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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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閑話 わがまま

 変わり者、もしくは狂人と別れ、家に帰ると父が食事の支度をしていた。


「ただいま、父さん」

「はい、お帰りなさい。もうすぐできますから、少し待っていてくださいね」


 思わず謝りそうになった私は、どうにか「はい」とだけ返した。

 私が肉も魚も食べられない偏食なので、我が家の献立はいつも野菜だけを用いた料理だ。食事の度に父に迷惑をかけていることを再認識するが、私が謝ると父はかえって悲しそうな顔になるので、謝罪はなるべく呑み込むようにしていた。


「おや?」

 肩越しに私を一瞥いちべつした父が左の眉をぴくりと動かす。

「なんだか嬉しそうですね。何か良いことでもありましたか?」


 問いに対する私の答えは、いささか歯切れの悪いものとなった。


「――良いこと、なのでしょうか? 森で変わった人にいました」


「――見られた、のですか?」


 すっ、と。父の声から温度が失われたのがわかった。

 何を、と問い返すことはしない。父の様子を恐れたわけでなく、私たち親子にとってそれは言うまでもないことだからだ。森というのが不入の森で、見られたというのが本来の髪色だということは。


 付け加えるのなら、父は見た相手にも思い至っていることだろう。

 私たち以外であの森に立ち入ることができるとしたら、それは彼以外にはいないであろうから。


「見られはしましたが、言葉の通じる相手が怪物なものかと叱られました」


「なるほど。それは確かに変わり者だ」

 笑みを含んだ声とともに、僅かに肩が竦められる。

「友達に、なれそうですか?」


 そう、なれると良いけれど。


「どうでしょう。言うならば人喰い龍と人ですから、私と彼は」

 お気に入りの物語の言葉を引用すれば、

「では、頑張って世界を騙さないといけませんね」

 父がそれに合わせてくれて、二人で少しだけ笑った。


「えぇと、それで、ですね、父さん」


 言いにくさに体を小さくする私に、父は「はい」とだけ答える。


「明日も、逢う約束をしまして……」


 どうしても言葉は重くなる。

 不入の森はあらゆるけがれを拒絶する。それはつまり、


「あぁ、それなら追加の髪染めが必要ですね」


 ――そういう、ことではあるのだが。


「でも、あれを手に入れるのは大変だって……」


 また、迷惑をかけてしまうのに。


「君が久しぶりに言ってくれたわがままです。多少の苦労なんて、なんでもないですよ」

 スープ鍋をテーブルに運びながら父が言う。その口許に、笑みさえ浮かべて。

「子どもなんですから、君はもう少しわがままで良いんですよ?」


「父さんは私に甘すぎます」

 こんな色に生まれついてしまったのに、という言葉は呑み込んだ。それは両親に対する不満とも取れてしまう言葉だったから。


「良いんですよ」

 そう言って、父は私のみぞおちあたりに手を伸ばす。薄手のシャツの下には、細い鎖で吊るされた小さな指輪がある。紅姫竜胆べにひめりんどう意匠いしょうされ、黒曜石こくようせき象嵌ぞうがんされたそれは、亡くなった母の結婚指輪らしい。

「私の甘さこれは、二人分なんですから」

短いですが、とりあえず今日はここまで。

若干引っ張りすぎてる感があるので、次でいろいろ明らかにします。

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