第9話 「遅刻」
今日は王立魔法学園の入学式。
爽やかな朝。
空には雲一つない晴天。
小鳥のさえずりが心地よく響いている。
桜が咲き誇っており、道には桜が降り落ちる。
その様子は春の訪れを感じさせる。
新たな門出を迎える新入生にとって、これ以上ない素晴らしい日だ。
俺もまた、そんな日を迎え始めたところだった。
現在、俺は眠りから覚め、自室の窓を開けたところだ。
朝の澄み切った空気を吸い込み、爽やかな気分になる。
そのまま俺はそのまま窓から城上町を見渡す。
俺はその城上町の様子を見て、ある事に気づいた。
だが、俺はその現実から目を背けるために、もう一度ベットに戻り、眠りにつく。
(これは夢だ。そうに違いない)
だが、夢がなかなか覚めない。
俺は目を開け、試しに自分の頰をつねってみることにする。
すると―――――――
「………痛い」
頰に僅かな痛みを感じた。
夢では痛みを伴わない。痛みを感じるということはこれが現実ということ意味している。
その事を理解した俺は顔を青ざめてフッと笑った。
「詰んだ………」
◇
現在、俺は貴族街を疾走中だ。
貴族街の穏やかな雰囲気をぶち壊すような俺の必死な雰囲気はもはや公害の域に達している。
何故、現在疾走しているかというとそれは朝、窓を開けた時だった。
俺は記憶していた。
入学式は朝早くに始まると。
その時間は城上町で人が行き交うような時間帯ではないと。
俺はその瞬間、ある事に思い至った。
だが、この俺がそんな初歩的なミスをするわけがない。
これは夢だ。
そう決めつけた。
だが、頰をつねると俺はこれが現実だと分かり、認めざるおえなかった。
この俺が寝坊したと。
すぐに時間を確認すると、入学式開始から既に一時間経っていた。
その瞬間頭が覚醒し、即座に状況を理解した俺はすぐに準備して、そして現在、貴族街を疾走中というわけだ。
(おそらく、入学式はもう終わった。新入生がクラスに移動している頃だ。)
俺は初日のスケジュールを思い出し、そう考える。
遅刻だけで悪目立ちするのだ。
それに加えて、全員揃っているクラスに入るとか、どんな罰ゲームだ。
そんな事したら、全員の視線を浴びせられ、初日から目立ってしまう。
それだけはなんとしても避けたい。
ベストは新入生がクラスに移動している時に学園に着くことだ。
そこで自分のクラスと合流して、一緒にクラスに入れば目立たないはずだ。
(よし、もう少しだ。)
俺はそう決めて、急いで学園に向かったのだった。
◇
(ふぅー、落ち着け俺。)
急いで学園に向かった俺だったが、その努力は虚しく、新入生の移動時間に間に合わなかった。
俺が着いた時には既に入学式会場は生徒誰一人としておらず、校舎の廊下も閑散としており、各クラスから教師と思しき声が聞こえてくるだけだった。
そして、今、俺はSクラスの廊下に立っている。
目の前にはSクラスのドア。
ドアに耳を当て、耳を澄ましてみると、中からは各生徒順番に自己紹介をしているような声が聞こえる。
(は、入りづらい………)
普通教室というのは後ろと前、それぞれ二つ出入り口が設置されてあるものではないか?だが、この学園は前にしかドアが存在しない。
もし、後ろにもドアがあれば、災厄時代に身に付けた隠密能力を駆使し、誰にも気付かれずに席に座るものだが。
しかし、ドアは前にしか存在しない。
前から入ることは避けられない。生徒から目立つことは絶対だ。
だが、ここで渋っていても仕方がない。
自己紹介が全員終わってしまい、最後に一人だけ俺が自己紹介をする羽目になったら、それこそ目立つ。
全員の自己紹介が終わらないうちに入らなければ…………。
(よし、行くか……)
俺はドアに指をかける。
表情を極力消し、堂々と入ろう。なよなよと入るよりは断然いい。
そう決めて俺は気持ちを引き締め、ドアを勢いよく開けた。
「失礼します!」
うっ………。
その瞬間、生徒全員の目がこっちに向き、たくさんの視線を感じる。
ちょうど、自己紹介の最中であったため中断させてしまう形になる。
「やっときたか」
「………はい」
教卓の前に立っていた、このクラスの教師であろう人が声を掛けてくる。
眼鏡をかけており、スーツを着用し、しっかりとした印象を受ける人だ。
「初日から遅刻とはいい度胸だ」
「すみません」
説教はいいから早く自分の席に行かせて貰えないだろうか。
正直、全員の視線を一斉に浴びるというのは辛いものがある。
災厄時代には感じなかった類の辛さだ。
「まあ、いい。初日だから特別に許してやろう」
「ありがとうございます」
良かった、許して貰えるようだ。
これで話しは終わりだろうし、やっと解放される。
一秒も早くこの場から去りたい。
俺が教師に自分の席の場所を訪ねようとした時だった。
「今クラス全員の自己紹介をしていてな、ちょうどお前の番だったんだ。ちょうどいいから、この場で自己紹介してしまえ」
「ッ!?」
教師の言葉に俺は驚きを隠しきれない。
俺が入った時ちょうど自己紹介が俺の番になり、生徒全員の前に立って自己紹介する羽目になるなんて誰が考えるか。
ちなみに普通は自分の席に座った状態で自分の番が来たらその場で立ち自己紹介する流れだ。
せめて、自分の席で自己紹介させてくれ。
こんな全員の前で自己紹介するなんて嫌だ。
そう心から思っていたが――――――
「早くしろ、後が控えている」
「……………はい」
教師の言葉により、有無を言わせずやる羽目になった。
教室は前方と後方の高さが違い、後ろになるにつれ、高くなっていく構造だ。
だから、生徒同士が被らないため、はっきりと後ろの生徒まで見える。
俺は教師と向き合っていた体制を変え、今日から同じクラスになる同級生に体を向ける。
「ルクスと言います。よろしくお願いします。」
と俺は簡潔に自己紹介をする。
自己紹介の最中に視線の数だけじゃなく、圧力の強い視線を感じた。
いくらなんでも、俺の事見過ぎじゃないだろうか。
「ん?お前それだけか?」
「ええ、そうですが?」
「いや、お前他に言うことないのか?」
「ありません」
俺のあまりに短い自己紹介に何か思ったところがあったのか教師が話しかけてきた。
そう言われても別に自分語りなんてしたくないしな。
「そうか。いや、別にいいんだがな。ただ、自分の事を次席でしたとは言わないんだなと思ってな」
「ッ!?」
教師が俺に向かってそう言った瞬間、クラス全体がざわざわし始めた。
というか、この教師は何言ってるんだ!?
試験結果の時にあった貴族に絡まれた出来事もあって、その事については絶対に言わないつもりだったのに。
平民である俺が次席。
それを知ればよく思わない貴族もいるだろう。
見たところこのクラスにも貴族が何人かいるようだし、俺が言わなければ彼らは卒業まで知ることもなかったのに。
クラス全体の騒めきが収まり、俺に視線が集中する。優秀な者が集まるこの学園。
その中でさらに優秀な者が集まるこのクラス。
その中でも次席の生徒。新入生で二番目に優秀。
注目を集めないわけがなかった。
さらに強まった視線の圧力を感じて辟易とした気分になる。
(勘弁してくれ…………)
俺は心底そう思った。
その時、たくさんの視線が集中するなか、俺はひときわ鋭く、敵意がこもった視線に気付かなかった。
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