第0話 とある少年の第一印象 蒼
嫉妬。たぶんそれが、私が彼に対して抱いた最初の感情だ。
療養のために街から引っ越してきたという彼は、あまりにも綺麗過ぎた。
目に問題があるとかで閉ざされたままの瞳や、未だ精霊の祝福を授からないくすんだ色の金髪など何の問題にもならないくらいに、その人は綺麗だった。
透明と表現したくなるような処女雪の色の肌、華奢な手足に長い指、整いすぎた目鼻立ちは、開くことのない瞳さえも破調の美へと昇華する。
そもそも自己申告がなければ性別すら妖しいくらいなのだ。
女性ならば……いや、男性である今のままでも軽く国くらい傾けられるのではないかと思わせる美貌。それは私のアイデンティティーを揺るがすものだった。
私の母は下級ながら貴族の出で、意に添わぬ婚姻を強いられそうになり、父と駆け落ちをしてこの村に流れ着いたのだそうだ。
強引な求婚を受けるぐらいだから母の美貌は相当なもので、それを受け継いだ私も『かわいい』という言葉を聞き飽きる程度の容姿は持ち合わせていた。
けれど。
けれども、彼はモノが違った。
私の自尊心など鎧袖一触にしてしまう、暴力的なまでの美貌。自分の在るべき場所を奪われてしまうような気がして、私は彼の美しさに恐怖すら抱いた。
美貌の少年に対して抱くのならば、淡い恋心あたりが一般的ではあったろうが。
両親の大恋愛を幼い頃から繰り返し聞かされた私には、総てをなげうつような恋に憧れがあった。恋をするなら、母様のようなものが良いと常々思っていた。
劇的な恋、というのならば、彼は相応しい相手だったかもしれない。
が、私が彼を好きになる未来は来ないだろう。
まだ、私は恋を知らない。
それでは、幕を上げましょう。
無彩色の物語が、始まります。