第14話 報酬分のお仕事
前回の蒼紅サイド
旅の仲間が増えました。お嬢様っぽい女の子と、従者っぽい男の子です。
すごいすごいとはしゃぐ声が、馬車の中に充満していた。
はしゃいでいる男の子の方が、馬車の内装を目にしたアルで、女の子の方は、紅蓮が侍獣だと知ったメアリーだ。
アルのようにはしゃぐわけではないが、馬車の内装にはルビアも感心していた。外装は縁起物として飾られた虹の七彩を除けば黒一色だったのだが、内壁はまさしく百花繚乱の様相だ。ありとあらゆる色彩の花々が、下品にならない絶妙な配置で描かれ、それ自体が芸術作品のようだった。
新たな旅の連れ二人の絶賛を受けたメアリーは、当人――人ではないが――の許可を得て抱き上げた紅蓮を撫でながら、苦笑を浮かべた。
波打つ金髪の美少女が仔犬を抱いているのもかなり絵になる。
「父様も母様も、貧乏貴族なのに無理をしすぎなのよ。見栄を張るから、向こう十年は平民並の暮らしよ。護衛どころか御者を雇うお金も無くなって、スピネルが両方を兼ねることになったんだから。おかげで移動中は退屈で退屈で」
「これは侮られないようにするための必要経費ですよ、お嬢様」
御者台からたしなめる声が聞こえて、メアリーはべっと舌を出した。スピネルに見えないのを良いことに。
「今護衛雇う金が無くなったって言わなかったか?」
「だからこそ私たちなんですよ」
眉根を寄せたアルにルビアが即答すると、目線で先を促される。
「貴族が使うような信頼と実績のある護衛は値が張りますが……実力は確かでも、それが実証されておらず、信頼に関しても雇う側の眼が頼りとなるアル君には、それほど高値はつきませんから。
メアリーとしては優秀な護衛を実力より遥かに安価で雇えて、私たちとしてはルーキーには破格の報酬を得られる。ウィンウィンというやつですね」
「……いやぁ、どっちかって言うとルビアの一人勝ちなんじゃないかなぁ。価格交渉でスピネルがずっと渋い顔してたし」
あはは、とメアリーは乾いた笑いを漏らす。
「損をさせないだけの働きをしますよ――アル君が」
「オレかよ……ま、いーけど。交渉関係を任せた分、剣で解決できることはこっちでなんとかするよ」
わざとらしく顔をしかめて見せた後で、アルは剣の柄をくるりと回して言った。
「冗談ですよ。私も私にできることをします。眼の鍛練、なんてどうです?」
片目を閉じてメアリーを見遣れば、
「今此処でできることなの!?」お嬢様は身を乗り出して訊いた。
6人は乗れる馬車は、片側の席にメアリーが一人で座り、逆側、進行方向に背を向ける形でアルとルビアがそれぞれ彼女の斜向かいに座っている。
「むしろ今の状況は良い条件と言えますね。目を閉じて、輝煌に眼を凝らしてください。移動しているので周囲の状況は刻一刻と変わっていきますから、訓練には最適です。馬車の中なら座ったままで良いので転ぶ心配もないですし、周辺警戒にもなって一石二鳥です」
ルビアは実際に目を閉じてみせた。眼を凝らし焦点を合わせるべき対象が、どんどん過ぎ去っていくので、遠い場所から段階を踏んで世界を色づけていく。近くから順に世界を視る、立ち止まっている時のそれとは逆の手順だ。
よし、とルビアは満足気に頷く。始めた頃は深呼吸を数回するほどの時間がかかった工程が、今では一呼吸で切り替え可能だ。
「……転ぶってルビア、目ぇ閉じて歩いたりしてたのか?」
呆れた声でアルが訊いた。
「……えぇ、まぁ。眼の鍛練に。」
なんとなくウィルの真似をしてみたら、眼を鍛えるのに最適でした、とはさすがのルビアも言えない。
「……お前アレだろ。ハルの真似したらたまたま訓練になっただけだろ」
のに、アルに正鵠を射ぬかれた。
「……ナゼバレタ?」動揺のあまり発音がおかしくなった。
「目ぇ閉じてて歩く、って時点でそんな予感はしてた。そこに更に、お前の返事に妙な間があったからな。あと言い切り方が無駄に強い口調だったし」
「直感で最初に正解があるって、なんかズルイ……」
む、と唇を尖らすと、
「それ、まさに今やってるコレもじゃね?」
ぐうの音も出ない反論が返るのだった。
「ね、ねぇちょっと二人とも? 眼の鍛練はどうしたの? まさかおしゃべりと並行してやってるわけじゃないわよね?」
メアリーの声には否定してほしい、という思いがにじみ出ていたが、
「え? これってそういう訓練じゃねーの?」
アルはそんなものは気にしない。確かにこれは良い訓練になるな、などと言って笑っている。
「難しいですか?」ルビアが問えば、
「難しい、って言うか、ムリ! 眼を凝らす時間なんて無いよ……」
しゅん、とメアリーは手元のもふもふに顔を埋める。
「それはたぶん、いきなり近くを見ようとしているからでしょう……
いえ、待ってください。私とアル君、紅蓮君はちゃんと視えていますか?」
ルビアが訊くと、むっとした答えが返る。
「子どもじゃないんだから、それくらい当たり前だよ」
「そうですか? ではこれは何本ですか?」
ルビアはさらりと流し、右手の指を三本立てて問う。
「……何本? 何が?」不機嫌な声が応える。
「ほら。やっぱり『ちゃんと』は視えていないじゃないですか」
「だから何が……!」と、そこで目を開けたのだろう「って、指!? そんなの視えるわけ……!」叫びかけるのを、
「ん? 三本だろ?」
当然の口調で言った、未だ目を閉じたままのアルが遮った。
「……ウソ……視えてる、の……?」
愕然、というよりも呆然、といった口調でメアリーが呟く。
「あれ? ひとをひととして視るのが、眼を鍛える初歩としては最適、って……あー、そゆことか」
言っている途中でアルも気付いたようだ。
「そゆこと、でしょうねぇ。考えてみれば、我が家の父様母様が知らなかった時点で、それ以外の答えは無かったんですよねぇ……」
これにはルビアも苦笑い。
「ちょっと、だからどういうことなのよ?」
また不機嫌になりかけるメアリーに、ルビアは答えた。
「どうやらウチの先生独自の訓練方法だったようです」
「またウィルなの!? 花火といい、貴女たちの先生って、いったい何者よ」
「――変わり者ですね。ひとことで言うと」
ルビアの返答に、アルは腹を抱えて笑うのだった。
ちなみに『先生』の年齢については、誤解させておく、ということでルビアはアルと打ち合わせ済みだ。二人の言動から若いとは思っているだろうが、まさか同年代だとは考えもしないだろう。さすがに異常すぎるので、そこに関しては伏せることに決めていた。
ルビアが自分たちの旅支度にこだわったのは、このあたりの設定のすり合わせをするためでもあった。前に考えたものでは、共に旅をする相手に対するものとしては不足があったからだ。
服に関してはそれぞれ外套を用意した以外、あまり変わってはいない。馬車に同乗させてもらえるということで、結局ルビアはスカートのままである。念のためにズボンも一本用意したものの、使う機会があるかは不明だ。
「あぁ、あとアル君? 三本じゃなくて四本、ですよ?」
ルビアは言って、人差し指だけを立てた左手を、膝の上から持ち上げて見せた。
「ズリぃ!」とアルは不満を漏らすが、
「アル君に関しては、注意力の強化も考慮しました」
ルビアはとても良い顔で笑って見せるのだった。
そういうわけで、メアリーにはウィルムハルト式鍛練法から教えることとなった。ひとをひととして視る、とアルは言ったが、メアリーの眼には今アルとルビアは、紅と蒼の光という漠然としたものにしか視えていないはずである。これを人間の形として認識できるようにするのが第一歩だ。
「まず相手の姿をしっかり見て、目を閉じ、その人の魂の色彩が、その人の姿を形作っているのを視て取る。人の身には精霊が宿っているけれど、手足を動かすのにわざわざ精霊の威を用いたりはしない。だから視るのは困難だけれど、微弱でも全身に精霊の力が働いていることは間違いないのだから、肉眼で見る姿と、輝煌とを何度も見比べて、すり合わせていけば良い。
あ、私よりアル君でやった方が良いですよ。魂の色彩がはっきりしていて、視やすいですから」
美少女に繰り返し凝視されて、アルはなんとも居心地が悪そうだったが、『居心地が悪い』で済んでいるのは、どこかの『無駄に美人』な誰かで耐性ができていたからだろうか。
――たまにあり得ない距離まで近づいてくるからなー、あのひと。
不意打ちで詰め寄られたことを思い出して、ルビアは苦笑するのだった。
メアリーはその日の内に、どうにかぼんやりとした人の形には視えるようになったが、指の本数を見分けるまでには至らなかった。彼女は最初そのことに落ち込んだが、ルビアが自分はそこまでに三日かかったと言うと気を良くしたものの、
「……オレ、一週間かかったんだけど……」
アルの発言に言うべき言葉を失った。
「いや、アル君はしょうがないでしょう。練習台に最適なのがアル君自身で、自分自身は直接見られないんですから。他の人を視て一週間なら、早い方だと思いますよ。メアリーが早すぎなんですよ」
でも、と付け加えてルビアが目を向けると、それだけでアルは察した。
「そうだな、ハルは息をするみたいに当たり前にやってのけたかもな」
それが二人の認識する『彼』であった。
ホント何者よ、とメアリーが再度ぼやいた。
いやぁ、こっちは平和ですねぇ。
次回「旅の計画を立てよう」(仮)
立ち寄る国や街について、主に女の子二人がきゃいきゃいやります。




