第15話 「拉致」
「本日の授業はここまで」
授業終了のチャイムが鳴り、担当教師が教室から出て行く。
この授業が今日最後の授業だ。
ここからは放課後。
帰宅するもよし。
談笑するもよし。
居残り勉強するもよし。
そんな自由な時間になったからか、教室にいる生徒はいきいきとしている。
そんな中、俺は机に突っ伏していた。
突っ伏した状態で顔を横に向け、とある生徒の席を見る。
そこには誰もいなく、既に帰宅したことを示していた。
「机に突っ伏してどうしたんだよ?」
そこでケイヒルに突然話しかけられる。
「いや、別になんでもないよ」
「そうか?なら、これから何処かに遊びに行かね?」
「悪い、今日は少し用事があるんだ」
俺はそう言って帰り支度を始める。
「今日って、お前いつも用事あるだろ」
そう、俺はケイヒルに誘われる度に用事があるって言って断っているのだ。
別にケイヒルと関わりたくないわけじゃない。
ただこいつの誘うタイミングが悪いだけだ。
ケイヒルは顔を真っ青にして俺に問いかけてくる。
「お前………まさか……!」
「いや、別にケイヒルのことが嫌いってわけじゃ………」
「彼女がいるのか!?」
俺の言葉を最後まで言わせず、遮って大きな声で言ってくる。
その問いに俺は首を傾げる。何故そうなるのかと。
「毎日放課後になったら、友人の誘いを断ってすぐ帰る。この事から導きだされる答えは彼女とデートじゃないのか?」
「なんでだよ………」
「どうなんだよ、ルクス!?」
ケイヒルは今にも血の涙が出そうなくらい勢いよく迫ってきた。
さすがの俺も少し怯む。
「まあ、今日に関して言えば、ある意味デートかもな」
「くそぉぉぉぉ!やっぱりか!!」
「じゃあ、また」
俺は床に崩れ落ちているケイヒルをほっといて教室から出る。
(面倒くさいけど仕方ない。約束だしな。熱い熱い決闘に行くとするか)
◇
私は一足先に草原に着きました。
まだ、彼は来ていません。
初日から遅刻するような人です。
私が教室を出た時には、まだ帰り支度もしてなかったようですし、気長に待つことにします。
決闘のために持ってきた片手剣を両手で地面に突き刺さし、そのまま目を瞑り黙想します。
彼が来るまで集中力を上げ、決闘に備えるためです。
心地いい風が吹き、私の髪を揺らします。
それから数分経った時でした。
(ん?)
周りから何かが近づいてくる足音が聞こえます。
最初は彼が来たかと思いましたが、近づいてくる気配は複数。
それも敵意が感じられます。
(魔物?)
そう思い、ゆっくりと目を開きました。
「っ!?」
周りにいたのは魔物ではなく、下卑た笑みを浮かべた武装した四人の男達でした。
一人の男が私に話しかけてきます。
「アリス・センテカルドだな?」
「………そうですが、何か?」
男達は私から適切な距離をとって、四方を囲むように位置どりしています。
私を逃がさないつもりみたいです。
相手の様子を見るに談笑しに来たってわけでもないでしょう。
私は念のため、いつでも戦闘に入れるように地面に差していた片手剣を持ち上げて、自分の目の前に構えます。
「ほぉ………噂以上の美貌だな。これは捕まえた後は楽しめそうだ」
男が舌を舐めずりながら言ってきます。
私の内が嫌悪感で満たされていくのを感じます。
「………貴方達はなんなのですか?」
「んーっとな、まあ一言で言うなら、悪者かなぁ!」
男はそう言い、げらげらと笑います。周りもつられたように笑い始めます。
「ふざけないでください。貴方達の目的は?」
多少なりとも予想はついていますが、一応聞いてみます。
「まあ、教えても大丈夫か。でも、お前も予想はついてるだろ?金だよ、金。公爵令嬢を人質に身代金を要求すれば、たんまりと金が手に入る」
(予想通りですね。)
ということは争いは避けられないようですね。
彼らを油断なく見ていると一つの疑問が生じます。何故、彼らは私の居場所が分かったのか。
偶々見つけたというわけではなさそうです。
相手の様子を見ても、これは計画的犯行。
前々から計画していたことが分かります。
私自身ここに来たのは初めてです。予測はできないはず。
「なんで自分の居場所が分かったのかって面だな。」
「……………」
「簡単な事だよ。お前の事をずっとつけてたんだよ」
「っ!?」
ずっと?ということは貴族街から私の後ろにいたということになります。
いや、そんな気配は全然しなかったですし、そもそも貴族街は厳重な警備が敷かれています。
「俺達の仲間に隠密行動のプロがいるんだよ。そいつにかかればつけることなんて簡単ってわけ。」
「……………」
「そいつにあんたの居場所を伝えられた時驚いたよ。なんでこんな草原なんかにいるんだよってさ。まあ、でも俺達的には幸運だけどな。こんな拉致しやすい場所にわざわざ来てくれたんだから」
男はそう言い、距離を詰めてきます。
それに合わせて他の男達も距離を詰めてきます。
既に腰に備えていた剣を取り出している男達は切っ先を私に向けてきます。
しかし、恐れる必要はありません。何故なら――――
「事情はすべて分かりました。しかし、失敗でしたね。」
私がそう言うと、男は怪訝そうな顔をします。
「何がだ?」
「身代金なら他の貴族令嬢でも良かったでしょうに。この私を選んでしまうとは」
「……………」
「他のか弱い令嬢と同じにされては甚だ不本意です!」
先手必勝。
距離を完全に詰められる前に魔法の詠唱を唱え始めます。
発動する魔法はヘルファイアボール。
この魔法でこの男達を消し炭に変えてあげましょう。彼、ルクスには全く効かなかった魔法ですが、彼らには魔法の素質があるように見えませんし、事実、彼らからは魔力を全く感じません。
数秒で詠唱完了。
男達は急な状況変化に固まっているようです。おかげで楽に詠唱をすることができました。
「ヘルフィア―――――!?」
魔法を発動しようとした瞬間、視界が急にぼやけて、足元がふらつきます。声が出せなくなり、魔法発動が失敗に終わります。
(な、何故!?)
身体の脱力感、手足も痺れ始め、思わず手足を地面についてしまいます。
なんとか立とうと試みますが、全身に力が入りません。
彼らが何かをしたのは明白。
ぼやけた視界で男達を睨みます。
「ぷっ、あっはっはっは!ざまあねえな!」
男達は地面に倒れ伏した私を見ながら笑います。
「いつ、俺らが四人だけって言ったよ?」
(っ!?)
私の視界外からある一人の男が出てきて、私の前に来ます。
(草に身を忍ばせていたのですか………)
気配を消し、草に身を忍ばせていたことに全く気付きませんでした。
四人の男に気を取られていたこともあるでしょう。
しかし、この男は一体何を?その私の疑問は男自身の口から解消させられました。
「嬢ちゃん。なんで急に倒れたのか分からねぇって顔だな。」
「………………」
「答えは、これだよ。」
男はそう言い、一本の針を見せてきます。
視界がぼやけているので、よく分かりませんが、かなり細いです。
「その針に状態変化魔法を付与したんだよ」
(っ!?魔法付与!)
物や道具に魔法を付与することを魔法付与と言います。
魔法の効果を物や道具に与えることができ、今回の場合で言うと、状態変化魔法、つまり相手の身体の状態を変化させる魔法を針に付与したのです。
しかし、説明するのは簡単ですが、魔法付与は困難と言われる魔法技能の一つです。
学生レベルの魔法技能では使うことはできず、それこそ宮廷魔法騎士団レベルでないと使えないはずです。
(まさか………)
私は嫌な予感を覚え、男の顔を見上げます。
すると―――――
「俺は元宮廷魔法騎士団だ。」
男は待っていたかのように自分の正体を告げます。
やはり、そうでしたか。
しかし、何故そのような人がこんなことを………。
ううっ………。
もう、意識を保つことすら困難になってきました。
だんだんと視界が真っ暗になっていきます。
私が最後に見たのは男達が私に近づいてくる光景でした。
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