第24話 聖女の黄金
アルが自身の未熟を悔いていたのと同様に、スピネルもまた、自分の判断ミスを悔やんでいた。メアリーの安全を最優先にするならば、アルとの担当を逆にして、あの暗殺者をさっさと斬り捨てておくべきだった。
どれだけ力を持っていても、アルはまだ子ども――自分とは違う、普通の子どもだということはスピネルにもわかっていたはずなのに。
アルに対する劣等感が判断を誤らせ、護るべき者を危険にさらした。いや、ルビアが居なければ、きっと……だから今回最も責められるべきは、スピネル=アルメリア=バーネスベグだ。
幸い――この際スピネル自身の感情はどうでも良い――アルの炎は本当に毒だけを焼き尽くし、その後はメアリーが問題無く治癒を施した。
追撃があれば我が身を盾にしてでも護り抜く覚悟で周辺警戒に当たったが、どうやらメアリーの敵は、今回はあのひとりだけだったらしい。
汚名返上の機会は持ち越されたが、それを残念に思う程に恥知らずではない。ごく短い意識の断絶だけでアルが目覚めてくれたことに、スピネルは安堵した。
意識は戻ったものの、すぐには動けない様子の――どうやらしゃべることもまだできないらしい――アルに、メアリーがルビアの無事を伝えているのを聞きながら、スピネルは警戒を続けつつ彼の回復を待った。
「スピ、ネル……」
意識を失っていたのと同程度の時間を更に置いて、アルは最初にスピネルの名を呼んだ。どんな罵倒でも受け止める覚悟で振り向けば、「さっきは言い過ぎた。悪い」などと逆に謝られてしまって、思わずため息をつきそうになる。同じ赤でもまるで違う。彼は少々、善良過ぎる。
「詫びるべきはどう考えても僕なんですが……とりあえずそれは一旦措いて。まずは尋問を済ませてしまいたいのですが、警戒を代わってもらえますか?」
スピネルが一瞥したのは、一応生かしておいた盗賊団のボス(仮)だ。薄汚いひげ面の男は、両足の腱を斬られて転がっている。最初は鬱陶しいうめき声を上げていたものだが、スピネルが軽く脅したので今はおとなしくしている。
――まぁ、すぐにやかましくなるだろうが。
仰向けに転がった――そして何故か紅蓮を腹の上に乗せた――アルの同意を得て、スピネルは尋問を開始する。あまり女の子に見せるようなものではないので、ルビアが眠っている内にさっさと済ませてしまいたい。アルには仕方ないので我慢してもらうとして。
本当はメアリーにこそ見せたくないのだが、以前この手の汚れ仕事を隠れてやったところ、スピネルは彼女にこっぴどく叱られている。自分のためにやることであれば、せめて自分にはそれを見届ける義務がある、と。
なのでスピネルはせめて手短に済ませるよう心掛けていた。
「誰に頼まれた?」感情を消した声で問う。
「……な、なんのことぎゃああああっ!」
最後まで聞くに値しない言葉は、剣の一振りによって半ばで悲鳴に変じた。
「指の一本くらいで騒ぐな。二度は訊かない」
仰向けに蹴り転がし、腹を踏みつけて、剣の切っ先を目玉に突きつけると、殺し奪う側だった男はあっけなく折れた。
「そっ、そこの黒焦げになった黒服だ! 良い獲物を見つけたって騙されたんだ! あ、アンタらにゃ恨みもなんもねぇよ!」
だから見逃せ、とでも言いたいのだろうか。随分と身勝手な言い分だ。
「黒服に連れは?」
「い、いなかった! そいつ一人だ!」
ま、嘘は無いだろう、とスピネルは判断した。念のために片目を潰してダメ押しをしてみても良いが、コイツの汚い悲鳴をこれ以上メアリーに聞かせてまでやることでもないだろう。ということで、スピネルはそれの首根っこを摑んで森に引きずって行く。
やめてくれ殺さないでくれと惨めに命乞いをする男を「死にたくないなら黙れ」の一言で沈黙させて、少し歩いてから投げ棄てる。
「後は好きにしろ」
「ちょっ、ま、待ってくれよ! アンタに斬られて両足が動かねぇんだよ!」
「それが?」
「そ、それが、って……」
「お前は自分が襲った相手に『殺さないでおいてやる』という以上の慈悲を期待するのか? お前を助ける義理などは無いが、殺す理由なら掃いて捨てるほどあることにすら気付けないのか?」
感情のこもらぬ目で見下ろすと、それは虫のように這いずって逃げて行った。
暴力で奪うことしかしてこなかったモノが、動かない足と剣を握れなくなった利き腕を抱えてどうやって生きていくのか。少なくともスピネルには、物乞いくらいしか思いつかないが……メアリーに手を出そうとした相手を一思いに殺してやるほど、スピネルは慈悲深くはなかった。
戦闘中にスピネルが斬り殺したみっつと、アルが燃やしたひとつの死体を森に棄てたら、今度はスピネルが断罪される番だ。
半身を起こせる程度には回復したらしいアルの前にスピネルは膝をつき、腰の剣を外して互いの間に置いた。その剣をアルの側に僅かに滑らせる。
どうしても赦せなければ、斬り捨ててもらって構わないという意味の、最大の謝罪を表す騎士の作法である。
「僕のことは仕方ないけれど。メアリーの護衛はできれば精都まで、それが無理ならせめて次の街までは続けてほしい」
暫く待っても返事が無いので顔を上げたスピネルは、眉根を寄せて自分をじっと見ているアルと目が合った。
何言ってんだコイツ、とでも言わんばかりの目と。
互いに『意味がわからない』という視線を交換する二人の少年の様子に、メアリーがこらえきれずに吹き出した。
「スピネル、アルは騎士の作法なんて知らないと思うわよ?」
「あ。」言われてみればもっともだった。
その作法についてメアリーが説明すると、アルは再び首をひねる。
「……そこまでされるようなこと、あったか?」
更にスピネルが自身の判断ミスについて語れば、アルは不機嫌に吐き捨てた。
「それこそ謝られることじゃねぇよ。護衛を引き受けたのはオレ……オレらで、ドジ踏んだのはオレだ。謝る必要があるとしたら、オレがルビアに、だな」
どこまでも潔い言葉だった。
それでも。と、言ったのはメアリーだった。
「私たちの事情を先に話していれば、避けられた事態かも知れない。いいえ、ルビアならきっと、事前情報さえあればこの程度の危険は回避したと思う。
だから……私の話を、聞いてもらえる?」
メアリーに潤んだ目を向けられたアルは、しかし再びごろりと横になる。
「難しい話はルビアが起きてからにしてくれ。戦闘でミスった上に、交渉ごとでもやらかしたんじゃ目も当てられねぇよ。
スピネル、不寝番は任せて良いか?」
「えぇ。それくらいは当然です。ゆっくり休んでください」
メアリーがルビアと一緒に馬車を使うように言ったが、それだと目覚めたルビアに怒られそうだとアルが言うので、結局いつも通り、メアリーとルビアが馬車の中で休むのだった。
ひとつだけいつもと違っているのは、紅蓮がアルの傍を離れようとしなかったことか。消耗しきった霊力の回復を早めるためだという理由は、後で聞いて初めて知るのだが。スピネルが考えたように、いざという時の戦力、というだけの理由ではなかったらしい。
翌朝。まだ陽も昇り切らないくらいの早朝に、ルビアは目を覚ましたようだった。内容まではわからないが、馬車の中で何かしら言葉を交わしているのをスピネルは聞いた。そしてすぐに扉が開き、二人の少女が降りて来る。アルはよほど疲れているのか、まだ目を覚ます気配が無い。
「おはようございます」
命を落としかけたというのに、あまりにいつも通りのルビアの態度に、スピネルは一瞬返事が遅れた。
「……あ、あぁ。おはようございます、ルビア。何処も調子は悪くないですか?」
問いかけに手足を軽く動かしたルビアは、右掌に視線を向けた。
「右手がうまく動かないですね。ナイフが突き抜けたんですから、当然と言えば当然ですが……きゃっ!」
最後の悲鳴は、不意にメアリーに抱き着かれてのものだった。
「ごめん。ごめんね、ルビア……私の所為で……」
「いえ。護衛を引き受けたのに完全にアル君任せだった私にも責任はあります。私の色彩でも何かできることはないか考えておくべきでした」
程度の差こそあれ、4人全員が自分を責めているらしかった。
「メアリーゴールド=アクアマリン=キャッスルトン」
スピネルが止める間も無く、メアリーはその名を告げた。もっとも今回ばかりは、スピネルにも止めるつもりは無かったが。
「私の名前。事情も話さずに、巻き込んじゃってごめんなさい」
体を離したメアリーは、哀し気に微笑んだ。
「キャッスルトンの黄金――唯一真なる金無垢、ですか」
さすがと言うべきか、ルビアはその名を知っていた。
「あれ? 当代の金無垢の神子は確か『翠玉の君』じゃなかったですか?」
そこまで知っていたのは驚きだったが。メアリーも目を丸くしている。
固有の色彩を得る前の色とされる金無垢だが、それ自体を自身の魂の色彩として持つ者も居る。あらゆる色の精霊を自在に操るその色彩を、七彩教会は聖者の色彩として定め、聖女メアリーの黄金の花名とキャッスルトンの家名を与えている。
神子が全員メアリーゴールド=キャッスルトンになるので、ルビアが言った『翠玉の君』のような、石名を用いた号で呼ばれることになる。メアリーであれば『藍玉の君』だ。
「なるほど。そういえば最近は神子が空位になったという話は聞かないですね。金無垢の魂、なんてそうそう生まれるものでもないでしょうに。
捏造、ですか。それに加えて権力争い……大した清らかさですね」
ハッ、とルビアは鼻で嗤った。ぞっとするほどに濃厚な毒だった。
教会の腐敗でも目の当たりにしたのだろうか、とスピネルは考えたが、都心部ならばともかく、片田舎では朴訥な信仰だけがあるだろうに……そのあたりに、ルビアたちが語っていない事情があるのかもしれない。
「ごめんなさい。結局、巻き込んじゃって。これでお別れよね」
寂しそうに目を伏せたメアリーに、ルビアは「はい?」と不機嫌な声を出した。
「あ、勿論貴女たちの生活の保障は生家の方でしてもらうわ。手紙を……」
「無理して馬車を仕立ててお金無いんじゃなかったですか?」
容赦なく切り捨てられ、メアリーは「うっ。」とうめき声を漏らす。
「では、今後の話を――商談を始めましょう」
にっこりと。商人はとても綺麗に笑うのだった。
また時間空いてすいません。風邪ひいてました。まだ完治してません。
前回の病魔話の時といい、今回の毒といい、こんな妙なリンクは要らないのですが……
そんなわけでメアリーたちの事情が少し明らかにされた回でした。メアリーゴールドはまんまマリーゴールドのことです。「聖母マリアの黄金」なんて名前をそのまま使うのもどうかと思ったので、ちょっと発音を変えました。
次はまたルビアちゃんが商人します。
「これからのこと、やれること」(仮)お楽しみに。




