第37話 勝ち取ったもの
再誕祭を迎えた者は大人として扱われ、普通は何らかの仕事を与えられるものなのだが、まともに火を扱えない赤であったサリィは、はっきり言って持て余されていた。精霊術がほぼ使えない彼女にできるのは、簡単な肉体労働くらいだった。
――そう。だった、と。それは今や過去形で語られるものとなった。
精霊術教室の子どもたちが……子どもたちだけで、ウィルムハルトの指示の下、厄介な病魔を祓ったことは既に村中が知るところであり、治癒術師としてその中核を成したサリィは、今後村の霊術医として活動していくために、当面はウィルの精霊術教室で更に学ぶことが確定している。
これは病魔祓いの指揮を執ったウィルが、サリィとアルだけは一方でも欠けていたら成す術が無かったとまで明言してくれたおかげでもあった。あの場に居た者たちで、彼の言葉を疑う者などは無く、晴れてサリィは霊術医の道を歩むこととなった。実際に怪我人や病人が出た時に、ウィルと神父の立ち合いの下、実地で治癒術を学んでいく形だ。
あの神父が一体何の役に立つのか、というのがサリィも含めた子どもたちほぼ全員の意見ではあったが、あの場を見ていない大人にとってウィルは未だ色彩を持たない子どもでしかないので、建前上の形式は整えておいた方が良いとのことだ。
薬草の知識だけでいうなら、神父は充分一人前だ、ともウィルは言ったのだが……果たしてこれをまともに取り合った者がどれほど居たことか。それほどまでに、子どもたちの神父に対する評価は地に落ちている。
ちなみに『神父』がしでかしたことは伏せられている。仮にも村の中心人物が、不信感を抱かれるのはよろしくない……と、これを言ったのがもし『先生』でなければ誰も受け入れはしなかっただろう。絶望的な状況を覆した――本人は皆の功績だと言って譲らないが――ウィルがそう言うならと、納得はできないまでも皆指示には従っている。
大事件だったので、村中に周知させるために、精霊術教室はもう一日休みを挟んでの再開となる。
その周知を担当したのは神父その人で、「自分のしでかしたことの後始末くらい、自分でしてくださいね」と、とても良い笑顔でウィルが押し付けた結果だった。事実を必要以上にねじまげられることを危惧する者も勿論居たが、
「バカなことを言ったら、今度こそ指でも斬り落とすので安心してください」
と、シディがちっとも安心できないことを言ったことで、これに関しては納得して任せることとなった。
予期せず増えたお休みの日、サリィはルビアに呼び出されて、いろいろ問い詰められたのだが、サリィがウィルを大絶賛すると、何故か誇らしげで、それでいて不安そうな表情を見せるルビアは、サリィを大いに楽しませた。
いや、コンプレックスですらあった赤髪の意味を、真逆に反転させてくれたウィルには感謝しているし、尊敬もしているのだが……からかいがいが無い、というのはサリィにとっては致命的だった。やり返してくるのならまだしも、さらりと流されるのは、なんともつまらない。その点、蒼翡翠などは実に良い反応を返してくれるので、あの日以来サリィのお気に入りだった。
そのあたりのことは黙っておいた方が面白そうなので、ルビアには何も言っていないのだが。というか、そういう意味でのお気に入り、というのであれば、ルビアもそうだったりするのだ。本当は応援しているので許してほしい、とサリィは心の中だけで友人に告げておいた。
そしてようやく精霊術教室が再会するその日、授業内容は約束通り『二重彩色』と『病魔』についてなのだが……後者の病魔については、大人たちも正しい知識を共有しておいた方が良いとのことで、今日は村中の人間が教会前の広場に集まっていた。祭りの時とはまた違う、一種異様な雰囲気ではあったが、子どもたちは萎縮した様子も無く、気軽に挨拶を交わしている。
「あぁ、ウォルフィ。おとといのアレを見逃すなんて、惜しいことしたね」
「ヴィラもな。そこそこ大変だったけど、こないだの祭りより盛り上がったぜ?」
フォエミナと緑翡翠が治療に不参加だった二人に軽い調子で声をかけていた。事情は既に耳に入っていたのだろう、教室のメンバーでは二人だけの例外として身の置き場に困っていた様子のウォルフィとヴィラは、その態度に救われた様子で胸をなでおろす。
アルの切実な訴えを無視した形になる二人には、かなり厳しい意見も出たものだが、この村では誰も使えなかった風の便りで呼ばれた者は、アルとそれなりに親しい者以外は来てくれた者も半信半疑だったのに加え、そもそもが無理な頼み事だったと『先生』が言うので、二人が気を利かせたのだろう。
水色熊の一件以降、フォエミナはほぼ無条件にウィルとアルの味方だし、緑翡翠は非協力的だった二人にかつての自分を重ねているのかもしれない。
ちなみにあの日ウィルが用いた呼称を何人かは気に入ってそのまま使っている。緑翡翠と蒼翡翠がその代表であり、特にジェイと言う呼ばれ方が嫌いだったらしい蒼翡翠はこの呼称を喜んだ。サリィやルビアのように、元の呼び名が気に入っていた者はわざわざ変えてはいない。
全員が揃ったのを視て取って――今のところ両目はまた閉じられている――サリィたちの先生が病魔に関する説明を始めた。基本的なところは、一昨日彼が語った通りだ。極めて力弱い魔霊で、心が弱ってでもいなければ憑かれることはないのだが、一度憑かれてしまうと厄介で、同化と言って良いほど強く結びつくので、単純な治癒術をかけると病魔にまで力を与えてしまう。
強化された病魔は確実に死を招くので、病人に治癒術を用いる時には細心の注意を払う必要がある、と。そこで一度言葉を切ったのは、ここから先が新しい内容になるからか。
はい、と手を挙げたのは……やはりと言うべきか、ルビアだった。
「はい、サルビア=アメシスト=……」フルネーム呼びに戻したらしいウィルを、
「はい。蒼緋衣です」ルビアはそれはもう素敵な笑顔で遮ったのだった。
ウィルの笑顔が目に見えて凍り付いていた。それはサリィには引き出せなかった類の反応で、場違いに感心してしまう。やるなぁ、ルビア。
意中の人が付けたあだ名を、あのルビアが使おうとしないというのは、正直サリィには意外だったのだが、こういうことか、と納得する。つまりは、特別な人にだけ、特別な呼ばれ方をしたい、と。
そんなルビアをサリィなどは微笑ましい気持ちで見ていたのだが。
「えっ、と……あ、れ? あの、時……?」
ウィルの顔が引きつるのを、サリィは初めて見た。どうやら、皆をあんなふうに呼んでいたことに、本人は気付いていなかったらしい。
「蒼緋衣ですよ?」
にっこり笑って小首を傾げ、容赦なく追撃をかけるルビア。
ウィルは、なんとあのウィルが、頭を抱えてうずくまった。うわぁ、と漏れ聞こえる声は、羞恥のそれだろうか。顔が見えないので正確なところはわからない。
随分大げさな反応だな、と首をひねりかけ、サリィは思い出した。以前ウィルは、ルビアに勝手に『ハル』と呼ばれて怒って……というかキレていたことを。
「あの……ごめんなさい。非常時だったので赦してください。もう言わないんで」
美人、と称したのはアルだったか。とんでもない美人が涙目で見上げてくるのは相当な破壊力だ。顔を赤くして目を逸らしているのは、むしろ男の子の方が多かったかもしれない。
……というか、目の色は隠さなくて良いのだろうか?
「謝らなくて良いよ。蒼翡翠、って気に入ったし」
「オレの緑翡翠も気に入ったからもう使ってるぞ?」
二人の翡翠が更に言う。どちらも本心ではあるのだろうが、緑翡翠の方には若干嫌がらせの意図もあったかもしれない。
「えっと……ごめんなさい、ホント勘弁してください」
ウィルはとうとう顔も上げられなくなってしまう。
「本人が気に入ってるなら良いじゃないですか。なので私のことは蒼緋衣と。ルビア、でも良いですよ? 好きな方でどうぞ」
「……蒼緋衣……さん。」
真っ赤な顔で視線だけを上げるが、ルビアは容赦なかった。
「一昨日は『さん』なんてついてませんでしたよね?」
「……蒼緋衣」
「はい。これからはそれでお願いしますね?」
「あのさ。いつまでもイチャイチャしてないで、授業進めてくれない?」
呆れた口調でフォエミナが言い、さすがにルビアも赤面するのだった。
二人のサルビアがそれぞれ勝ち取ったものでした。
長くなったので一旦切ります。次は授業の続きです。 サブタイはまだ未定。




