第30話 常識という名の思い込み
最低限の情報共有を行った次の日、ウィルが選んだ授業内容は、侍獣についてだった。紅蓮と名付けられたらしいアルの侍獣は勿論、ウィルの家の絶影だって、ルビアとアル以外は立派なだけのただの馬だと思っていたことだろうから、皆の興味が向いていて当然だ。
こういうところが、ルビアをして敵わないと思わせる一因だ。頭の良い子だと言われることが多かったルビアだが、本当に頭の良い人というのは、彼のような人を指すのだと今では思っている。自分は人より少しばかり知識の吸収が得手であるだけで、彼のようにその知識を的確に使うことができているとは思えない。
ルビアのこの考えを大人たちが聞いたなら、侮っていた色彩を持たない少年の空恐ろしさに気付けただろうか。若干13歳の少年が、大人たちも理解できていないようなことを、同年代の子どもたちに教えているのだから。
そしてその後でこうも思っただろう。あまりにも比べる相手が悪すぎる、と。ルビアくらいの歳で、自身の知識を有効活用できている子どもがどれほど居るというのか。再誕式前の子どもは、まだ学ぶ段階なのが普通である。
「さて、では今回は質問形式にしましょうか」侍獣に関してなら、知りたいことがたっぷりとある様子ですし、とウィルが笑う。
その言葉の通りに、子どもたちの大半が我先にと挙手した。ルビアは例外の中の一人だ。知りたいことが無いわけではなく、基本的な質問が一通り出終わってから、さらに踏み込んだ質問をするつもりだった。
最初に指名されたアンバーが立ち上がって――その必要はないのだが――問う。
「ウィル兄ちゃんの家の馬って、瞬間移動ができるの!?」
ウィルの笑顔は変わらなかったが、返答まで少し間があったせいか、少し戸惑っているようにルビアには思えた。
「……いきなり能力からですか……あー、まぁ、まず質問には答えましょうか。答えははい。肯定です。父さんの侍獣の名は絶影――自らの影すらも置き去りにして駆けると云う意味を与えられているので、空間転移が可能です」
「すっげー! どこでも行けるの!? 何回でもできるの!?」
勢い込んで続いた問いにはしかし、
「さすがにそれは内緒です」
と、ルビアからすれば当然の答えが返るが、アンバーは「えー、なんでー?」と不満そうだ。見かねてルビアは手を上げる。指名されるのを待って、自分とウィルにとっての当然を語る。
「侍獣の能力は、あまり人に教えるものでは無いんですよ。人によっては、家族にも秘密にすることだってあるんだそうですよ? 切り札は普通は伏せるものです」
「まぁ、敢えて見せ札とする場合もありますが、一般的ではないですね」
「その場合は別の札を伏せておくのではないですか?」
「そうですね。それ以外だと、場に札をばらまく、というのもありますね」
クスリ、と。ルビアとウィルは笑みを交わす。
「あー、そこ。頭の良い二人で通じ合って無いで、オレにもわかるように説明してくれ。切り札? 見せ札? 何の話だ?」
自身を頭の良くない者代表のようにアルは言うが、彼がそれほど愚かでないことは、今はルビアにもわかっている。単に彼は根が正直すぎるので、含みを持たせたやり取りが嫌いなだけだろうと。
「ようは侍獣の能力というのは、奥の手でもあるので、詮索しないのが礼儀だということです。あー、前言を翻すようですみませんが、共通認識がどの程度のものなのか知りたくなったので……いつものように、ジェイド=ヴィオラ=テミさん、侍獣とはどういうものなのか、知っている範囲で説明してもらえますか?」
「えぇと……傍近く侍る精獣――で、侍獣、だよね。僕らが精霊術として使うものよりも濃密で、触れられるほど確かな実態を得た精霊の中で、特に個人と契約した存在を言う……で、合ってる?」
彼もウィルムハルト精霊術教室の一般論担当が、すっかり板についてきている。
「付け加えるなら、契約は命名によって行われる、ということでしょうか。主が決めた名を、精獣が受け入れれば契約成立です。名付けは自由ですが、相応しくない名――たとえば赤の色彩に、青を想起させる名などを付けようとすると拒絶されて終わりです。ちなみに紅蓮というのは、燃え盛る炎のことですね」
ここまでは大丈夫ですか? と問われ、否定的な反応を示した者はいなかったが、若干名、表情が引き攣っていたのをルビアは目ざとく発見していた。
「そっ、そんくらいジョーシキだし?」
軽く声が裏返っているジェディなどが良い例だ。素直にわからないと言えば良いのに、とルビアは思うのだが、男の子の意地だろか、と納得する。
質疑応答が再開されると、次の質問者は珍しいことにフォエミナだった。普段黙って聴いているという意味ではこの教室に対して好意的ではあったが、積極的に授業に参加しようとしていはいないようにルビアには思えていたのだが。
「アルも紅蓮を呼び寄せてたよね? アレはアンタんとこの絶影の転移とは違うのかい?」
それはルビアも気になっていたところだ。
「はい。はっきり違いますよ。侍獣を呼び寄せる、というのは主の霊力のみを消費して、誰にでも行えることです。距離の制限はなく、瞬時に侍獣は主の元へ転移できますが、跳べるのは侍獣自身が、主のところにだけです。他者を連れて、任意の場所へ転移できるのは絶影固有の能力です。
まぁ、この呼び寄せも、あまりに距離が離れていると、消費する霊力が足りない、という場合は原理的にはあり得ますが……それほど遠くで侍獣を活動させる場面など、常識的にはまずありませんからね」
いくつか上がった「へぇ……」と呟く声の中に、アルのものも混ざっていたような気がしたのは、さすがに気のせいだろうとルビアは自分に言い聞かせた。
次の質問は、他に侍獣なら必ず持っている能力はあるのか、というもので、ウィルはこれに感覚の同調と答えた。視覚を共有しての偵察、というのが一般的ではあるが、真に偵察に特化した侍獣を使う者は、五感全てを同調させて、より詳細な情報を探るのだという。
「あと、慣れていないと酔います」
付け加えられた冗談のような一言に、アルがげっそりした顔で続ける。
「あれな。自分は座って目ぇつぶってるだけなのに、視界だけは揺れるからなー。同調したまま話しようとしたら、めちゃくちゃ気持ち悪かったぞ」
「ふぅん。イロイロできるってのも、それはそれで大変だね」
フォエミナの言葉に、同感、と苦笑したのはルビアだけではなかった。
次の質問、侍獣が何を食べるのか、に対する答え『主人の霊力』はルビアも知るところのものだったが、そのままよりも一度術として形にしたものを喜ぶというのは初めて知った。
同時に一つの疑問が浮かぶ。
「ウィル君の家はどうしているんですか? お父さんの色彩って、武器に関連したものでしたよね?」
剣を食べているのだろうか、と。紅蓮が炎を食べるところを実際に見ているので、それと同じと言われればそれまでなのだが、感覚的に大丈夫なのだろうか、と思ってしまう。
「あぁ、さすがに剣は食べないですよ。絶影の影に置いたナイフに父さんが霊力を込めて、それを影から吸収しています。影との関連性が強い精獣なので」
なるほど、とルビアは納得する。
次の質問……いや、発言というべきだろう、それは質問ではなかった。
「また紅蓮が見たい!」
アンバーと同い年の女の子、黄色い髪のマーガレットが言ったそれに、教室のほぼ全員が同意した。
……まぁ、男の子の目的が純粋に侍獣なのに対して、女の子は可愛らしい子犬が目当てであるように思われたが。当然ながら、熱量がより大きいのは女の子たちだ。男の子が侍獣に望むカッコ良さは、紅蓮には欠けていると言わざるを得ない。
女の子たちの大半、具体的に言うと以前見ているらしいフォエミナと、後で見せてもらえば良いと思っているルビアを除いた全員に詰め寄られたアルが、助けを求めるように先生を見た。
「――まぁ、見るだけなら良いんじゃないですか?」
ウィルの声がどことなく投げやりに聞こえたのは、ルビアがこの姦しさにうんざりしていたからだろうか。
はぁ、とこちらはげんなりしているのを隠そうともせずに、ため息をついたアルが紅蓮を呼ぶ。両手に抱かれるように現れた紅蓮はきょろきょろと周囲を見回し、最後に顔を上向かせて主人の姿を確認、ぼう、と一声鳴いた。
黄色い悲鳴が上がる。フォエミナはうんざりと耳を塞ぎ、アルは両手を塞いでいる自身の侍獣を恨めしそうに見遣った。
「下手に触ると火傷しますよ」
ため息にも似たウィルの言葉は、警告と言うよりも冗談に聞こえた。燃えている炎に触ろうとするような者がいるはずはないから、当然だろう。
けれど。
次に上がった悲鳴は、歓喜ではなく、苦痛に彩られていた。
説明会(回)その2でした。
次は「精霊術教室閉鎖?」です。我ながらゴシップ紙の一面みたなサブタイですね(笑)




