第59話 譲れぬ想い
騎士団が来る。その日、その事実を、ルビアは父の口から聞かされた。
「……どう、して…………」
思うのは、早すぎる、と。ウィル以外で気付いていたのはルビアくらいだろうが、あれほど派手な精霊術――実際は魔法だが――を打ち上げた以上、遠からず調査隊が派遣されてくるだろうとは思っていた。
その時には、ウィルにはどこかに隠れていてもらい、アルに矢面に立ってもらってごまかす、という計画すら立てていた。アルの色彩であれば、火に関連する大抵のことはできる。もう言い訳はほとんど構築済みで、あとはアルに練習してもらうだけ、というところまでいっていたというのに……
何故、いきなり、騎士団が送られてくる?
「どうも神父様が街に質問状を送ったようだよ。ウチの村に無彩色の怪物が居るのですが、どうしたら良いでしょうか……とね」
「――またっ……!」
言葉を失う、ルビアがこの時感じたものは、怒りというよりも殺意に近かった。けれど。優先順位を間違えたりはしなかった。
こうなってはもう、合わせる顔が無いなどと言ってはいられない。何を措いても、彼を逃がさなければ。
――あのウィルムハルトが怪物として処刑される? 冗談ではない。
騎士が来るというのなら、どうしても戦闘力は必要だ。よりにもよってシディが不在の時に、と思わないでもないが、無いものねだりをしてもしょうがない。まずはアルと合流、可能であれば騎士団が来るよりも先に逃げ出す。自分が足手まといになるならば、二人と一匹で逃げてもらって……
「――父様?」思考を走らせつつ、外へと向かうルビアの行く手を、父が塞いでいた「……どいてください」
なんとなく。父の考えを予想しながらも、ルビアは言った。
「諦めなさい。ヒトではないモノに、想いを寄せるものではない」
予想しながらも、間違いであって欲しいと願った、父の口からは聞きたくないと思った言葉が、出て来てしまった。
「ウィル君は人間です! 怪物なんかじゃない!」
「感情でものを言うのはよしなさい。アレがどのように扱われるモノであるか、知らないわけではないだろう」
――アレとか、モノとか。お願いだから、私の大事なひとをそんなふうに言わないでほしい。でないと、私は、父様を……
「世界がウィル君を怪物だと言うのなら! 間違っているのは世界の方だ!」
「聞き分けなさい!」
ぱん、と乾いた音が響いた。頬を打たれたルビアよりも、手を上げた父の方が驚いた顔をしているのは、何とも滑稽だった。母は目を閉じ、軽くかぶりを振った。
父にぶたれたのは、これが初めてのことだったが。何故だろう、大人の男の力だというのに、深紫菫の時の方が、もっと、ずっと、痛かった。
「……わかりました」
うつむき、父の目は見ずに呟くと、あからさまな安堵の気配を感じた。母がただ、何も言わずに見守ってくれていることを心強く思いながら、ルビアは自室へと向かう。
叩きつけるように扉を閉める、その直前に。横目に父を見て……いや、睨んで、告げるのは。
「――貴方は敵です」
決別の、言葉だ。
まずは扉に鍵をかけ、椅子を摑んで体をひねり、遠心力を乗せて全力で……窓に叩きつけた。さすがにルビアの力では一撃とはいかなかったが、三回繰り返すと窓は壊れた。椅子もいつの間にか脚が一本折れていたが。
窓から外へ出るだけなら、このようなことをする必要はなかったのだが、景気づけというやつだ。正直かなりスカッとした。
部屋の扉が激しくノックされ、動揺した父の声が聞こえるが……知ったことか、とルビアは思った。アレは敵だ。
それでも、最後にもう一度声をかけてしまうのは、簡単に捨てられるものでは無いからか……それとも、もっと完全に決別するためか。
「父様は、そんなに私の命が大事ですか?」
「当たり前だろう!」
予想通りの即答に、ルビアは問いを重ねる。
「私の心よりも?」
再び予想通り、即座に答えは返らなかった。
「私の命を護るために、私の心を殺すというのなら、やはり貴方は私の敵だ。母様の娘が、平手打ち程度で止まると思うな」
ベッドを踏みつけ、窓を乗り越えて、外へと飛び出す。此処へ戻るつもりはもう無かった。独り立ちには少々早いが、ウィルとアルが一緒なら、大抵のことはなんとかなる気がしていた。
――本気で旅芸人でも目指してみようか。
浮かんだ考えに思わず笑みが零れ……教会前の様子に凍り付く。
赤い鎧を纏った、赤い髪の騎士が、七人。いつかウィルが言っていたように、アルの赤の方がずっと綺麗ではあったが、そのアルとはまだ合流できておらず、ウィルは既に騎士に取り囲まれている。
その更に周囲には、村の大人たちがほんの数名。子どもは一人も居ない。
――出遅れた……!
もっと早くにわかっていれば……考えかけたが、そんな場合ではないと、すぐに思考を切り替える。大事なのは今だと、そう、深紫菫にも叱られた。
――考えろ、考えろ、考えろ!
この状況で、何ができる? 戦う、というのは論外。もし仮に戦闘能力があったとしても、戦闘経験皆無の状態で、専門職に挑むなど自殺行為だ。こんなことになるなら、ウィルにそのあたりの資質を教えてもらって、アルに訓練をしてもらっておけば……だから思考が逸れている!
一向に名案が浮かばないせいもあるのだろうが、益体も無い方向に思考がずれる。そもそもルビアの役割は発想ではなく調整で……いや、待て。
そう、発想を変えれば良い。ウィルなら、こんな時どう考えるのか。彼の思考をたどれるなどといううぬぼれはルビアにはなかったが、それでも自分の内にのみ答えを求めるよりは遥かにマシのはずである。
と、曲がりなりにも冷静な思考ができていたのは、そこまでだった。唐突……でも、無いのかもしれないが、ウィルと何やら言い合っていた騎士の一人、まだ少年と呼ぶのが相応しいような者が、ウィルを突き飛ばして剣を抜たのだ。
「僕が浄化してやる!」
という、酷い自己陶酔の言葉に、理性など一瞬で焼き切れていた。
「ふざけるなぁぁぁぁっ!」
思わず口を突いたのは、ひどく乱暴な言葉ではあったが、この場にはそれこそが相応しいと思えた。いきなり叫び声を上げた子ども、つまりはルビアに、一同の視線が集中する。シディかアルがこの場に居れば、この隙を有効に使ったのかもしれないが……もとより、考えがあっての行為ではなかった。
――あの子どもは、あのウィルムハルトに対して何と言った?
「浄化っ? 浄化と言いましたか、今!? そこに居る神父が死なせるところだった人の命を二人も救って、暴走する精獣に襲われようとしていた家族を助けた彼の、いったい何を浄化するつもりなのか教えてもらいたいものですね」
ハッ、と鼻で嗤ったのは、別に挑発でもなんでもなかった。ただ、売り言葉が其処に在ったので、買い言葉を返している、それだけのことだ。
「騎士を侮辱するか、村娘風情が!」
激昂し、剣を振り回す様は、子どものかんしゃくにしか見えない。
「村娘風情に侮辱されるような行いをしておいて、何が騎士ですか。相手が気に入らないから剣で脅すなんて、ただのならず者じゃないですか。騎士なら騎士らしい振る舞いでもしたらどうです?」
「っ黙れぇ!」
「なるほど、剣を突き付けて命令するのが騎士様のやり方ですか。私の知っている元騎士の方とは随分違いますね」
――威圧や暴力で、黙ってなどやるものか。私を黙らせたいのなら、その剣を使えば良い。間違っているのはオマエの方だと叫んで……嘲って死んでやる。
決意を固めて『自称』騎士を睨む、ルビアの言葉はしかし、すぐに止められることになる。
「黙れよ、人間」
立ち上がり、あまりに普段通りの笑顔で言った、ウィルムハルトによって。よりにもよって、彼の言葉によって。
「今問題になっているのは私が何をしたかではない。
私が色彩を持たないこと、それ自体が万人にとって問題だというのだから」
それは。痛々しいまでの正論で。怪物と断じられたその人が、この世界の真理を語る。他ならぬ彼の口からそれを言われてしまっては、ルビアにはそれ以上、言葉を重ねることなどできなかった。
「私は、どうしようもなく怪物で。お前は、どうしようもなく人間だ」
風になびいた髪、その蒼が目に映る。
――あぁ。どうして、私には、色彩が有るのだろう。
どうしようもなく人間側だと言われてしまっては、もう、何も……
サルビア=アメシスト=バラスンは、彼と共に死ぬことすら許されなかった。
そして時は、序章を追い越す。
次回、最終話「幸せな結末。そして……」
その先に、逃れえぬ訣別が待つ。




