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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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第32話 バカげた騒ぎの顛末

 これ・・をこの村では『話し合い』と呼ぶらしい。

 教会の礼拝堂で、呼ばれたので一応参加したシディ=ブラウニングは、はたからは普通の笑顔に見えるらしい嘲笑を浮かべていた。

 水色熊の一件があったので、彼の息子の有用性を認めている者も一定数はいるのだが、ヒステリーを起こした女を宥めきれずにいた。厄介なのは、そのヒステリー女に賛同する者も少なからずいる、ということだ。


 アレは死ななければ治らない類のモノだ。既に聞く気など皆無であったが、聞き流すには耳につく(憑く?)不快な高音に精神を汚染されながら、シディは思う。娘が無知故に負傷したというのに、母は知識を得る機会を自らの手で潰そうというのだ。

 血を以ってすら学ぶことができないのならば、死を以って学ぶしかない。得ることができた知識を得られなかったせいで、娘が命を落としたとしたら、アレは今度は誰の所為にするつもりだろうか。

 少なくとも、自分以外の誰かなのだろう。


 本当に、もう。


 ――死んで治る可能性があるのなら、さっさと死ねばいいのに。


 この村はハズレだろうか。息子が交友関係を広げられればと、精霊術教室あのばしょを用意したのはシディだが、アレの意見が通るようなら、時間の無駄でしかなかったということだ。

 と、そこまで考えて、思い出す。アルと、ルビアの存在を。特にアルは、ウィルの本来の色を知った上での友人だ。それを思えば、他がこんなでもバランスは取れているのかもしれない。


 女のヒステリーはまだ続いている。なんとかして宥めようとしていた者達も、もはや大半が諦めムードだし、賛同していた者達は逆に若干ヒいている。


 ――もういっそ、本当に殺してしまおうか。


 笑顔は一切崩さずに、最果ての黒エッジと呼ばれた男は思う。人殺しは得意だ。手ごろなサイズにバラして、森にでも撒いてしまえば、後は獣が処理してくれるだろう。殺すところを見られる可能性? 絶影が居ればお手軽簡単に完全犯罪だ。

 まぁ、やれる・・・という事実を知られてしまっている時点で、もう実行に移すわけにはいかないのだが。絶影の転移能力を見せたのは失敗だったか……いや。


 ――だからこそ、息子はそのカードを切ったのか。


 人の死をいとっているのか、父を暗殺者にしたくないのか、理由まではシディにもわからない。けれどあの水色熊の時、わざわざ絶影の転移能力を見せたということは、そういうことなのだろう。普通の馬のふりで、引きずって来させても良かったのだから。息子が望まないことをやろうなどと、シディは微塵も思わない。


 もっとも、この『話し合い』とやらに参加して、この村は無用のものだと判断したが。積極的に害を成すつもりは無くなったものの、必要とあらば……いや、特に必要が無くとも、機会さえあれば切り捨てるだろうな、とシディは自らを分析する。護る価値があるのはアルとルビア、おまけでその家族くらいだろうか。


 そんなとりとめもない思考を断ち切ったのは、教会の扉が開かれる音だった。教会の門は全ての者に開かれている、という建前のもと、扉に鍵が取り付けられていないのは、どこの教会でも同じだ。ちなみに彼らが言う全ての者に、色彩を持たない者は含まれない。

 全員の視線が集中する先にいたのは、解散させられたはずの子どもたちだった。先頭に居るのは、右手に包帯を巻いた幼い少女だ。


「マーガレット! あなた、帰っていなさいって言ったでしょう!?」

 その女の言葉がまともに聞き取れたことに、シディは驚く。なんだ、ちゃんと人間の言葉が喋れたのか、と。


「――わたしのせいなの……」ぎゅっ、と両手を握りしめて、少女が言う。

「は? あなた何を言って、」

「わたしのせいなの! わたしが勝手に触って火傷したの! 悪いのは全部わたしなの! だから、だから……大好きな精霊術教室このばしょを、取り上げないで!」

 目に涙を浮かべた少女の必死の訴えは、


「誰がそんなこと言えって言ったの」母親の決めつけによって切り捨てられる。


 その邪推はしかし、ある部分では正鵠を射ているのだろう。

 これが息子の仕込みであることは、シディには一目瞭然であったから。けれど、発言内容までが指示されたものであるというのは、とんでもない間違いだ。こんなわかり易い部分に嘘を混ぜるほど、シディ=ブラウニングの息子は愚鈍バカではない。彼女の想いを聴いた上で、この場で最も効果的なものとなるように、言うべき言葉を取捨選択した程度ではなかろうか。


 それがわかっていない愚者バカは、いやらしいだの見苦しいだの、自己紹介としか思えない罵詈雑言を並べ立てている。いくらか同情的だった者達が、むしろ娘の気持ちの方に寄り添いつつあることに気付けもせずに。


 なんでわかってくれないの、と叫んでとうとう泣き出した女の子の肩に、シディの自慢の息子が手を置くと、マーガレットはぴたりと泣き止んだ。後は任せろ、とばかりに一つ頷くと、少女は涙に濡れた顔に笑みを浮かべて応えた。


「落ち着いて、少し話を聴いてもらえませんか」

 ウィルが代わって前に出ると、そのイキモノはまた人語を忘れたようだった。多少声を張り上げたところでたやすくかき消されるであろう、高音の鳴き声を上げ始める。


 それに対してウィルが取った行動は、無言で右手を上げることだった。


 だん! と、金切声をかき消して響いたのは、子どもたち全員が息を合わせて、大きく足を踏み鳴らした音だった。


 さすがに驚いたのか、野生動物の鳴き声も一瞬止まる。

 その刹那の静寂に、


「黙れと言った」


 むしろ静かな、ウィルの言葉が滑り込む。


「貴女の娘は本来ならば死んでいた。

 その事実を知って、猶聞く耳を持たないのなら、好きにするといい」


「な、にを、言って……」

 さすがに今度ばかりは、その声も掠れていた。


「聴く気になったのなら、口をつぐんでいただけますか? 次に何か言葉を発したら、その時点で私の説明は終了です。その先を知りたければ、せいぜい頑張って自力で調べてくださいね」

 綺麗に笑ってそう言って、ぐるりと大人たちを視回す。その両目を閉ざした顔が、一人の人物のところで止まった。

「神父様、顛末てんまつを説明したいので、この場をお借りしても構いませんか? あ、それとできれば、皆を代表して、質問役を務めてもらえると助かります」


 良いでしょう、と神父が頷くと、ウィルはゆっくりと教壇に立つ神父の所まで歩いて行って振り返り、笑顔のままで言った。

「では、他の皆さんは黙って・・・聴いていてくださいね」

 特定の一人に、顔の向きを固定したままで。


「マーガレットさんが火傷だけ・・で済んだのは、紅蓮がアルと契約していたおかげ・・・です。もしも契約に縛られない精獣であれば、一瞬で焼き尽くされて、骨と灰しか遺らなかったでしょう。

 それで? 貴女はアルにちゃんと礼を言ったのでしょうか?」

「なっ……!? どうして娘に怪我をさせたその子に礼なんて!」

 またアレが始まるのかと、耳を塞ぎたい思いに駆られるシディの前で、彼の息子は殊更にっこりと笑って見せた。


「では話はここまでですね」これにはシディすらも含めた全員が絶句した「何の知識も無く、また精獣と行き遭って、無事に生きていられると良いですね?」


 有言実行、とばかりに壇上を後にするウィルを、神父が慌てて呼び止める。


「――待ちなさい! 今のはあまりにも……」

「私は。自分の言葉を軽く扱う方に、何を語ろうとも思いません」

 言葉半ばに斬り捨てて、しかし裏腹にウィルは壇上へと戻る。

「ま、今のは確かに、私が誘導したんですが。理由くらいはわかりますね? 私の言葉はどこまでも本気だと知っていただくためです。

 次はありません。私の質問に対する返答以外での発言は、神父様しか認めません。今度こそ、よろしいですか?」


 その言葉が誰に向けられたものかは、子どもたちにすら明白だった。その人物もさすがに肝が冷えた様子で、両手で口を覆って何度も頷いている。


「精獣――というか精霊は基本的に、人間ひとに対して友好的です。なのでこちらから何かしない限りにおいては無害です。ただ、どんな姿をしていようとも、実体を得ている時点でそれは濃密な精霊の集合体です。火に触れれば火傷をしますし、氷に触れれば凍傷を負います。当たり前ですよね?」


 こうして言葉にすると、何故それが理解できなかったのかと訊きたくなるくらい当たり前のことだ。色彩を何よりも重要視しているクセに、何を今更、とシディは皮肉に思う。可愛ければ良いのなら、綺麗であれば良いのなら、息子はもっと容易に受け入れられるはずなのだ。


 シディにとっては当たり前のことを、神父からの質問を交えつつ、息子が丁寧に説明していく。精霊の影響を受けているだけの獣と、精獣との見分け方――宝石のような瞳をしている方が精獣だ――や、魔獣は普通の場所ではまず生まれないこと、もしも魔獣がこの村に近づいてきた場合はシディが対処するので心配は要らないことなどを。


 実は魔獣に限らず、精獣もこんなごく普通の村の周辺で生まれることはまずないのだが、それをわざわざ説明してやるほど、シディの息子は善人バカではない。


「ところでウィル、珍しく攻撃的でしたけど、何かあったんですか?」

 一通りの説明を終えての帰り道、シディは息子に問いかけた。ウィルの他者との関わり方は、ほとんどが拒絶ではあるものの、否定ではない。敵対するだけの価値を、他人にはそもそも見出していないように、シディには思えていた。

「あのヒト、アルのところに怒鳴り込んだそうです。私ではなく、アルのところに。精霊術教室の……まぁ一応は責任者である、私に対する苦情であれば納得もできます。不注意だったことは確かですから。でも何も悪くないアルに当たり散らすのは赦せま……」

 答える言葉が不意に途切れた。見ればウィルの繊手がその口元に触れていて、

「あぁ、そうか。私は怒っていたんですね」

 初めて気づいた、とばかりに呟くのだった。

コミュニティの大半を切り捨てても問題が無いとか、本気で思っている人斬り脳さんマジポンコツ。嫁に調教される前はこれよりひどい状態でした。そのあたりの話も、いつか外伝でやってみたい気はしてます。


前話でハル君がマーガレットを連れて行ったのは、こういう流れになった時に必要な人材だったからです。作戦会議(ハル)をどこかで挿入しようかと思っていたんですが、説明が重複するだけかと思って割愛しました。わかり難かったでしょうか?

次のエピソードはいよいよ大きな転換点となります。遂にハル君の秘密が明るみに出て、村の住人との関係が大きく変化します。

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