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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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第42話 死神島考察

 次の授業は死神島についてを予定している。

 お茶とタルトを平げて――ちなみにタルトのおかわりはハルが、お茶の方はハルに加えてアル、ルビアがもらった――そう言ったハルに対して、ルビアはハルと同じことを言ったのだった。つまり、実利も実害も無いのに? と。

 まぁ、研究書を読んだことがあるのなら、ハルと同じ結論に至ったとしても不思議ではない。このルビアが自分の家にある本を読んだことがないとは、アルは全く考えなかった。仮に今まで読まずにいた本があったとしても、ハルに貸したり、貸す予定が立っていたりする以上、あの誕生日以降に絶対に読んだはずだ――というアルの予想は大きく外れてはいない。

 実際のところ未読処理は誕生日を迎える前から始まっていて、誕生日前日には一度読んだきりだった『人喰い龍と嘘つきハーリー』を読み返したりしていたのだが、さすがにそこまでは心を読めないアルにはわからないことだ。


 その後授業でどのように話を進めるのかを相談した結果、


「今日は死神島についての噂、巷説の真偽について話をしようと思います」


 この一言で始めることが決まっていた。

 この村で広く知られていることの真偽が疑われると、最初に言っておいた方が良いだろうというのはハルの案であり、それなら『皆が知っていること』と言うよりも『噂』といったような表現を使った方が良いのではないか、と提案したのがルビアである。アルは……なるほどいかにもその通り、と頷いて同意をした。考えるのは担当外だ。


 今月に入ってから場所を移した、教会の礼拝堂内にはざわめきが広がったものの、二人の計算通り取り乱すところまで行っている者は居ない。ルビアはほっと胸をなでおろしていたが、アルは最初から心配などしていなかった。


 ハルとルビアが考えたことに、間違いなどあるはずがない。


「――真偽、って……嘘があるってこと?」

 眉をひそめて言ったのは、ついこの間深紫菫しんしせいとハルに名付けられ、以来積極的に授業に参加するようになっているヴィオラだ。元々のあだ名はヴィラ、だっただろうか……と、アルは記憶を探ったが、すぐにどうでもいいことだと思い直す。本人が深紫菫という呼び名を気に入ったのだから、前の呼ばれ方をすることはもうないだろう、と。


「嘘、とまで言うと少し語弊があるかもしれません。けれど、事実を想像で膨らませた部分が多分にあるのは事実ですね。そのあたりの話をしようと思っています」


 まずは死神島について、皆が知っていることを訊くことから始める。ハルが最初に指名したのはマーガレットで、これもルビアの提案によるものだ。滄翡翠やルビアだとそこそこ知識があるので、紅蓮の時のように当たり前だと思って説明に漏れが出る可能性があるというのは、なるほど納得できるものだった。


「えっと……悪い子は連れて行かれちゃう……?」


 この10歳の女の子のことも、ハルは教室このばでは最初フルネームで呼んでいたのだが、蒼緋衣や深紫菫などの呼び名が流行り出して以降はマーガレットとのみ呼んでいる。同じファーストネームの者が皆ハルの呼び名を望んだので、フルネームでなくても区別がつくようになったからだ。


「小さな子を叱る時の常套句のようですね。では『連れて行かれる』という話がどこから出て来たのか、誰かわかりますか?」


 問いかけて、ハルは礼拝堂内を視回した。病魔の一件で実は目が見えるのだと知られてからも、彼の目は閉じられていることの方が多い。ハルがはっきりと言葉にした以上、見えすぎて疲れる、というのは本当のことだろう。そして目を閉じたままでも何ら問題がないということは、ここで教師役を続けた半年ほどで既に実証済みである。

 教え子が誰一人反応しないのを悟ったハルは、左目だけを開けてルビアを見ると、どうぞ、と促すように小首を傾げてみせた。


「えぇと……死神島は精霊を集めるから、でしょうか?」


 このややこしい性格の少年は、果たして気付いているのだろうか。最近は不入いらずの森以外でも目を開けることがたまにあるが、その視線が向けられるのは、アルを除けばルビアくらいだということに。


「もう一つあります。滄翡翠は、何かわかりませんか?」

「えっと…………大きな戦いがあった場所なんかに、良く現れる、から……?」


 ルビアの倍くらいの時間をかけて出した答えに、ハルは頷いて言う。

「空に浮かぶその島について、明確にわかっていることは、実はその二つだけなんですよね。精霊を集めることと、多くの死者が出た場所に良く現れること。

 死神島、という名前はそれらが理由でつけられたものです。死者の魂を回収しに来ている、とでも考えられたのでしょうね。実際のところはどうだかわかりませんが、凶兆とされるに至りました。そこから派生して、子どもを叱る時の決まり文句になったわけです。『チャンライライ』みたいなものですね」


「――チャンライライ?」

 ルビアが小首を傾げたということは、それはハル以外誰も知らないということだ。あー、と気まずげに頬をかいて、先生が言い訳をする。


「古い戦記に出て来る言葉です。怖いひとが来るぞ、という意味ですね。なんでもこれを言うと泣いてる子も泣き止んだんだとか……」

「どんだけ怖いんだよチャンなんとか……」

 呆れ交じりにアルが言えば、とても強い将軍だったそうですよ、との答えが返る。こいつはなんでも知っているな、とアルが感心するべきが呆れるべきか悩んでいると、


「チャン将軍の話はいておくとして。つまり死神島は縁起が悪いだけで実害は無い、ということですか?」

 ルビアが逸れた話の軌道を修正した。こいつとハルも良いコンビだよな、とアルは少し笑ってしまう。語尾が疑問形だったのは、ハルに話の続きを促すためだろう。実害がないことなんて、ルビアは最初から知っていたのだから。


「精霊を集める、と言っても枯渇させるほどではなく、多くの死者が出た場所に現れる、と言っても誰かを殺すわけではないですから。地域によっては勇敢な戦士が招かれる神の住まう地だとされて、信仰の対象にすらなっているそうですよ」

「そんなこともあるんですね……」

 ルビアの呟きに、今度のはマジだな、と思うアルだった。


「北方の、闘争を最も尊いとする、海賊たちの国ですね。空に浮かぶあの島は『戦士の楽園ヴァルハラ』そこへ招かれた者を『死を喪くした英雄エインヘリヤル』といって、昼は戦いに興じ、日暮れとともに甦るのを繰り返し、最後の戦いに備えているのだそうですよ」


「……それって…………」ちらり、と視線を向けて来たルビアと目が合い、

「――お前の親父さん、呼ばれそうだよな」アルは後半を引き継いだ。


「いや、それはないんじゃないですか?」

 意外な即答に、二人して目を瞬いていると、

「だって父さんにとって戦闘行為は手段でしかないですから。聖なる戦いとかいうものから、あれほど遠いひともいないですよ」

 とてもとても納得できる答えが返って来た。アルはルビアと二人、乾いた笑いを上げることしかできない。


「最後の戦い、って何だろ?」

 首を傾げてアンバーが言った。確かに、それも気になるところだ。


「さて。あちらの神話では、神と魔の最終決戦だそうですが……この辺りで『魔』といえば、やっぱり『無彩色の怪物』でしょうか」


 ――ちっとも笑えないことを、綺麗な笑顔で言うところは、出逢った頃から少しも変わっていない。けれど。


 アルやルビアとの関係性が多少なりと変化したように、ゆっくりでも、時間が経てばこれからもっと変わっていくだろうと、アルは無邪気に信じていた。

浮遊大陸とか天空城とかって、浪漫の塊ですよね。この世界のそれには物騒な名前がついてますが。

「張来来」がわかった人とは良い酒が呑める気がします。「泣く子も黙る」の元ネタだとも聞いたことがあるんですが、そのへんはどうなんでしょうね。

次の語り手はまさかの深紫菫! またちょっと大きな事件が起きます。

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