第13話 フェイタル・ヴェノム
「じゃあまおー君、誰からにする?」
魔女の葬儀を終えて、最初に口を開いたのはルナだった。発言者に関しては、まぁ納得もできるが、発言内容の方は意味不明で「はい?」とハルは間の抜けた声を出してしまう。誰から、と言われても。
「だーかーらー。でぇとの相手。そーご理解を深めるためにはこれが一番だって、おばーちゃんが言ってた」
返答にハルは頭を抱えたくなった。あの魔女はいったい何を教えているのか。
「デート?」
「うんっ、11人全員とね。順番はまおー君が決めてくれていーから」
「いや、11人って、それ男の人も入ってますよね?」
「え? うん、それが?」
きょとん、と小首を傾げるルナ。ハルが知る限り『デート』というのは男女の逢引きのことを言ったはずだが……
いや、それを言ったらアルがハルを評した『美人』という単語も本来女性に用いる表現だ。ならば特に気にすることも無いのか、と納得する。
それにある意味では好都合だとも言えたので。
ちょうど『彼女』とは、二人きりで話がしたいと思っていたのだ。
「では、一人目は貴女で」
と、ハルが指さしたのは、今日になってから顔を合わせた妙齢の女性だった。夕顔、と。サクラと同じく失地風の名を付けられた、紫髪の修道女もどきだ。色彩は眠りの色、だそうだ。
「あらぁ」と、けだるげに本人は微笑むが、
「まおー君のえっち」何故かルナは頬を膨らませた。
「は?」と、思わず素の声が出た。この子はいったい、何を言っているのかと。
「どーせユウガオのイロカに迷ったんでしょ! さっきだって、なんか見つめ合って笑い合ってたし!」
そんなふうに見えたのか、と思い、ハルは気付く。考えてみればアルに逢うまでは、自分の作り笑いをそれと見抜けた者など居なかったことに。
視れば、女性陣からは蔑む――サラがその最たるものだ――ような、男性陣からは同情めいた感情を向けられていて、ハルはため息をついた。
つまりは、全員がルナと同意見だということで。
「そういうのはどうでもいいです」
ハル自身が驚くほど尖った声が出た。
もしハルが見た目に惑わされる程度なら、あの献花祭の日にルビアを拒絶したりなどしなかっただろう。境遇が似ている程度で、何を調子に乗っているのか。
――あぁ、そうか。
ハルは自身の不機嫌の理由を自覚する。それはルビアの想いを軽く見られた気がしたからだ。自分の命を危険にさらしてまで、ウィルムハルト=ブラウニングは怪物なんかじゃないと叫んでくれた彼女の想いを。
それなのに。
「男の子の強がりって、カワイイわねぇ」
当の本人までそんなことを言うので、ハルはもう、どうでも良くなった。
「貴女のために場所を変えようと言っているんですが、そういうつもりなら此処で話しましょうか。夕顔の花言葉について。なんなら致死毒の話や、作り物の表情の話でも良いですけど?」
それでも一応はぼかして言うと、眠そうだった目がすっと鋭いものに変わった。
「あぁ、良い目をしますね。その方がずっとらしいですよ?」
笑みを以って告げた時には、偽修道女は表情を取り繕っており、彼女の表情の変化に気付いたのはハルだけだったようだが。
「まおー君、なんか怖い……」
それでも剣呑な雰囲気には気付いたのか、ルナは身を縮こまらせる。
「そりゃあ、まぁ。真面目な話をしようとしているのに、あんなあり得ないことを言われたら、私だって頭に来ます。私が? 彼女に惑わされる? 冗談でしょう」
「それはそれで失礼な物言いじゃないかしらぁ?」
「失礼はお互い様ですよね?」
むしろハルとしては、『冗談じゃない』と言い切らなかっただけ、気を遣っているくらいだ。
「さて。色っぽい話にはなりようが無いとご理解いただけたところで、場所を変えるとしましょう。サラさん、場所は貴女が決めてください。私が決めるよりは良いでしょう。シグルヴェインさんも、頼りにしてますよ?」
未だ不満そうなサラと違い、シグルヴェインからは一切の油断が消えた。ハルは彼の評価を一段階上げる。実に優秀な護衛役だ。サラはあくまで魔女の『弟子』でしかなく、どこまでも使われる側のようだ。優秀な切り札ではあっても、使う側に全てが委ねられている。
だからこそハルが、魔女の後継である魔王なのだろう。
場所を移した先は、シグルヴェインの家だった。距離的にはハルの家が一番近かったのだが、先程のやり取りを考慮してそこは避けたらしい。サラの家でないのは、ハルを自分の家に入れたくないからだろう。
サラとシグルヴェインは戸外で待たせ、夕顔と二人で樹の家に入る。当たり前かもしれないが、ハルが昨日から住んでいる家と同じつくりをしていた。状況によっては『呼ぶ』かもしれないと、シグルヴェインには言い添えて来ている。
「単刀直入にいきましょう。何故、貴女のようなひとが此処に居るんです?」
夕顔は一瞬目を丸くして、声を上げて笑った。
「本気で容赦なく斬り込んできたわねぇ。しかも笑顔は崩さない、と。あなた、実はあたし以上の危険物じゃないの?」
「だから『魔王』なんでしょう」
違いない、とまたひとしきり笑った夕顔は、長い棒状のものを取り出してハルに訊いた。
「一服していいかな?」
修道服に煙管というミスマッチが、彼女の怠惰な雰囲気が合わさると妙に絵になるのが腹立たしい。が、それはそれとして。
「論外です。一服盛られてはたまったものじゃありません。
致死毒。貴女の眠りには『永遠の』という接頭語が付くのでしょう?」
「……そこまでわかっていて、二人きりになったのは何故?」
身を寄せて来る妖艶な美女は、しかし絡みつく蛇を思わせた。
「魔女があの二人に何も言っていなかったようなので。伏せておくべきなのだろうと思いました。けれど一応私は、魔女からこの地を託された身ですので――貴女のような危険物は放置できません。
聴かせてもらえますか? ひとを殺すことしかできない貴女が、何故こんなところに居るのかを」
顔色ひとつ変えず、当然笑顔も崩さないハルに、夕顔はつまらなそうに言った。
「可愛げのない男の子ね」
「魔王ですから」ハルは肩を竦めて応じる。
「話しても良いけれど、あなたはあたしの言うことを信じられるのかしら?」
どこかからかうような雰囲気が、その言動から完全に消えたわけではなかったが。諦観を宿したその目には見覚えがあった。どうせ無理だと諦めていながら、あるいは、ひょっとしたら、と一縷の望みを棄てきれないその目は、ルビアを識る以前のハル自身の目だ。
だから、ハルは。
「無理に決まってるじゃないですかそんなの」
言い捨てた。
けれど夕顔の目に剣呑な感情が宿ることは無く、やっぱり、とあっさり諦めを選んだ様子だ。
「話を聞く前から信じられると断言できるような相手、私が知る限り一人しか居ませんよ」
絶対に自分を偽らないと断言できる、頭に『バカ』と付けた方が良いような正直者は、彼だけだ。彼女の方はもう少し頭が良いので、二人にはならない。
「なので、信じるかどうかは聴いてから決めます」
けだるげにため息をつき、椅子ではなくテーブルにもたれかかった夕顔は、煙管を弄びながら、聞いて楽しい話じゃないけど、と前置きした。
「お察しの通り、あたしの色彩は致命の毒――自分で言うのもなんだけど、暗殺者としちゃ相当優秀だったよ。これはオンナの武器とも相性が良いし……って、コドモに言ってもわかんないか」
からかうように言われ、ハルは答える。
「そうでもないですよ? 父と旅暮らしの時は、そういう視線を向けられることも多かったですし――主に男性から」
「あー……なんかゴメン」
素直に謝られた。
「でまぁ、殺して、殺して、殺し続けて。優秀過ぎたのがいけなかったんでしょうね。終には親にも恐れられ、棄てられて……変な婆さんに拾われたわ」
変な婆さん、そう言った彼女がとても優しい顔をしていたから。彼女が此処に居る理由が理解できた。彼女が味方だと、理解できた。
「なるほど。貴女もイロイロあったんですねぇ」
納得した、と頷けば……からん、と軽い音を立てて煙管が転がった。何事かと見遣れば、夕顔がぼろぼろと涙をこぼしていた。
「なんで!?」思わず声を上げるハル。
「……ぐすっ……なんでは、こっちのセリフよぉ……えぐっ……なんであなたが、おばあちゃんと同じこと……」
ところどころしゃくりあげながら言うのを補完すれば、どうやらハルはよりにもよって魔女と同じ言葉を選んでしまったらしい。取り繕う余裕をなくしたのか、『変な婆さん』が『おばあちゃん』になっていた。
修道服の袖でぐしぐしと涙を拭う様子は、成熟した女性を幼子のように見せた。
……というか、此処の年長組は時々幼児退行を起こす気がする。
「あー、選ぶ言葉を間違ったのなら謝ります」
ハルが言うと、そのイロイロとおっきな子どもはぼそりと言った。違う、と。
「……ひぐっ……おばあちゃんは、良く頑張ったね、って抱きしめてくれた……」
「……それを私にやれと?」
ハルの笑みが深くなる。役得、と喜んでいるように見えるが、これで嫌がっているのである。いろいろなことを笑顔でやり過ごして来た弊害だった。自分でもそれがわかるから、ハルは聞こえよがしに大きなため息をついた。
自分より少し背の高い女性の頭を抱き寄せる。
「まったく、どっちが年上なんだか。まぁ、実際貴女は頑張ったんだと思いますよ。やれることを一生懸命やっただけなんでしょう? できることが殺すことだけだったのは不幸ですし、貴方に殺されたひとにはいい迷惑でしょうけど……褒めて、もらいたかったんですよね?」
「……なんで、また、おばあちゃんと同じこと……」
夕顔はハルの背中に腕を回し、ぎゅう、と抱き着いてきた。柔らかい、というよりも、力が強すぎて痛い方が勝っていたが、ハルは彼女のしたいようにさせてやった。ぽん、とその頭に手を乗せる。
「さぁ。同じものが視えているから、かもしれませんね」
確かに夕顔――『罪』という花言葉を持つこの女性の魂は致死毒の色をしているが、不思議とその色彩は濁ってはいない。きっとそれが答えなのだろう。
「……ねぇ、魔王サマ?」
「また微妙に違った発音ですね。なんです?」
「魔王サマって、意外とチョロイね」
「よし泣き止んだなら離れろ」
頭に乗せていた掌を顔面に移動させ、ハルはその似非修道女をぞんざいに押しのけるのだった。彼女の照れ隠しに乗ってやった形だ。
「あぁ、あとこれはどうでもいい疑問なんですが。
――なんで修道服?」と、小首を傾げると。
「ん? ただのコスプレ」スゴイ答えが返って来た。
「こすぷれって……」
「あれ? これもおばあちゃん語録なのかな? 制服やなんかかを真似して着ること……みたいな感じ?」
「いや、意味はわかりますけど。で、たぶん魔女語録であってます。けど……なんでまたそんなことを?」
「年頃の男の子を刺激しないように、っておばあちゃんが」
ハルは頭を抱えた。
「……それ、むしろ逆効果な気がするのは私だけですか?」
「あ、やっぱり? 逆にエロいよねー」
などと、夕顔はスカートの裾をひらひらと揺らした。
「誰もそこまでは言ってない」
「……あの、魔王サマ?」と、短い沈黙を挟んで夕顔がハルに上目遣いを向けた「あたしの話、信じたの?」
「疑う余地なんてありませんでしたから」
当然の即答に、元暗殺者はぎゅっとスカートを握って、泣きそうな目をした。
「……こんな色の、人殺しの言うことなのに?」
ハルは自分の無彩色の髪を一房つまんで見せた。
「『こんな色』はお互い様ですし、私なんて人喰いですよ?」
夕顔はそれを冗談だと思ったのか、軽く笑って流した。
「ねぇ、魔王サマ? おばあちゃんは満足して逝けたのかしら」
「少なくとも私の眼には、跡を託せる者を見つけた安心感が視えました」
「……そっか。」
短い呟きを床に落として、夕顔が顔を上げる。
「やっぱり。貴女は悲しまないんですね」
ルナの感情感染の時も、彼女だけは泣いているふりをしていただけだった。
「あたしにとって『死』とはそういうものだから。もう会えないことを寂しい、とは思う。でも、成すべきことを成し遂げたひとの死は、悲しいことじゃない」
薄情だと思う? と問われて、ハルはかぶりを振って応じた。
「貴女の死生観を、私はとても綺麗だと思いますよ」
万人に受け入れられる考え方では無いだろうけれど。少なくとも貴女の王だけは、それを認め、受け入れ、尊重しよう。
告げると夕顔は「なにそれ、偉そう」と笑った。
ハルは「王様は偉いものです」と返しておいた。
あれ? エロいおねーさんがなんか可愛くなった?
現代日本的な単語がたまに出て来るのはだいたい魔女のせいです。
それと「トワイライト・グローリー」なんて花は実在しません。朝顔の「モーニング・グローリー」の対としてでっちあげました。それと花言葉「罪」はユウガオじゃなくヨルガオですね。事実を元にした創作、ということでご容赦を。
次は楽園サイドから蒼紅サイドにシフトします。タイトルはまだ未定ですが、本格的に旅が始まります。




