第36話 オリジナル・フレイム
次に到着したのはジェイ……いや、青翡翠かな? とルビアはウィルの呼称を予想するが、これは惜しくも外れだった。
「良く来てくれました、滄翡翠。流水の色彩の貴方が居ないと、緋衣草の負担が大きすぎるところでした」
蒼翡翠、と呼ばれた青髪の少年は、とっさに言葉が出ない様子だった。きっとそれは、息が上がっているせいばかりではないだろう。同じ驚きを、つい先ほどルビアも経験しているからわかる。
目が見えないものと思われていたウィルの両目が開かれていて、とても綺麗な金無垢の輝きを露わにしているのだ。それはもう、『金無垢』という言葉は、この色彩をこそ指すのだと思えるような、穢れの無い、無垢な色彩であった。
そういえば、とルビアは思い出す。ウィルが言っていた言葉――ずっと目が『見えないわけではない』との発言を。今現在、目が見えないなどとは一言も言っていなかったということを。まるで言葉遊びだが、なるほど嘘はついていない。
「滄翡翠、貴方の色彩は流水、流れる水の色彩です。血流を維持している緋衣草の術と相性が良い。術の制御は彼女に任せて、霊力面での補佐をお願いします。具体的には……そうですね、手を握るのが一番やりやすいかな?」
ウィルに言われ、蒼翡翠が恐る恐る、といった感じで手を伸ばし、指先だけでサリィの手に触れた。女の子慣れしていないんだな、と一つ年上の少年をほほえましく見ていると、サリィの方がその手をきゅっと握った。蒼翡翠は耳まで赤くしてわたわたしている。
――あー。完全に面白がってますね、アレ。
おっとりしているように見えて、あれで他人をからかうのが大好きな友人のことを思い、ルビアは蒼翡翠に同情した。同情だけで何もしないのがルビアなのだが。
「ありがと。ちょっと楽になったよー」ふぅ、と一息つくサリィ。
「琥珀もそうでしたが、貴女にも無理をさせてしまいますね」
「んーん、確かにしんどいはしんどいけど、すっごくやりがいがあるよ。今まで知らなかった。これが精霊術を使う、ってことなんだね。だから、むしろありがと。わたしにできること――わたしにしかできないことを教えてくれて」
ウィルの謝罪に、サリィは誇らしげな笑みで応えた。そのやり取りがやけに親密に見えて、ルビアの心がざわつくが、今はそんな場合ではないと自分に言い聞かせる。今は……
――うん。後で問い詰めよう。
「では、残り4人が揃うまでそのままでお願いします」
ウィルの言葉で、ルビアは現実に引き戻された。けれど。
「――4人、ですか? 8人ではなく?」
あの風の便り、教室のメンバー全員に当てたものかと思ったのだが、違うのだろうか? と、ルビアは首を傾げる。
「琥珀と木春菊の二人は一仕事終えてアルの部屋で休んでいます。深紫菫と赤狼石の二人は風の便りを本気にしなかったようで、此処に来る気配はありません。
風には色が無い、なんて教えられていたようですから、仕方ないですね」
アンバーとウォルフィはすぐにわかったが、残り二人はルビアにもわからない。此処に来ない、ということから、片方はアルに対して否定的なヴィラだろうか、と想像するくらいだ。
「アタシらが呼んで来ようか?」
フォエミナが言い、その隣でジェディが頷く。
「いえ、どうしても必要な人は直接呼びに行ってもらいましたから、大丈夫ですよ。滄翡翠と蒼緋衣なら、風の便りでも駆けつけてくれると思っていましたし。それ以上は居れば居ただけ助かりますが、必須ではありません。今はむしろ、時間の方が惜しいです」
フォエミナはともかく、ジェディがおとなしくウィルの指示に従っているのがルビアには違和感だったが。
「水菫、貴女は緋衣草に治癒を」「黄水晶、貴方の色彩は陽の光です。菫の体温が少し下がっているので、暖めてもらえますか?」「緑狼石、少し空気が澱んでいるので、植物の力で浄化をお願いします」「砂金石、大地の色彩である貴方は蒼緋衣と協力して、この場に護りを」
ヴィヴィ、シトリン、ウォルフ、アヴィと、半信半疑ながら集まってくれた4人に、ウィルが次々に指示を出す……のを、ルビアはそれとなく翻訳していった。おそらく、というか間違いなく、ウィルは彼らを独特の略称で呼んでいることに気付いていない。それだけ友人の姉を救うのに必死なのだろう。
そして。病魔との闘いは最終局面を迎える。
「蒼緋衣、砂金石、場の聖別を。あらゆる悪意、いかなる害意をも跳ね退ける、護りと浄化の場を此処に」
すごい、とルビアは改めて思う。ウィルの言葉に従うと、色彩の想起が驚くほどスムーズだ。まるで湧き水のように心の奥深くから、行使するべき威のイメージが溢れる。
「緑翡翠、山法師、準備を」
緑翡翠、と名付けられたらしいジェディと、フォエミナがいつでも治癒術が行使できるように身構える。
「さて、アルの出番ですよ」
呼びかけに無言で頷いて。前に出るアルは、いつになく緊張している様子だった。それも無理は無いだろう。自身の攻撃術の成否に、最愛の姉の命が懸かっているのだから。これで落ち着いている方が正気を疑う。
「アル、聖炎騎士団というのを知っていますか?」
「――? あ、あぁ、名前くらいは……」
いきなりな問いに、アルは戸惑いがちに答える。
「聖なる炎、浄化の炎などと嘯いている彼らを、私は以前に見かけたことがあります。そしてその誰よりもアル、君の炎は綺麗だ。炎が聖なるもので、浄化をつかさどると云うのなら、アル、お前にそれを使えないわけがない。
当たり前にできることを、当たり前にこなせば良い。難しいことは何もないよ」
頷くアルは、今回も無言ではあったが、その顔つきはまるで違っていた。余計な力が抜けて、ただ真摯にことに臨む、まさしく男の表情だ。
ベッドの脇、サリィの逆側にアルは立ち、彼女が触れている場所、心臓の辺りに手をかざすと、ゆっくりとその両目を閉じた。いつもは目を閉じているウィルの前で、二人の教え子が目を閉じている様子が、少しだけ可笑しく思えた。
「炎は荒々しく、猛々しいだけではない。神々しく、穢れを祓う威という面も持つ。それは誰も見たことのない、概念としての炎。けれど確かに、炎と云うモノが内包する威。ならば、アルに使えない道理があるものか。火、炎、焔、熾。総てはお前の内に在る威なのだから。
悪意、敵意、害意。魔霊が内に抱くそれは黒く昏い、重い思いだ。穢れ、澱み、渦を巻く昏黒を、身内に宿した熾紅で焼き祓え」
目を閉じ、内なる自分と向き合うアルを、ウィルの言葉が力強く導く。かざされていた掌も、まるで見えざる手に引かれるように、胸元から腹部へと移動する。其処に病魔が居るのであろうことが、何故かルビアには確信できた。
「その熾紅の銘は、もう知っているだろう?」
ウィルムハルト=ブラウニングの、透明感のある笑顔を受けて、アルマンディン=グレンは己が魂に刻まれた銘を告げる。
『熾紅』
自らが聖別した場に、烈火の熱が満ちるのをルビアは感じていた。それはとんでもない高温であるはずなのに、暖かいと感じさせる不思議な炎だった。そして、それは……
「――綺麗……」
呟いたのは、果たして誰であったか。いや、誰であったとしても、それを目にした以上は、誰もが同じ想いを抱いたであろう。
――なるほど、あのウィルムハルトが一番綺麗だと断言するわけだ。
力強く、神々しい。けれど畏怖は与えても、恐怖には繋がらない神の熾。きっとこれは、この世界で最も美しい火の色だ。
実際の時間としては、ほんの一瞬でその聖火は消えて、アルが姉に覆いかぶさるように倒れた。ルビアをはじめ多くの者は驚いたが、「緑翡翠、山法師」と、冷静に声をかけるウィルの態度に落ち着きを取り戻す。
「緋衣草は術を解いてください。お疲れ様でした」
当初の予定通り、治癒術の行使を二人が始めると、ウィルはサリィに声をかける。彼女は少しふらつきはしたものの、アルのように倒れたりはしなかった。慌てて支えようとした蒼翡翠が、上げかけた手をごまかすように後ろに回していた。
「父さん、アルを森にお願いします」
「お願いされました」
おどけるように言ったシディがナイフを下げると――そういえば何故神父の口にナイフを突っ込んでいたのだろう? どうでもいいのでスルーしていたが――どこからか音が聞こえた。かっ、と馬が蹄を鳴らす音が。シディとアルの姿が消えたことを考えるまでも無く、絶影だろう。
「……ウィル君?」
彼の言動から、解決したのだろうと想像はつくが、決定的な言葉を欲して視線を向けると、察してウィルは頷いた。
「私たちの勝ちです」
指揮官の勝利宣言に、大歓声が上がった。
拳を突き上げる者、肩を叩き合う者、ハイタッチを交わす者に、感極まって抱擁を交わす者など、先だっての再誕祭など比ではないくらいの大騒ぎだ。
あ。サリィに抱き着かれた蒼翡翠が固まってる。
隣の部屋で休んでいたというアンバーとマーガレットも合流し、勝ったと聞かされた10歳児二人も抱き合って喜ぶ。
さすがに抱きつかれてはいないものの、男の子連中にばしんばしんと肩やら背中やらを叩かれて絶賛されているウィルと目があったルビアは、静かに彼と笑顔を交換する。言葉を介さないやりとりは、とても心地良いものだった。
「なんだよ、お前目ぇ見えたのかよ?」シトリンの無遠慮な問いに、
「見えすぎるのでいつもは閉じています。今回は総てを見通す必要があったので目を開けましたが……正直、疲れました」
答えてウィルは再び目を閉じる。
「でも、髪の色と随分色合いが違いませんか?」これを訊いたのはルビアだ。
「あー……二重彩色、なんですよ、一応。肝心の髪がこのありさまで、眼の方も視ること以外に能が無いので、あまり意味がありませんけどね」
「いや、そこまで突き抜けた眼の良さは、充分以上にすごいと思うんですが……」
ルビアは苦笑する。
「はい、先生!」と、手を挙げたのはマーガレットだ。
「先生、一回限定じゃなかったんですね……」
いつもと変わらぬ笑顔が、ルビアにはなぜか困っているように見えた。
「でゅある、って何?」こてりと首を傾げて見上げるのに、
「……次の授業で説明しましょうか。此処に居ない人もいますし」
ですね、とルビアが同意すると、「はーい」と、マーガレットも納得した。
「なら病魔についても詳しく知りたいかなー。わたしにも、もっとできることがあるかもしれないし」
治癒術の才を見出されたサリィが重ねて言う。
「そうですね。現時点でも貴女の治癒術の才は、この村では飛び抜けています。宝石の原石を磨かないのは、あまりにもったいないですよね?」
「うんっ。わたしのこと、キレイに磨いてね、ウィル君?」
――なんでしょう、この含みのある言い方は。
ルビアは後日の尋問を固く胸に誓った。
「って、私ですか……」
その笑顔を見て、なんかめんどくさそう、と思える程度には、ルビアも彼の表情が読み取れるようになっていた。
「他にできる人、居る?」
ちらり、とサリィが視線を流した先には、今まで誰も見向きもしなかった、部屋の片隅で悄然とうなだれている神父が居た。まぁ、しでかしたことを考えれば当然の扱いと言えるだろう。
「私、ですね。赤い色を火しか知らない人に任せるには惜しい宝石だ」
それは二重の意味で珍しい発言だった。彼がここまで露骨に辛辣な言葉を発することも、同様に称賛の言葉を発することも。ルビアが知る限り、ウィルが宝石とまで言うような才能の持ち主はアルだけだったのだが。
「よろしく、センセ?」
「貴女までそれですか……」
と、騒がしくし過ぎたのか、眠っていたヴィオラが目を覚ました。
困惑し、事情を問うヴィオラに、代表して同い年のサリィが説明しようとするが……それを遮って、ウィルが言った。
「詳しくはアルから聴いてください。大活躍だったわけですし、自慢話くらいは本人にさせてあげましょう」
それを聞いた一同がどっと笑って同意する。
ルビアの想像した通り、無意識に出てしまっていたらしいウィルの皆の呼称が、これ以降精霊術教室で流行することになるのだが……それはまた、別の話だ。
秘密(髪の色とは言っていない)
大きく変化する関係(悪い方にとは言っていない)
まんまと騙されてくれた方も多いのではないかと期待(悪趣味)
実は33話の時点から、ハル君の描写に「視線」「目を~」といったものが使われ始めています。あと、今までは「視る」だったのが「見る」に換わっていたり。表現としては普通のものなので、流してた人が多いんじゃないかなー、と。てか、それ以前にもミスって使っちゃってる可能性も否定できない。見つけたらぜひ教えてください(他力本願)
ウォルフェイト=狼石は創作です。調べても和名が判明しない石に関しては、今後も適当にでっちあげると思うので、ご了承ください。電気石とかも、世界観にそぐわないですしねー。焦電石、とでもした方がそれっぽい?
あと『蒼翡翠』はミスではありません。ルビアちゃんも頭は良い方なのですが、ハル君ほどの語彙はないので、『滄』の文字は知りませんでした。こっちはリアルでも蒼ほど一般的では無いですしね。
次はたぶん閑話を挟むことになるかと思います。「音の無い剣戟」(仮)です。




