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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第15話 旅の計画を立てよう

 メアリーの馬車はアルの両親が所有しているものよりも馬からして立派で、移動速度も随分早かったが、それでも一日で次の街というわけにはいかず、その日は予定通り野営となる。

 食材はおろか、薪や水まで町で買い込んでいたらしい貴族たちにアルは呆れた。


「現地調達できるもんまで買い込んでどーするよ? お前ら旅の経験、どころか知識すら皆無だろ」


 そろそろ野営の準備をしませんか、とルビアが止めなければ、日暮れギリギリまで馬車を走らせていたことは想像に難くない。次の街までの距離によってはそれもなくはないが、ルビア曰く、既に次の街との中間地点は超えているとのことだ。


「ルビア、食材はどんなもん?」

 メアリーとスピネルは戦力外と判断して、アルはルビアに訊いた。

「野菜類は準備されているものを使いましょう。傷みやすいものが多いので。肉類は干し肉なので日持ちがしそうです」

「じゃ、それは成果が上がらなかった時用だな」


 方針が決まった。役割分担的には、アルが狩り、メアリーは護衛のスピネルと共に薪拾い、ルビアは念のために紅蓮を護衛役につけての水汲みだ。


 あまり時間は無かったが、アルは首尾よく鳥を一羽仕留めた。火の術で軽く頭部を燃やしてやれば良いので、弓矢は不要である。

 ……熾紅オリジナル・フレイムの銘を貰って以降、何度も火加減を間違えて、丸ごと黒焦げにしたものだが。


 料理に関しては、ルビアが張り切っているので任せることにする。貴族組が集めた薪には乾ききっていないものもあったが、その程度はアルの火があれば問題無い。というか、それも見越しての役割分担だ。


 ルビアが調理をする間、アルは周辺警戒だ。眼はルビアの方が良いが、彼女を除けばアルが適任だろう。メアリーの状態を見るに、ハルの鍛練法を実践してきたアルの方が、今のところはスピネルよりも上であろうから。

 見つけた野犬の群れは、紅蓮の一吠えで追い払った。


「本当に、精獣、なのですね」

 スピネルがどこか呆然と言った。馬車でのメアリーとの会話がはっきりとは聞こえていなかったのか、聞き間違いだと思ったのか。

 或るいは、そう思いたかったのか……という可能性に、アルは思い至れない。力持つ者へのコンプレックスを、良くも悪くもアルは知らない。


「損はさせてねぇだろ?」得意げにアルが笑えば、

「正直ふっかけすぎだろうと思ったことを謝罪します」スピネルは苦く笑った。


 野生動物を剣だけで追い散らすのはかなり手間だ。スピネルの色彩であれば、それなりに火系統の術も扱えるだろうが、最悪消耗品の火精石を使用する可能性も考えれば、ルビアが提示した報酬額は法外とまでは言えない。

 適正価格、と自信を持って言い切ることはできなかったが。


「それはルビアに……料理が終わった後にでも言ってやってくれ」

 まるで闘いに挑むような真剣な表情のルビアに話しかける勇気は、スピネルはもちろん、アルにも無かった。


 旅の基本について、やるべきことを指示しただけで、アルはあれこれ説明したりはしなかった。経験から学べないようならば勝手に散財していれば良い、というのがアルの考えだ。同行している間の面倒は見るが、その後は知ったことでは無い。


「ではその間、軽く手合わせしてもらえませんか?」

 言って木の棒を構えて見せるスピネルの表情は、軽い口調とは裏腹に硬いものだった。何かに追い立てられているかのようだ、とアルは思った。


「結果は見えてるからやめとこうぜ」かぶりを振ってアルは答えた。

「……僕では相手にもならない、と?」

 返答次第では容赦なく打ちかかって来るであろう雰囲気のスピネルに、アルは違う違うと手を振った。


「逆だよ。相手になんねぇのはオレの方。そんな隙の無い構えの相手に、得物が木の棒じゃあ、どっちにとっても得るもんなんてねぇって。

 オレの剣は邪剣なんだ。ただ敵を殺すことのみに特化している――ってか、し過ぎてる。この剣の師匠が言ってたことなんだけど、訓練で揮う類の剣じゃないんだわ。だからオレの腕に関しちゃあ、機会があれば実戦で見せる、ってことで勘弁してくれねぇかな?」


「……例の石屋では殺さず済ませていましたが」

 まだ納得できない様子のスピネルだったが、

「アンタ相手にあんな手加減できるかよ」

 アルがそう言うと一応は剣――木の棒だが――を引いてくれた。


 ルビア作の夕食は、材料も道具も限られていたため簡素なものではあったが、素材の持ち味が良く活かされており、貴族組の二人は驚きに目を見張っていた。

 アルとしては、さすがルビア、と思っただけだったが。


「野宿でこんなに美味しいものが食べられるなんて思わなかったわ」

 お嬢様らしく上品に――けれどかなりの量を平らげたメアリーが満足げに吐息を漏らす。護衛と御者をこなすスピネルも、さすがに料理人までは兼ねられないらしく、苦笑して言うのは。

「今まで僕がやっていたのは、料理などと呼べるものではなかったのだと思い知らされました」


「いえいえ。私としても調理器具や調味料を購入する必要が無くなって助かりました。ほら、やっぱりウィンウィン。」

 立てた人差し指をくるりと回して、ルビアは得意げに微笑む。


「高すぎる報酬では無いことは、認めざるを得ないでしょうね」

「あ。やっぱり安くはないんだ」スピネルの言にアルが思わず漏らせば、

「自分を安売りする気はありませんので」ルビアはそう嘯くのだった。


 食後の紅茶――茶葉の用意があったことにルビアが大喜びだった――を飲みながら、ルビアとメアリーは地図を広げていた。


「旅程には余裕があるけど、ルビアは寄りたい所とかある?」

「そうですねぇ、アクアマリン公国の学究都市には行ってみたいですね」

「うっわ、渋っ! 女の子ならまずブルーローズ・シティが出てこない?」

「其処は寄る所じゃなくて行く所じゃないですか。七彩教会の教皇領なんですから。そもそも行かない選択肢が無いと思って除外してました」

「だよねだよね、ブルーローズ・シティは必須よね」

「必須ですね」


「なぁ、スピネル。ブルーローズ・シティ、って?」

「街自体が芸術品、とまで言われる観光地ですね」

「ふーん」

 男子二人の会話はこんなものだったが。


「少し遠回りになりますけど、海の都、サファイア王国も見てみたいですね」

「ルビアわかってる! スピネルは時間とお金の無駄だー、なんて言って反対するのよねー」

「あり得ませんね」

「だよねー、せっかくの旅なのに、勿体ないよね?」

「いえ。そういうことではなく、お金はむしろ儲けるチャンスじゃないですか」


「……そこの商人殿、今度は何をするつもりですか?」

 楽しそうに盛り上がる女子二人に、スピネルが待ったをかける。


「私は別に商人ではないんですが……サファイア王国では良質の海精石が産出されると聞いたので、それを安く仕入れて他国でさばければ、と。」


「商人じゃねぇか!」誰のツッコミかは言うまでもないだろう。


「いえ、そんな大量に仕入れようとは思っていませんよ。不自然じゃない程度の量を、実用品――装身具や刻印石に加工して運べば税もかからないですし」


「……それ、密輸って言わね?」

「失礼ですね。法の網目をかいくぐっているだけです」

 アルとルビアのわりといつものやり取りに、頭を抱えたのはスピネルだ。

「その二つにどんな違いがあるんですか……」


 これにルビアは、何言ってるんだ、とばかりに答える。

「当然違いますよ。限りなく黒に近い灰色グレーと、黒そのものはまったくの別物です。何を言っているんですか?」

 ……ばかりに、ではなく実際に言った。生真面目なスピネルは渋い顔をする。


「悪い話ではないと思うんですが。本物の貴族のメアリーが同席してくれれば、私が年齢で侮られることもなくなるので、まともな交渉ができます。御用商人見習い、とでも勝手に勘違いしてくれるでしょうから。

 分け前は9・1でどうです?」

「待ちなさい、商人。」

 スピネルのルビアへの呼称は定まったかもしれない。


「だから商人では無いんですが。なんでしょう?」

「比率がおかしすぎるでしょう。何故半々ではないんです?」


 はぁ、とルビアは聞こえよがしにため息を吐く。

「交渉するのは私、目利きも私、装飾品への加工……は、さすがに業者を探すことになるでしょうが、刻印石の加工は私です。顔を貸すだけで利益の半分を寄越せとは、貴族というのは随分強欲なのですね」


 うっ、とスピネルは言葉に詰まるが、

「私が居ないとそもそも商売にならないんじゃないの?」

 代わって、というわけでもないだろうがメアリーがそう訊いた。


「そうでもないですよ。交渉は少し面倒になるでしょうし、利益率も落ちるでしょうが、利益の半分も持っていかれるよりはずっとマシな交渉をしてみせます。なんなら善良で信頼のおける商人の仲立ちを頼んでも良いですし。商売人なら相場もわきまえているでしょうから」

 立て板に水、とはこういうのを言うのだろう。アルは完全に他人事の気持ちで傍観していた。前々から、頭を使うのはハルとルビアの担当だ。


「スピネル。貴方の負け。」メアリーはそう言ったが、

「そうですね。それでも商人の言い値を呑むのは愚者のすることです。6・4」

 スピネルは自身の非を認めながらもそう言った。


「論外です。せめて譲歩する気になる数字を挙げてください」

「……では7・3でどうです」

「少しだけ譲りましょう。85・15」

「8・2」

「83・17……と、言いたいところですが、あまり細かく刻むのもなんですし、仕入れ値を折半する、という条件でなら8・2で良いですよ」

「さすがにこちらもそこまで君を信用できません。出資は3割までです」


 ふむ、とルビアは口元に手をやった。

「ま、妥当な落としどころですね。契約成立です。書面に起こしますか?」

「いえ。出資額に応じた商品をそれぞれが管理するようにすれば充分でしょう。

 それよりルビア、僕を試していませんでしたか?」

 苦笑気味に言ったスピネルに、ルビアはとても良い笑顔で答えた。

「試すだなんて人聞きの悪い。旅先で稼ぐ、という発想が無いようだったので、商売の基本を教えてあげただけです。雇って良かったでしょう?」


「……えぇ、まぁ。払った金額以上の価値があったことは認めましょう」

 更に苦味の増した表情で。スピネルは生真面目に答えを返すのであった。

気が付いたら商売の話してた。

……ま、まぁ、路銀の調達も立派に旅の計画と言えるでしょう!

ただ「キャッキャウフフ」の予定が「クックフフフ」って感じになりましが。


次はたぶん街で商売する話になると思います。


次回「路銀を稼ごう」(仮)お楽しみに。

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