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11話:落胆

 気がつくといつもの雑居ビルの中に居た。

 どうやら現実に戻ってきてしまったようだ。

 スマホを見るとまだ昼前だった。


 早く始めたからって長くプレイできるわけでもないのか…。


 今日は母親に図書館に行くと告げて家を出ていたことを思い出し、せっかくだから図書館で暇潰しをしてから帰ることにした。


 図書館は教育に力を入れているこの町の名物でもあるらしく、広場の中心に真新しい大きな建物が城のようにそびえ立っていた。


 中に入り目当ての本を探し適当な空いてるテーブルに陣取る、取ったのはサバイバル技術の本。

 ゲームの中で旅をするのに少しでも役に立つのではないかと思ったのだ。

 本には砂漠でも飲料水を得る仕掛けを作る方法や、昆虫などは火を通せば大体の種類は食べられる、など、とても興味深い情報が並んでいる。


 学校の勉強にはうんざりしていたマサヤだったが知識を得ることは嫌いではなかった。

 ただ教室に閉じ込められていつ役に立つかもわからない情報を無理やり詰め込まれる環境がくだらないと感じていたため頭に入ってこないだけだった。

 本来人間というのは誰しもがそうなのかもしれない、自分に必要な情報に関してはまるで乾いた布に水が染み込むように浸透していくものだ。

 現にマサヤも本に書いていた情報はすぐに覚えてしまった。


「あ、紅林(くればやし)君、こんなところで会うなんて奇遇ね」


 次の本を取りに行こうかと思ったときにふと後ろから声を掛けられた。

 振り向くとクラスでなにかと世話を焼いてくれている立花ハルカだった。

「ああ、立花さん、ほんと偶然だね、ここにはよく来るの?」


「ええ、休みの日は大体ここで勉強することが多いの、家だと集中できなくて…」


「ああ、それ僕もわかるような気がする」


「紅林君は読書に来たの? それ何読んでたの?」


 マサヤは、完全サバイバルガイド、とかかれた本を後ろ手に隠そうとする。


「凄い!サバイバルだって、こうゆうの興味あるんだ?」


「う、うん、今度野宿する時に役に立つかなって」


「えっ?野宿?」


「いや、違う、あの、キャンプ!

 そう、家族でキャンプに行くんだ! 父親が厳しくてあまり道具を持ち込ませてくれないから、自分で工夫して色々やらなきゃいけなくて」


「わー、すごーい!意外と野性的なのねっ♪」


(うまく誤魔化せたようだ……)


「そうだ、紅林君はもうお昼食べた?」


「いや、まだだけど、そういえばそろそろお昼だね」


「わたしお弁当持ってきてるんだ、よかったらわたしのお弁当二人で一緒に食べない?」


「いや、でもそんな分けてもらうなんてなんだか悪いよ…」


「いいの、たくさんあるから遠慮しないで」


 適当にコンビニでおにぎりでも買って食べようと思っていたのだが、申し出に甘えることにして、入口付近の喫茶スペースに移動することになった。


 せめて飲み物だけでもとマサヤは二人分のお茶を買って隅の方の窓際の席に向かい合わせで腰掛ける。

 天気のよい昼下がり、外の噴水広場が見えてのんびりした空気が心地よい。

 差し出されたおにぎりを食べると、とても食欲の湧くどこか懐かしいような味が口の中に広がる


「このおにぎり美味しいね!何が入ってるの?」


「それはね、バター醤油おにぎりだよ」


「えっ、バター醤油?」


「そう、紅林君の住んでたとこではおにぎりにバター入れない?」


「聞いたことないな、でも洋食みたいで凄く美味しい!」


 口の中に広がる独特のコクのある油分に醤油が絡んで、

 空腹にはとても染み渡るような味だった。


「他にもおかずも色々あるから食べてね」


 すっかりご馳走になり、食事の後は夕方まで一緒に勉強をすることになった。


「もうこんな時間か、今日はこの辺にしよっか、立花さん教え方上手だね、わかりやすかったよ」


「ほんと? よかった、わたし休みの時は大体ここにいるからまたいつでも来てね」


「うん、ありがとう、じゃあまた明日ね」


 図書館の前で別れると二人は家路についた。





 翌日

 朝から体育の授業があった。

 この時期は体育館でバスケットボールをやっているらしく。

 今日は地味な基礎の練習とは違い隣のクラスと合同で試合形式での授業とのことでクラスは大いに盛り上がりザワついていた。


(こうゆう授業が盛り上がるのはどこの学校でも一緒なんだな)


 ゲームの中で超人的な力を手に入れて。

 大勢の大人達にも認められて。

 少しマサヤは浮かれていたのかもしれない。

 しかし結果は散々だった…。


 足が早くなっていたわけでもない。

 超人的なバネやスタミナが身に付いた訳でもない。

 出されたパスには追い付けず。

 シュートを打てばリングにすら届かない。

 結局試合が終わる頃には誰もマサヤにパスを出すものはおらず、ゼェゼェ息を切らしながらコートを出た。


 体の使い方のイメージはある、もっと早く動けたはずだ…。

 その気になればダンクシュートだって出来たはずだ。

 ただことごく体がイメージについていかないのである。

 昨日までのいつもと変わらぬ自分のダメさを思い知らされてマサヤは酷く落ち込んだ。


 そんなマサヤの様子をコートの反対側から立花ハルカは見つめいた、体が弱く見学しているのか一人制服を着て隅の方でじっとこちらを見つめていた。

 目があったような気がしてマサヤは下を向く。

 (きっと幻滅されただろうな…)


 授業が終わって更衣室で不良達がマサヤをからかい始めた。


「誰かさんがボンクラなせいでうちのクラスは負けちまったよな」


「そうそう、都会育ちのお坊ちゃんにはバスケなんかできないってか」


 一通り取り囲んで笑うと気が済んだのか教室に戻っていった。


 一人取り残された更衣室でマサヤは思う。



 こんな、こんなはずじゃないんだ。

 ゲームの中にさえ行けば僕はスーパーヒーローになれるのに…。


 その後の授業なんかほとんど頭に入ってこなかった。

 マサヤが考えていたのはゲームの世界のこと。

 あの世界に、あの世界にさえ行けば……。


 待ちに待った放課後、マサヤはなにかに取り付かれたようにまたいつもの雑居ビルへと向かうのだった。




バター醤油おにぎりおいしいですよ

みんなぜひ試してみてくださいね

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