第12話 葬送
魔王様歓迎祭――などという名称がつけられていたことをこの時のハルは知らなかったが――は、本来夜通し行われる予定だったそうだが、主賓が泣きだしてしまい、子どもたちが眠そうにし始めたので、住人達の簡単な紹介の後、最後に盃を交わしてお開きとなった。
ハルはまだ成人年齢ではないのだが、普通に酒杯を渡された。此処では成人年齢が低く設定されているのだろうかと、ルナと更にふたり子が果汁を注がれているのを見て思うハルは、単純に自分の年齢を勘違いされているだけだということに気づいていない。
新たに紹介されたのは全部で5人。
ルナと同世代で、緑の色彩を持つ男の子が、この森の管理の大半を担っているフローライト。小柄で、好奇心旺盛な小動物のような印象を受ける言葉数の少ない少年の、愛称はフロルといった。
夜の森を昼にした非常識その一が陽光の色彩のソレイユ。三つ編みに、明るい笑顔が良く似合う、実年齢よりも少々幼く見える彼女の愛称は、日輪草の別名であるサンフラワーから取ってサニーというらしい。
作り物の昼を夜で覆い隠した非常識その二は、真っ黒な髪のオニキス。ハーリー役には毒がまったく足りていない、サニーとは同い年の穏やかで優しそうなお兄さんの愛称はニクス。夜間は彼が輝煌を闇で覆い隠すから、魔境の村でも普通に眠ることができている。
雪白の髪のフロスティ・クォーツは、カレンと共にユートピアの温度管理をしているそうだ。フロストの愛称で呼ばれる彼が冷房担当で、カレンが暖房担当。輝煌に満ちた魔境ではあるが、いろいろといじっているのでそういった調整も必要なのだとか。
最後の一人、アネモネ・シルベストリスの色彩が、最も無彩色に近かった。水晶のような、透明な硝子のようなそれが何の色なのか……ハルとしては珍しいことに、すぐには断定しかねた。存在感が希薄で、ひどく危うい印象の色彩が何色であるのかは、酒の肴に、と彼女が唄った瞬間に理解できた。
何の伴奏も無いのを一切苦にしない、歌声だけで完成された音楽。余計な色が一切無い、澄み切って、透き通った歌声は、優れた楽器演奏と合わさっても素晴らしいものになるだろうが、この痛いほどの美しさはアカペラであってこそだろう。脆く、鋭く、危うくて……こんなにも綺麗な色彩の声。
これこそが、彼女の色彩だ。名を付けるなら、天使の声だろうか。彼女の愛称であるアニーにも通じる名でもあるし。
ユートピアで作られたのだという果実酒以上の陶酔を与えてくれる歌声に身を委ねながら、ハルは思う。もし彼女が気に入ってくれるのなら、この美しい歌の返礼に、その名を贈ろうと。魔女が付けた名が既にあるのでなければ、だが。
と、これで全員かと思えば、夜更かしは美容に悪いからと言って、この場に不参加のもう一人がいるのだそうだ。協調性の無さにサラなどは憤っていたが、逆にハルは一番気が合うんじゃないか、などと思ったりした。
今日から此処が陛下の家です、と案内されたのは、ユートピアのほぼ中央に位置する大樹だった。既に表札も掛けられている。
『魔王』
……と、見覚えのある丸っこい字で。当然のように、王冠やら羽やらでごてごてと飾られてもいる。誰の仕業かは言うまでもないだろう。
実に良いドヤ顔で感想を待っているらしいカレンと、ハルの護衛――ということになるらしい――のサラとシグルヴェインの呆れ顔が対照的だ。
「……とりあえずコレ、外しましょうか」
後者二名と同じ心情で、けれど表情は笑顔のままで、ハルは『魔王』を指差す。
「――なんでぇっ!?」
信じられない、とばかりにカレンが叫ぶ。食事に関してサラやハルにお説教をした、しっかり者のお姉さんは何処へ行ったのだろうか。
「いや、そんな潤んだ目で睨まれても。どう考えてもおかしいでしょう」
この調子だと、お隣の魔王さんち、なんて単語が普通に出て来そうである。魔王とは。まぁ、『魔王君』の時点でもうイロイロとおかしくはあったのだが。
「そうですね。役職は名前ではないですから。『将軍』とか『宰相』とか書いてあるようなものです」
的確なのだか、ズレているのだか微妙な意見をサラが言う。
「ボクもこれはどうかと思うな」
と、シグルヴェインにまで追撃されて、カレンは泣く泣く表札を外した。
「自信作だったのに……」
しょんぼりと肩を落とすカレンの手から、気が付けばハルは表札を奪っていた。
「まぁ、この気の抜ける感じが私らしいかもしれませんね」
表札をかけなおして、思うのは。
――どうにも、純粋な善意というのには慣れない。だからそれが、たとえ有難迷惑な類のものだったとしても無下にはできないのだろう。
ひょっとしたら、ルビアの好意を曲解し続けてしまった負い目がそうさせるのかもしれない。同じ後悔は、もうしたくはないから。
「魔王君!」
抱き着いてくるカレンの物理的距離感の近さには慣れていたので、ハルは華麗に回避するのだった。
避けられたカレンはハルの新しい家である樹におでこをぶつけて、また涙目になっていたが、今度は特に気にならなかった。
サラとシグルヴェインの家は両隣だという。
「一緒に住むんじゃないんですね」
ハルが率直な疑問を口にすると、何故かサラは顔を真っ赤にして怒った。
「いったい何を考えているんですか!」
問われてハルは即答する。
「護衛の効率ですが?」
仮にも護衛だというのなら、別の場所で寝起きするというのはいかがなものか。
とはいえユートピアに到達するのは困難を極め、そもそもハルを害せる者などそうは居ないのだから、護衛というのはあくまで形式上のものなのだろう。
と、ハルが納得したところで、何故かサラがむきになって一緒に住むと強硬に主張し始め、ハル、シグルヴェイン、カレンの三人でなだめるのに結構な時間を必要としたのだった。
樹のうろを調整して作られた家だと、ハルの眼は見抜いていたが、実際中に入ってみて大いに驚くこととなる。それは、想像以上に、ちゃんと『家』だった。
ハル以外の者であれば、それを見ても一本の大樹を削り出して作ったとしか思わなかっただろう。それは確かにかなりの労力を要するだろうが……少なくとも、不可能なことではない。備え付けの棚やテーブルが、生きている樹の一部だという事実よりも、よほど現実的だろう。
椅子は動かすことがあるので別に作ったものだったが。ハルは知らないことだが、実はこの椅子も家である大樹の枝から作られたものである。
大樹、とは言っても幹の太さには限界があるので、ワンフロア一部屋の構造だ。一階が居間、二階が書斎、寝室は三階になる。間に書斎があるのはこの魔王邸以外では作家のサクラと、魔女の弟子であるサラの家だけだという。
付け加えるなら調理場があるのはカレンの家だけで、普段から彼女が全員分の料理を作っているらしい。食事は家族そろって摂るものだ、というのは魔女のポリシーだったそうで、最もそれに共感したカレンが、進んで料理を作るようになったのだとか。
寝室で一人になって。寂しいと感じたことにハルは驚く。あの村での最後のひと月は一人で暮らしていたのだが……それでも、あの家には父の気配が在った。
けれど自分のために用意されたこの家はまだよそよそしくて、帰る場所、という感じがしない。『家』という言葉が、いつの間にかあの村のあの家を示すものになっていたのだと気づいて。その家が、もう無いのだと理解して、ハルの頬を一筋の涙が伝ったが……指摘してくれる者が誰もいなかったので、ハルがそれに気づくことは無かった。
翌朝、ハルの家……の、隣に、この地に住まう全ての者が集められた。
其処に居た、昨日は不在だった最後の一人の風体は、大いにハルを呆れさせるものだった。
その妙齢の女性は、よりにもよって修道服を着ていたのである。起伏に富み過ぎた体つきは、言っては悪いが貞淑さからはほど遠く、豊満な肉体を無理に押し込めているようで逆に淫靡さを感じさせるし、わざとなのか失敗なのかはわからないが、頭巾に納まりきらずに零れた波打つ紫の髪は、だらしないよりも艶めかしい印象を与える。
朝に弱いのか、けだるげにあくびを噛み殺していた。
目が合い、ハルはにっこりと微笑む。
それを作り笑いだと気づける友人は、今この場には、いない。
魔女の死が告げられると、最年少の二人の内、ルナは大声を上げて泣き、フロルは声は立てずに静かに涙を流した。
二人の感情が伝染したかのように、他の皆も涙を……と、そこでハルは気付いた。かのようにではない。ルナの感情が、実際に他者に感染している。狂月――月が導く狂気。染められていないのは、ハルとあと一人だけだ。今回に関しては実害が無いものの、無自覚に周囲の感情を染め上げる威は危険だ。
早めに制御法を教えなければ、などと考えて。ハルは教師気分が抜けていない自分に苦笑した。
悪い気分では、なかった。
ひとしきり皆が魔女を悼んで泣いた後で、目の前の家――考えるまでもなく魔女の家だろう――から、扉が取り払われる。椅子以外で後付けのものはそれだけだ。
次に献花――死者への献花が行われる。捧げているのはおそらく、自身の名前の花だろうと、シグルヴェインから紅姫竜胆を渡されたハルは察する。自分の花まで用意されているとは準備の良いことだと思い……
いつから? という疑問が湧いた。
いったい、何処までが魔女の計画通りなのだろうか、と。
思う内にも葬送の儀式は続き、全員が自身の花を魔女の家に捧げ終わると、最後にシグルヴェインが、魔女の遺髪を積み上げられた花の上にそっと乗せた。
次はどうするのだろうか、とハルが見守る先で、シグルヴェインと入れ替わりに、緑髪のフロルが前に出た。家の傍らに立った彼が、ぱん、と両手を大樹に押し当てる。彼の威で調整されていた……悪く言えば、歪められていた大樹に。
ひとの生活空間として整えられていたものが、本来あるべき形に戻っていく。捧げられた花が、遺髪が、大樹の幹に呑み込まれ、うろは大人が一人、かがめばどうにか入れる程度のサイズに……戻る。
住処であった大樹が、そのまま墓標となるようだ。
献花は誓いなのだろう。心はいつまでも共に在ると誓って、自分自身を捧げるのだ。楽園式のこの葬送を、ハルはとても気に入った。
自分が死んだら、こっそり二輪の花を混ぜてもらおう、と思う。蒼のサルビアと……竜胆に赤は無いから、妥協してピンクで。あの二人なら、この程度の悪戯は許してくれるだろう、と。そんなことを、想った。
アニーの歌声には具体的なイメージがありますが、実際の歌手名を上げるのは自重しておきます。
気になる方はメッセージもらえればお答えしますね。
あとアルモニカは実在する楽器の名前です。「天使の声」の他に「悪魔の楽器」とも呼ばれるそうで、字面だけ見ると矛盾しているように見えますが、実はそうでもないんじゃないか、なんて思ってます。
さて次からは、楽園の住人一人一人にスポットを当てて行こうと思います。
次回「フェイタル・ヴェノム」(仮)
それは毒を制する毒か、それとも致命の猛毒か。




