13話:砂漠のジャッカル団
客室を出ると車内には血の臭いが充満していた。
薄暗い車内を移動し、とりあえず隣の客室を覗いてみる。
ちょうど今まさに大柄な男が老夫婦に襲いかかるところであった。
マサヤは素早く後ろからトリガーで首を掻き切る。
男は何が起きたのかもわからないといった様子で倒れて動かなくなった。
「す、すいません、命だけは助けてください、荷物は全部差し上げますから…。」
おじいさんは返り血に染まったマサヤを盗賊の一味同士で仲間割れでもしたのかと勘違いしているのだろう。
ガタガタと震え、後ろに隠したおばあさんを守るように声を絞り出した。
「いえ、違うんです、僕はただの乗客です、おじいさん達はここでじっとしていてください、できるだけなんとかしてみます」
外に出て更に隣の部屋、ここはもう手遅れのようだ・・・。
盗賊は何人入り込んでるんだ?思いのほか数が居るのかも知れない。
手遅れにならないようにここは二手に分かれるべきだろう。
マサヤはトリガーで手のひらを刻みゴブリンを三体呼び出した。
「お前達は後方の車両に向かい盗賊を殲滅しろ!」
命令を下してふと考える。
果たしてゴブリンに盗賊と一般人の見分けが可能だろうか?
命令したはいいもののこいつらはお世辞にも頭がいいとは思えない、武器を持った人間を皆殺しにしてしまったでは目も当てられない。
「シロ!着いてきてるか?」
「はいニャ!ここに居ますニャ!」
「お前もゴブリン達と一緒に行け、乗客と盗賊の見分けはお前がやるんだ」
「了解だニャ!シロの安眠を妨げた下朗共を皆殺しにしてくるニャ!」
たぶんシロに任せれば安心だろう。
そしてマサヤは先頭方向に向かい次の車両の連結部に差し掛かると先ほどホームでマサヤを起こしてくれた若者が盗賊に応戦しているところだった。
ドアを開け車両に飛び込んだマサヤは若者の前に立つ
「大丈夫ですか?怪我は?」
「わたしはなんとか、でも妻が、妻が連れていかれてしまって…」
「わかりました、とりあえずあいつをなんとかしましょう」
「なんだぁ?弱そうな兄ちゃんがそんな小さなナイフ振り回してどうしよってんだよ」
ガハハハと、ここの盗賊団はみんなこれを着る決まりなんだろうか、揃いも揃って素肌に革ジャンの下品な男がこちらを見てバカ笑いしている。
更に余裕なのかベロベロと剣を舐め回している。
マサヤは一瞬で距離を詰めて剣を持っている腕に蹴りを入れた。
嫌な感触がして男の舌がボトリと地面に落ちる。
「おじさん、剣を舐め回すのは危ないから辞めた方がいいと思いますよ?」
口元から血を噴き出してうずくまる男の後頭部にトリガーを突き刺す。
「あんたのその動き、そしてその武器は…。血の魔術師か、お願いします、妻を、妻を助けてください!まだその辺に居るはずなんだ」
「ええ、わかりました、奥さんはどちらの方に連れていかれたんですか?」
「先頭側の車両です、盗賊は二人組だったんです、一人は妻を拐って行ってしまって、もう一人に応戦してるところであなたが…」
応援に来たのだろうか、車両の入口から更に盗賊の男が乗り込んでくる。
が、倒れている仲間の死体に目を向け、こちらが二人と見るや不利と判断したのか車両を降りて行く。
「きっと仲間を呼びに行ったのかも、追い掛けましょう」
続いて車両を飛び降りる。
盗賊が駆け出していく方向を見つめると列車の先頭の辺りに荷車のような物が止まっていてその周りには数人の盗賊達。
どうやら拐った女性達を積み込んでいるようだ。
「あっちです、行きましょう!」
駆け出すが砂に足を取られて思うように進めない。
荷車のそばに居た盗賊達はマサヤ達を見付けると慌てもせず
「団長、なんか生きのいいやつらがこっちに向かってきますぜ、殺しても構わねぇんで?」
「ああ、お前に任せる、それよりやけに手間取ってやがるな、まだ半分も制圧できてないんじゃないのか?あの新入り共、ろくに仕事もできねぇのか…。」
車両から逃げ出した男は荷車のところにたどり着くと手短に仲間が殺られたことを告げた。
それを聞きマサヤの前に一人の男が立ちはだかった、ここに居るということは幹部なのだろう、先程までの雑魚とは違う独特の雰囲気がある。
「威勢のいい兄ちゃんだな、だが我々砂漠のジャッカル団に逆らって生きていたやつは居ない、大義の元に砂漠の砂にしてやろう」
手下が殺られたことを聞き付けたのだろう、男は油断なく武器を構えこちらを睨み付ける。
マサヤは考えた、これまでの奴等はみんなこちらが子供だと油断してる隙をついて仕留めて来たが今回はそうはいかない。
あのように構えられると隙がないどころか、砂の足場ではスピードを生かせない、瞬時に懐に切り込み一撃で決めるという戦法が使えない。
後ろで見物している盗賊の団長達に能力を見られることになるが仕方ない。
マサヤは先程の手のひらの傷に意識を集中させ意図的に血を流す。
血流操作、出血量を自在にコントロールできる身体強化の技の応用である。
地面に落ちた血からは顔に翼の生えたイビルアイが三体生み出された。
「あいつらを食い殺すんだ、行け!」
「ほう、血の魔術師か、楽な仕事かと思ったら厄介なのが紛れ込んでやがった、通りで手下が戻ってこないわけだ」
男は一瞬驚くがすぐに落ち着き、山刀を振り回しイビルアイ達を叩き落としていく。
そしてマサヤも盗賊が上空に目を向けた隙を見計らって切りつける。
それも読んでいたのか何度も攻撃を払われるが、あくまでもマサヤの攻撃は注意を逸らすための牽制である、そのうち多方面からの攻撃に対応出来なくなったのかイビルアイが盗賊の首元に食らいつく。
一度絡み付くともう勝負にはならない、盗賊の足と言わず腕と言わず噛みついたイビルアイ達は盗賊を食い尽くす。
幹部が殺られたと見るや盗賊の団長は残っている仲間を乗せトカゲのような生き物に引かせている荷車を発進させる。
やはり逃げるか、マサヤが能力を出すのを躊躇っていたのは後ろに控えているやつらは不利になると拐った女性を連れて逃げるのではないかと思ったからである。
「あれも追うんだ!」
幹部に一体やられて残った二体のイビルアイが荷車を追う、決して早くはないが空を飛んでいるのでこの調子なら追い付けそうだ。
荷車の上に立つ盗賊団の団長らしき男は不敵に笑う。
「この砂漠のジャッカル団の団長、カシム様を舐めるなよ!」
男はマサヤのように腰に差した短剣で手のひらを切りつける。
手のひらにジワジワと血が溜まりやがてそれは剣になった。
「血の魔術師はお前さんだけじゃないってことよ!」
男は取り出した剣を構え気合いを溜めるとイビルアイが飛んでくる方向に向かって切りつける。
剣は空を切る、空振りのように見えたが時間差でイビルアイ達は真っ二つになった。
「奥義空刃斬!」
「なんだあれは、作り出した剣の力なのか……」
「ハッハッハ、あばよ!兄ちゃん!縁があればまたどこかでな」
荷車はどんどん遠ざかっていき、やがて見えなくなった。
後ろで見物していた若者もガックリと肩を落としている。
「すいません、逃がしてしまいました、僕がもう少し冷静にやっていれば…」
「いえ、私の方こそなにも力になれなくて、命が助かっただけでもあなたには感謝しなくてはならない」
「そうだ、他の盗賊達は?」
辛くも盗賊団を退けることには成功したマサヤだが。
乗客の何人かは拐われてしまった。
とりあえずマサヤは今後のことを考えるためにも状況の確認をするのだった。