうしよう…………)
そう思い悩んでいると、ある事を思い出す。
前に組織で女性は褒められることに弱いと聞いたことがあったような、なかったような。
もし、それが本当なら嘘をつくのではなく、事実と織り交ぜて褒めれば彼女の怒りに触れずに許されるのではないだろうか。
(よし………)
俺は言う事を決め、彼女の質問に答えるため口を開く。
「ああ!がっつり見てしまったけど、とてもいい胸だっ…………ぶほぉっ!?」
俺の言葉を遮って、パチンッと平手打ちの音が鳴り響く。
「最低です!」
結局、彼女の怒りに触れてしまった俺は頰が赤くなったまま彼女を背負って部屋から出たのだった。
◇
地下室から出た俺達は森の中を疾走していた。
奴らのアジトは森の奥深くにあったので、セントリアまではかなりの距離がある。
地下室にいた時は時間は分からなかったが、外に出てみると、もう日が暮れる時間帯だった。
夜になると一部の魔物や獣の活動が活発になり、無闇に動くのは危険である。
俺一人なら構わないが、アリスもいるとなると最悪、野宿だ。
ちなみに地下室の時とは違い、腕で抱えているのではなく、背負っている。
抱えようとしたら拒否されたので、代わりに背負うことにした。
胸元を見られるのが恥ずかしいから、俺の視界外がいいらしい。
別に見るつもりは全くないが。
それに地下室で見てしまったのは完全に不可抗力だ。俺は悪くない。
というか、抱えた方が良かったんじゃないか?
お互いにとって……………。
(すごい当たるな………)
かなりの速度で移動しているので振り落とされないようにしっかりと密着しているようだ。
だが、そのせいで彼女の大きな胸が俺の背中で押し潰されている形になっている。
とても、柔らかい感触が伝わってきて、こちらとしても移動に集中できない。
俺とて、十代男子。性欲は存在する。
彼女に気づかれないように一人で悶々としながら足を動かし続けた。
そんな時、ずっと無言だったアリスが突然声を掛けてきた。
「あの………」
「はい?」
「遅くはなってしまいましたが、………その……」
「ん?」
「助けていただきありがとうございました」
「ああ。別に気にしなくてもいいよ」
後ろに背負っているので、彼女の表情は分かりはしないが、か細い声で言ってくる。
常に凛としていて、ハキハキとしている彼女に似つかわしくない声音だ。
「その……それで………」
「ん?」
「何故、私を助けてくれたのですか?」
「…………」
「私自身、貴方に良く思われていると思っていません。私のわがままで貴方に決闘を申し込み、迷惑をかけてしまっているのですから…………」
俺は彼女の質問にすぐに答えることはできなかった。
確かに俺は彼女、アリスの事を良く思ってはいない。
ずっと目の敵にされて、挙げ句の果てには決闘を申し込まれ迷惑している。
災厄時代にも人助けをしたことはあった。
だが、それは自分から積極的にではなく、偶々そういう場面に出くわした場合があったからだ。
だから、その質問は俺にもよく分からない。
よくよく考えてみると、何故、俺はアリスが拉致された事に気づいた瞬間、迷いなく助けに行ったのか。
クラスメイトだから?
それもあるだろうが、少し違うような気がする。
少しの間、考えた後――――――――
(俺と似ているから…………?)
彼女の貪欲に強さを求める姿勢は昔の俺とよく似ている。
組織に拾われ、必死に強さを求めていた頃に。
俺と彼女では、強さを求める理由こそ違うが、本質は同じだ。
強くなりたい
それが俺と彼女の根底にあるのだろう。
絶対不変の理念として。
今は薄れてきてしまっているが、彼女を観ていると昔の自分を見ているような気がしてくる。
そう考えると、そのような気がする。
あと、もう一つの可能性としては―――――――
(俺が変わってきている……………?)
短い期間だが学園に通い始め、今までとは違う環境で過ごして俺自身が変わってきているのだろうか。
ケイヒルという友人ができ、毎日新鮮な日々を送っている。
これが良い傾向か、悪い傾向か、俺にはよく分からない。
だけど、これだけは言える。
(悪い気はしない………かな?)
その考えに行き着いたところで、彼女に意識を向ける。
「クラスメイトだからかな」
「そうですか…………」
話が長くなるので、納得するような適当な返答をしておく。
彼女の声音が少し弱くなった気がする。
まるで少し落ち込んだような…………。
「そういえば、決闘はどうするんだ?」
次はこちらから話を振ってみる。
思わぬ形で中止になった決闘だが、それはどうするのか話しておく必要がある。
「決闘は…………」
「………」
「もう、大丈夫です。」
「大丈夫?それって…………」
「ええ、決闘は行わないという事です。」
俺は少し驚いてしまう。
あそこまで俺との再戦を望んでいた彼女が一体どんな風の吹き回しだろうか。
俺は後日とか延期になると思っていたが…………。
「いいのか?」
「ええ。貴方の言っていた事が分かりました。確かに私では貴方に絶対に勝てないようです。私も現実を見ないといけないようですね。同世代に自分より強い人がいる現実を。」
「そうか………」
彼女がそう望むなら、その通りにしよう。
俺もその方がいいしな。
「ですが、私は諦めません。必ず、貴方に勝てるくらいに強くなってみせます。」
「ああ」
「強くなるためには、強い方と一緒にいるのが一番です。」
だから―――――
「これからもよろしくお願いしますね?ルクス」
「えっ!?」
俺の驚きを他所にどこか吹っ切れたようなハキハキとした声音が後ろから聞こえてきたのだった。
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次話は今回の話のアリス視点にしようと思っています。短くなるかもしれませんが、読んでくださると幸いです。