19話:生殺与奪
会話パートです、二人ならまだよいのですが、何人も場に居るときは会話を考えるのが大変なのですね、日々精進あるのみです
砂トカゲに荷車をくくりつけた砂トカゲ車は夜の砂漠を走る。
その中で倒れているカシムをゴミのように睨み付けながらシロが言った。
「ご主人、こいつに聞きたいことってのはなんのことニャ?」
「ああ、なんか盗賊達の言っていた大義って言葉が気になってさ、誰かに頼まれていた風だったし、黒幕を聞き出しといた方がいいかなぁと」
「そうゆうことかニャ、おい! 聞いていただろ、誰に頼まれた? さっさと吐くニャ!」
シロが仕切り始めたのでマサヤは黙って任せることにした。
ようやくダメージが抜けてきたのか半身を起こしてカシムが言った。
「大義は大義だ、それ以上は言えん、これ以上生き恥を晒すつもりはない、さっさと殺せ」
「ご主人の情けを仇で返すとは、このトサカみたいな頭むしりとってツルツルにしてやるニャ!」
シロがカシムの髪の毛を掴んで凄んでいるがあまり迫力はない……。
「あなたはわかっているんですか? あなたの命令で大勢の人が死んだ、列車の乗客はもちろん、あなたに着いてきた部下だって…」
「あいつらは死んで本望だろうよ、神に血を捧げたんだ」
「神に血を捧げるだって? まさか、お前は博愛の泉の信者なのか?」
横で聞いていたオーランが言った。
「博愛の泉?」
「ええ、ここ最近有名になった新興宗教なんですけどね、なんでもそこの教祖がどんな病気や怪我も治してしまうとかで、今爆発的に信者が増えているんですよ」
「どんな病気や怪我も、それがほんとなら凄いことじゃないですか」
「そうなんですがね、結構黒い噂もあって、法外なお布施を要求されるとか、払えないと収容所送りにされるとか、それだけならまだいいんですが、他の信仰を認めてない宗教みたいで、教団の過激派の信者が別の戒律の信者を皆殺しにしたなんて話も聞きますから、その過激派の残した台詞が、神に血を捧げた、なんですよ」
オーランはカシムを見下ろしながらため息を吐くとそう言った。
「どういう教えなんだか知りませんが、やってることはほとんどテロリストですよ、こいつもその工作員でここの盗賊団自体が博愛の泉の企業舎弟みたいな組織だった可能性はありますね」
「どこの世界にもそんなやつらってのは居るもんなんですね……」
「マサヤさんの暮らしていたところでも? そういえばマサヤさんってどこの生まれなんですか?」
「ああ、ニッポ……。いや、あのかなり東の方の名前もないような村で…」
危なく日本のことを言いかけたがうまく誤魔化しておいた。
「よし、じゃあ聞くものも聞いたところでこのチンピラは殺していいのニャ?」
見ると既にシロが剣を構えて振り下ろす直前である。
「ダメだよシロ…このまま駅に戻るんならそいつは憲兵に引き渡そう」
「そんな回りくどいことをしなくても首だけ持っていけば賞金はもらえるのニャ」
「いや、なんていうかさ、もう殺し合いは済んだんだ、だから今無抵抗なその人を殺したら、僕らも無抵抗な乗客を一方的に殺したそいつらと同じになっちゃうような気がしてさ、たとえ引き渡した先で死罪になるとしても、きちんと罪を償う場は与えてあげたい、それが僕が育ったところでの考え方なんだ」
「ご主人がそう言うならわかったニャ…」
シロが呆れたように剣を放り投げる、無造作に投げた剣は床に突き刺さったが、刃物を投げるのは辞めてもらいたいものだ、後で叱ってやらねばとマサヤは思った……。
「オーランさんとアナスタシアさんもそれでいいですか? 酷いことをされて恨みを感じているかも知れませんが…」
「いえ、わたしたちもそれでいいです、今のわたしはただの料理人ですからね、切った切られたはもうまな板の上だけで充分です、それにやつを捕らえたのはマサヤさんの手柄なので、生殺与奪の権利はマサヤさんにあると思います」
「ありがとうございます、あ、そうそうこれだけは取り上げておかないと」
するとマサヤはカシムの腕から緑色の宝石の埋め込まれた腕輪を取り外した。
「骨も何本が折れてるだろうし、これでもう暴れたりはできないだろう、これがトリガーなんだよな、つけると正気でいられなくなるみたいだけど、触れると危ないとかないかな?」
「ちょっと見せるニャ、ふむふむ、なるほど、確かにこれには呪いの術式が組み込まれているようだニャ」
そう言うとシロはそのトリガーを大口を開けて飲み込んでしまった。
前にも旅の荷物を飲み込んだことがあったがなんでも食べるやつである……
「ちょっとシロ、そんなの食べちゃダメだよ! お腹壊しても知らないよ」
「これはワガハイの体の中で浄化しとくニャ、終わったらご主人が使うとよいニャ」
「そんなこともできるのか…シロって一体……」
「おい! 小僧! 今俺を殺しておかなかったことをお前は後悔するぜ、必ずな」
悪態をつくカシムにシロが再び剣を拾い上げそうになるのを止めるのに苦労したが、砂トカゲ車が駅に着いたときにはすっかり夜が明けていた。
人質のみんなを降ろし午前中には憲兵を連れた列車が来ることを告げた。
列車を待つ間マサヤとオーランは駅舎で話をする
「はぁ、ようやく落ち着けましたね、長い夜だった気がする、でもみんな無事で帰ってこれてよかった」
「ええ、これもみんなマサヤさんのおかげです」
「そういえばなんでさん付けなんですか? 僕の方がずっと年下なのに」
「わたしも元は冒険者のはしくれです、格上の、それも四つ星の冒険者様を呼び捨てになんてできませんよ」
「やめてくださいよ、一緒に命を賭けた仲じゃないですか、これからはマサヤでいいです」
「わかりました、ではわたしのこともオーランと」
「えっ、それはそれで呼びにくいですね…僕の生まれたところでは年上を呼び捨てにする文化はなかったので」
「ああ、そういえば東の方の生まれとか、マサヤはなんで一人旅を?」
「父さんと姉さんが行方知れずで、それをさがす旅をしているんですよ」
「そうだったんですか…。あ、なんか踏み込んだことを聞いてしまってすいません」
「いえ、いいんです、オーランはハネムーンの途中だったんですよね? とんだ旅行になってしまいましたね」
「こうして二人無事ならいいんですよ、それに久々に昔を思い出して熱くなれた、この旅行が終わったらグワダルの街で店を出すんです、夫婦二人の夢だったんですが、でも心のどこかでは負け犬のまま料理人として生きていかなきゃならないのかなという気持ちもあったんです、こうしてマサヤと最後の冒険を勝利で終わることができて、わたしの冒険者としての思いはスッパリと断ち切ることができた、マサヤのおかげでわたしの心は救われた気がする」
「そんな、そこまで言っていただけるなんて、光栄です」
マサヤも胸が熱くなるものを感じていた。
共に死線をくぐり抜けた二人の間にはいつしか友情が芽生えていた。
「あら、二人でなんの話をしていたの? もうすぐ列車が到着するわよ」
自身もショックを受けているだろうに外で献身的に他の人質達のケアをしていたアナスタシアが声をかけてきた。
「いや、男同士の話さ、なっ? マサヤ」
「ええ、そうゆうことみたいです」
「なになに? 気持ち悪い人ねぇ…」
呆れた様子でアナスタシアが言うとちょうど列車が到着した。
「いけない、憲兵さん達に色々説明しないと、砦を焼き払っちゃったの怒られないといいけど…………。じゃあオーランまた後で!」
そう言ってマサヤは駆け出して行った。
「ねえオーラン、あの子マサヤくんだっけ、凄くいい子よね」
「ああ、まだ若いのに凄いやつだよ、力に溺れない心の強さ、それに優しさがある」
「たしかにあたしももうダメかもって思ったときあの子が屋敷に飛び込んできて、少しだけときめいちゃった……」
「おいおい、それは勘弁してくれよ…」
「だって誰かさんが助けに来るの遅いんだもの」
「それは他の人質が目に入って、火の手が上がってたからそっちも見捨てるわけにもいかなくて……」
「わかってるわ、さっき囚われてた子達に聞いたもの、凄く感謝してたわよ、あの人にとってはあなたが英雄に見えたでしょうね、きっとあたしはそんなあなただから選んだのよ、もしあの人達を見捨てて来てたらあたしはあなたをぶん殴ってたと思うわ」
ニコニコした顔でアナスタシアは言う。
「よかったよ、殴られなくて……それにそっちにはマサヤが行ってるだろうから彼が居れば大丈夫だと思ってさ」
「ずいぶんあの子のこと買ってるのね?」
「ああ、もちろんさ、マサヤはな……マサヤはきっと、将来この世界を救うような気がするんだ」