第53話 アルマンディンの献花祭
楽しかったのだ、本当に。
生まれながらにして色彩を持ったアルは、この村ではハレモノ扱いだった。積極的に排斥こそされないものの、敢えて近づこうともしない。炎に近づきすぎれば、火傷を負うと知っているかのように。
そんな、消極的な拒絶に囲まれていた少年が出逢ったのは、自分とは真逆で、故にこそ対等たり得る、無彩色の少年――最初は少女だと思ったが――だった。
今にして思えば、それこそが転換点だったのだろう。ハルとの、ウィルムハルトではない、ハルとの出逢いをきっかけに、多くのものが変化した。悪い変化が全くなかったとは言わないが、それでもほとんどのものは、プラス方向への変化だ。
独りであったアルムの日常は、二人になり、そしていつの間にか、三人であることが増えて来ていた。
頭が良すぎてズレたところの多いハルと、頭が良いのに抜けたところのあるルビアと。二人が時折発する無自覚なボケにツッコミを入れる日常が、本当に、本当に楽しかったのだ。
だからいつか、ルビアもハルの秘密を共有することになれば、ずっと三人で居られると、そんなバカなことを想った。それはできないと言った姉の言葉の、本当の意味にも気付かずに。
ハルに献花祭の由来を聞いても、遠い未来の話としか思えなかった。
実感は、ハルにキスするルビアを見て、ようやく訪れた。
『いつまでも三人、ってわけにもいかないよ?』
アレは、こういう意味だったのか。今更ながらに理解するアルと、驚きをたたえたハルの目が合った。少し遅れて、ルビアもアルに気付く。
二人の視線にさらされて、アルは。
「――あ、えっ、と……わ、悪い!」
その場を、逃げ出していた。
そう。逃げたのだ、アルは。「良かったな」とルビアを祝福することもできずに、ぐちゃぐちゃになった心を持て余して……逃げ出した。何かから逃げることなんて、アルにはこれが初めてのことだったが、それでも、其処に留まり続けることはできなかった。
三人では居られない、ならば。
――独りになるのは、誰だ?
翌日、アルは家にこもっていた。
と言っても、それはアルに限ったことではなく、村の全ての者がそうである。
今。村の上空にはひとつの島が浮かんでいた。
空を漂うその島を、人は死神島と呼んでいる。
凶兆の最たるものとされるその島は、多くの死者が出た場所に良く現れることから『死神島』の名で呼ばれているが、普段は不規則に……或いは何らかの法則に従って空を渡っており、何も起こっていない場所に流れ来ることも普通にあって、たまたま今、このタイミングでこの村に現れたという、それだけの話なのだが。
それでも不吉であることに変わりは無く、死神島の下では外を出歩かないというのは暗黙の了解となっていた。戦場跡などでもない限り、数日で通り過ぎるので特に問題は無い。
……問題は、無いのだ。本来ならば。
家にこもって、両親の売り物の本を読んで過ごす。今年はアルも、姉から内容を聞くのではなく、自分で読んでみた。難しい言い回しのものは避けたが。
そして更に翌日。死神島は未だ上空に在った。
紫の日。安息日は、いつもなら、不入の森でハルと会っているはずの日だった。
――問題は、これだ。
ハルとは別に約束をしているわけではない。それに普通に考えれば、空の上に凶兆が在るこの状況で、更に禁域に足を踏み入れようとは思わないだろう。行ったところで居ない確率の方が高い……はずだ。
なのに今行かないと、もうハルには会えなくなるような、そんな強迫観念に突き動かされるように、アルは外に出た。
「アル!? 死神島が来てるのよ!?」慌てて止めようとする姉に、
「ただ浮いてるだけで実害なんてねぇよ! ハルが言ってた!」
叫び返して扉を閉めて、アルは駆け出していた。死神島の影が落ちる、薄暗がりの中へと。
気付いたのだ。普通の考え――これほどアイツに不似合いな言葉も無いと。
本人が聞いたら、不本意だと眉をひそめそうではあったが。
通い慣れた路を行き、不入の森へ入る。
――水音が、聞こえた。
「……何やってんだ、アイツ」
歩調を緩めて、苦笑する。自分のことは完全に棚に上げていた。
「ハル」
初めて見た時、妖精のようだと思った背中に声をかける。自慢の視力も、ここでは精霊が濃すぎて役に立たないのだと、アルも今では知っている。
弾かれたように振り向いたハルの、頬を伝った水滴が、まるで泣いているようだった。
「こんな日まで水浴びかよ」
普段通りの軽口が、口を突いて出た。出て、くれた。一昨日からこの友人との接し方が良くわからなくなっていたアルだが、顔を合わせればいつも通りで、ホッと胸をなでおろす。
「いえ。さすがに今週はやめておこうかと思ったんですが」
ハルのこの返答は予想と違っていたが、
「今日、此処で逢えないと、二度とこの場所でアルとは逢えなくなる気がして」
続く言葉は、アルが思ったのとほとんど同じで、思わず笑ってしまう。
「……オレ、さ。ハルとルビアと、三人で居るのが楽しくてさ。でも姉さんに言われたんだ、いつまでも三人ってわけにはいかない、ってさ」
自身の恥をさらすような告白に、
「……はぁ?」きょとん、と小首を傾げられた。
「――って反応うっすいな、オイ!」
「だって、三人がダメなら二人で居れば良いじゃないですか」
その『二人』が、誰と誰を指すのかは、アルにもすぐわかった。
「……いや、でもお前……」思わず、視線が唇に流れて、
「えっ? まさかアルもしたいんですか?」引き気味に言われた。
「ねぇよ! つかやめろ指先で唇なぞんなこの無駄美人」
「それは良かった。さすがに男同士はちょっと気持ち悪いですから」
「じゃ言うなよ!」
「気持ち悪いですけど、アルがしたいなら我慢できるかな、って」
「オーケーわかったオレにそのケは無ぇ」
何度も早口でまくし立てたせいで、若干呼吸を荒くしながら……完全にいつもの調子が戻っていることに気付いて、アルは声を上げて笑った。
そしてむせてせき込んだ。
ハルに背中をさすられながら、それでも笑いの衝動は収まらなくて、息苦しさにあえぎながらも、腹を抱えて笑い続けた。
いつの間にか、ハルも笑っていた。こちらはアルとは違って、上品……というよりも、女性的な笑い声ではあったが。
「そう言えば、いつだったか此処で、私が女の子だったら良かったのに、なんて言ったことがありましたね」
「あー、そーいや言ってたな、そんなたわごと」
アルが容赦なく斬り捨てると、ハルはクスリと笑った。
「たわごと、でしたねぇ。今は男同士で良かったって思ってますよ」
「そりゃまたなんで?」
「男同士だからこそ、変わらずいられますから」
「……だな。」
いろいろと、経験に無いことが立て続けに起こりすぎて、無駄に混乱していたアルだが。結局のところ、今ハルが言ったことが答えなのだろう。
仮にハルとルビアが恋人同士になったとしても、アルとハルの関係は変わらない。三人で居る時の関わり方が少し変化するだろうが、それだけだ。
と、そこまで考えて。それもハルは変わらないかもしれないと思ってしまい、少しルビアが不憫になるアルだった。
「お前とルビアは少しくらい変わっても良いと思うぞ?」
「さっきと言ってること矛盾してませんか!?」
いつまでも三人では居られない、けれど。
どうやら今暫くは、三人の関係性にも変化は無いらしい。
――キスまでしたルビアは本当に気の毒だとは思うが。
死神と称される浮遊島の下、精霊に愛されているらしい少年と、精霊に見捨てられたらしい少年は、楽し気な笑い声を響かせ続けていた。
めでたしめでたし。(ルビアは除く)
さて、次でいよいよ終わりが始まります。ゆーて一章の、ですけども。
次回「いらずの森」ご期待ください。




