第18話 「救出Ⅰ」
「な、なぜ貴方がここに………?」
俺に抱きかかえられているアリスは顔を上に向け戸惑いの表情を向けてくる。
彼女の疑問は最もだろう。
彼女からすれば、俺は拉致されたことすら知らない。連れてこられた場所も知らない。
それなのに、現在この場所にいる事実。
彼女からすれば、不思議に思うことばかりだ。
ただ、その疑問に対してしっかりと答えている暇はなさそうだ。
目の前には敵と思われる男二人。すぐに戦闘に入ることになるだろう。
だから、俺は一言だけ彼女に向かって言う。
「助けにきた」
すると、彼女は目を見開いて俺を見上げる。
そして、次第に目に涙を浮かべ始め、俺の胸元に顔をうずくめる。
小さくはあるが、嗚咽が聞こえてくる。
彼女の格好は制服がビリビリに破られており、下着が露出している。
人の手によって破られたのは明らかだ。
助けに入った時の状況を考えて、目の前の男達がやったのは明白。
とても恐ろしい出来事だったのだろう。
いつもの凛としている彼女の面影は微塵もない。
今はごくありふれた一人の女の子。
俺はそんな印象を彼女に抱いた。
(さて………)
アリスから男達へと意識を向ける。
(ん?)
すると、彼らの格好に違和感を感じる。
二人とも格好が違いすぎる。
手前にいる男は上にいた男達と同じように荒くれ者のような装い。
奥にいるもう一人の男は魔法師に多く見られるようなローブを着用している。
試しにその男に意識を集中させてみる。
すると―――――
(これは………)
男の内から魔力を感じる。
魔法を使えるかどうかは別として魔法の才はあるということだ。
男の格好と相まって、念のため自分の中の警戒レベルを上げておく。
といってもこの部屋には魔力消失機器が設置されているようだから、警戒しすぎかもしれないが。
「おい、お前何者だ?」
その時、手前にいる男が声をかけてきた。
「……………」
「だんまりか?」
何故、いちいち自分の事を敵に教えなくてはいけないのだろうか。
というか、俺の格好を見れば分かるだろうに。
「お前、王立魔法学園の生徒か?」
奥にいた男が話に参加してくる。
「よく見れば、確かにそうだな」
と手前の男が納得したように俺を見る。
制服のまま来たくはなかったが、一刻の猶予もなかったので着替えることができなかった。
正直、見られたくはなかったが、この際仕方ない。
「上の奴らはどうした?」
「さあ?全員寝てるんじゃないのか?」
「っ!?」
俺の言葉に驚いた表情をする手前の男。
俺の言葉の意味を理解したからだろう。
「………何故、この部屋が分かった?」
「お前に教える必要はない」
災厄時代に潜入調査の任務を数多く遂行してきた俺からすれば、地下室へ繋がる扉を見つけることは容易だった。
よくあるケースとして、試しに本棚にある本を押してみたら本棚が横に動き、そこに扉が出現した。
あまりにも簡単に発見できたためかなり拍子抜けだった。
まあ、おかげでこうして間に合ったわけだけど。
「セルドどうする?」
「返すつもりがないなら、力ずくで取り返すしかないだろ。それに知られてしまったからには生かして返すことはできねぇな」
「だな」
とニヤリと笑って同意する男。
「一応聞いといてやるが、その女を返すつもりはあるか?今返せば、苦痛なく殺してやるよ」
その時、俺の腕の中にいたアリスが少し震えた。
もう泣き止んではいるが、恐怖がなくなったわけではないのだろう。
俺は男に向かって言い返す。
それは火に油をぶっかけるのと同じような行為。
「それはこっちのセリフだ。今引けば痛い目に合わずに済むぞ?」
「っ!?」
そう言い返すと、手前にいる男は顔を真っ赤にして、怒りを露わにする。
「学生が調子に乗るなよ…………」
(この程度の挑発を間に受けるなんて三流、いやそれ以下か……)
こんな挑発に簡単に乗るとは…………。
怒りというのは戦闘において最もいらない感情の一つだ。
判断能力が低下するし、冷静さを失う。
それに比べて奥にいる男は油断なく俺を見ている。やはり、注意すべきは奥にいるセルドと呼ばれていた男だけ。
「おめぇは知らねぇと思うが、ここでは魔法は使えないんだぜぇ?ここではおめぇは魔法師じゃねぇ。ただの餓鬼だ。抵抗すらさせず、殺してやる!」
そう言って、腰に下げていた刃物を手に持ち、俺に向かって徐々に近づいてくる。
(本当に三流以下だ………)
こいつは分かっていない。
魔法師とは魔法だけで闘うのではない。
あくまで魔法を利用して闘うのだ。
無論、ここで魔法が使えないことは部屋に入る前から分かっていた。
だが、負ける気は全くしない。
(魔法しか使えないのなら災厄は名乗れない)
男がある程度まで俺に近づいたところで抱きかかえられていたアリスが俺の腕の中で暴れだす。
「あ、足手まといになるのは嫌です!離してください」
そう言い、手足をバタバタさせる。
(そう言われてもな………)
目を真っ赤にした彼女を見るに闘えそうな精神状態とは思えない。
アリスを離して闘う方が確かに楽だが、念のためだ。もしかしたら、罠もあるかもしれないし、後ろに控えているセルドが何か仕掛けてくるかもしれない。
そう考えると、離すことは躊躇われる。
この場所で一番安全なのは俺の腕の中なのだから。
「いいから俺に任せろ」
「っ!?」
そう言って、彼女を抱く力を少し強める。
すると、段々と暴れるのをやめていき、最終的に気恥ずかしそうに俯き、俺の言葉に従う。
「………………気をつけてくださいね?」
「ああ」
その言葉を最後に接近してきている男に意識を向ける。
男が持っている武器は剣というよりナイフに近い。間合いはかなり短い。
何故、こんなのを武器に選んだのか疑問だ。
「死ねぇ!」
俺にナイフを一直線に突いてくる。
彼女が当たらないように攻撃してくるあたり、殺すつもりはないようだ。
ナイフの軌道を見切り、上半身だけ横にずらしてギリギリでかわす。
少し目を見開いた男だが、続けてナイフを横薙ぎにするように振るう。
俺は半歩後ろに下がり、俺の目の前にナイフが来たところで親指と人差し指でナイフを掴む。
片手でアリスを支え、片手で男に対応する。
「っ!?」
驚いた表情をした男だが、すぐに切り替えて俺からナイフを引き離そうとする。
しかし――――――
「て、てめぇ!離しやがれ!!」
俺の指からは離れない。
男の腕力より、俺の指の力の方が強いのだから当たり前だ。
顔を真っ赤にして引き離そうとするが、ピクリともしない。
俺は親指と人差し指に更に力を込めて、ナイフの切っ先をバキリと割る。
男が反応する間もなく、その割れたナイフの切っ先を男の目に向ける。
刃と目の間の距離はわずか5センチ程度。
少し動かせば目に刺さる距離で切っ先を止める。
「っ!!」
驚いた男はおぼつかない足取りで数歩後ろに下がる。
そこを俺は見逃さない。
即座に男に接近して、懐に入り込む。
戦闘において懐に入り込まれるのは敗北と同義。
わざと入り込ませて罠にかけようとする奴も中にはいるが、こいつはそんなこと考えないだろう。
男のみぞに膝蹴りを打ち込む。
みぞというのは身体の急所だ。
並みの相手なら簡単に戦闘不能に追いやれる。
男は地面に這いつくばって息苦しそうにしている。
そんな男を蹴り飛ばして、奥で闘いを眺めていたセルドの所まで男を飛ばす。
出てこいという意味をこめて。
セルドは男を一瞥し、はぁとため息をする。
「油断するからだ。馬鹿が。」
そう言い、地面に伏している男に見向きもせず、前に出る。
「まさか、そこまで強いとはな。驚いた」
「それはどうも」
全然驚いている様子がないのによく言うよ。
仲間をあっさりと倒した俺に対してこの態度。
それに上の連中も同様、全員気絶している。
つまり、一対一。
敵はこの男しかもういないのだ。
この男からすれば、味方はもういない。
それなのに余裕綽々としている。
(何か隠している?)
奥の手でもあるのだろうか。
そんな事を考えていた時、アリスが俺に話しかけてくる。
「この男は元宮廷魔法騎士です。気をつけてください」
(宮廷魔法騎士…………)
確か、授業でやったような………。
この国を守る魔法師の精鋭部隊のようなものだったかな?確か、ほんの一握りの魔法師しか入ることができないとか。
(じゃあ、この男…………)
かなりできるのか?
この余裕釈然とした態度もそこから来るのか?
でも、ここには魔力消失機器が設置されている。
魔法は発動できないはず。
いや、俺から言わせれば発動できないわけでもないが…………。
「悪りぃが俺の計画のため、ここで死んでもらう」
男はそう言って、一呼吸おき、腕を前に突き出す。
「召喚!」
すると魔方陣が現れ、そこからドラゴンが現れる。
(これは………召喚魔法)
召喚魔法。
それは自分と契約した魔物を異界から呼び出し、使役する魔法。
魔力は現世ではなく、異界にいくので魔力消失機器の効果も受けない。
(へぇ…………)
俺が考えていた方法とは違ったが、これは盲点だった。
この方法を思いつくというのはそれなりの魔法の知識を持っているということ。
(さすがは元宮廷魔法騎士といったところか)
だが、関心している場合ではない。
すぐに相手の戦力を分析する。
男が召喚したのはドラゴン、いや厳密には亜竜だな。
最上位の魔物として知られるドラゴンの眷属とされる亜竜。
つまりはドラゴンの手下のような魔物だ。
これでこの男の態度が分かった。
亜竜を召喚した男はニヤニヤと俺の方を見ている。
勝利を確信しているような顔だ。
まあ、男の態度も分からなくはない。
何故なら、学生の身で亜竜に勝つなんて不可能だからだ。
竜種とは基本、高ランクの冒険者パーティーか国の軍隊が討伐に当たる魔物だ。
それほどまでに圧倒的な強さを誇っている。
全生態系ピラミッドで頂点に君臨しているような生物だ。
正直、亜竜を召喚したのは驚いたが――――――
(楽勝だ)
忘れてはいけない。
全生態系ピラミッドの頂点に君臨している竜種だが、更にそのはるか上に位置している八人の者達のことを。
「グギャアァァァァァ!!!」
耳の鼓膜をダイレクトに刺激するような鳴き声。
鳴き声だけで空気が揺れ、この部屋一体が軋んでいる。
「はっはっは!!首を突っ込まなければよかったものを。ここで死ねぇ!!」
男は高笑いしながら、亜竜に指示を出す。
契約した魔物は主人に一切逆らうことはできない。
指示された亜竜は男の意のままに俺に敵意丸出しで咆哮を上げる。
「グギャアァァァァァ!!!」
「ル、ルクス……」
怯えたような声音で呼びかけてくるアリス。
俺の服をギュッと掴み、一層密着してくる。
そんなアリスに向かって一言――――――
「大丈夫だ」
と言う。
安心できるように優しく、それでいてはっきりと。
アリスは俺の声にコクンと頷き、俺と共に亜竜を見据える。
俺は右手を亜竜に向ける。
そして、自分の内にある魔力を練り上げる。
「何をしようとしているかは分からないが、ここでは召喚魔法以外の魔法は使えないんだよ!!」
セルド、お前は分かっていない。
魔力消失機器には俺が知る限り、もう一つの欠点がある。
それは――――――――
「な、何故だ!?」
俺の身体を覆うように青色の魔力がほとばしる。
それは次第に強くなっていき、圧倒的な存在感としてこの空間を支配する。
すぐに部屋中が俺の魔力で満ち溢れる。
「何故、魔力を出せるんだ!?」
魔力消失機器はその名の通り、魔力を打ち消す。
魔法とは内で魔力を練り上げ、初めて発動できる。
つまり、魔力消失機器がある限り魔力を練り上げることすらできない、それすなわち魔法を発動することができないことに繋がる。
だが、男の目の前には溢れんばかりの魔力が解き放たれている。その様子に思わず後ずさってしまう男。
「ル……クス?」
アリスも驚愕した面持ちで見上げてくる。
俺がしたことは単純。
魔力消失機器でも消失させることができない量の魔力を練り上げただけ。
魔力消失機器は万能ではない。全ての魔力を打ち消せるわけではない。
打ち消せる量の魔力は決められている。
だから俺は超えた。
消失されないレベルまで魔力を練り上げて、俺の内だけに留まらず、外に溢れてだしてしまうほどに。
「こ、殺せぇぇぇ!殺すんだ、亜竜!!」
「グギャアァァァァァァァァァァ!!」
俺に向かって突進してくる亜竜。
俺はその亜竜を一瞥して、発動する。
「永久凍結世界」
その瞬間、一瞬にして氷の世界へと生まれ変わる。
俺とアリスの目の前には亜竜の物体が出来上がる。
無論、男二人どちらも凍っている。
パチンッ!
俺が指で音を鳴らすと、三つの氷の物体はすべて砕ける。
氷の世界に残ったのは、俺とアリスだけ。
今更だが――――――
(やりすぎてしまった…………)
後悔先に立たず。
これでアリスの救出は終わったのだった。
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