第17話 ヒーローとヒロイン
食後の紅茶にはアルの私物のディルジエラのセカンドフラッシュを。紅茶くらいは自分が淹れようか、とウィルは提案したが、ルビアはそれを断った。紅茶の淹れ方は母にきっちり仕込まれているので、実は料理よりも自信があるのだ。胃袋を摑むチャンスは逃せない。
お茶請けにはせっかくの良い紅茶なので、主張しすぎないシンプルなバタークッキーを焼いてきてある。
「これ、オレの紅茶なんだぜ、姉さん」
アルが自慢げに姉に言えば、
「はいはい、この前出かけた時に魔霊退治をして、手に入れた魔石と交換したのよね。わたしにも飲ませてくれてありがとう」
もう何度も聞かされているのだろう、ヴィオラはさらりと流していた。アルの存外子どもっぽいところがおかしくて、自然と笑みがこぼれる。
「良い顔で笑うようになったわね、ルビアちゃん」
ヴィオラに穏やかな笑みを向けられて、ルビアは少し戸惑ってしまう。本人はいままでとそれほど変わったとは思えないのだが。
「……そんなに変わりました?」
両手でほっぺたをぐにぐにと揉みながら問うのに、
「うん。前までより自然に、柔らかく、あったかくなったわ」
そう応じる菫色の髪のお姉さんの笑顔こそ、自然で柔らかくて温かいとルビアには思えるのだが。
「あー、まぁ、そうかも」アルが姉に同意して言う「今にして思えば、だけど」そう前置きして「なんか昔のルビアの笑い方って、ハルの……オレがハルって呼ぶようになる前のハルのと似てるんだよな。完璧すぎる、って感じ」
見本にしてましたから。とは、さすがに言えずに、ルビアは曖昧な笑みでごまかした。
――のだが。
「そうですね。今の方が魅力的だと、私も思いますよ」
こういうことをさらりと言ってのけるのは、当然ウィルで。
「……えっ、と……なんで褒めたのに睨まれているんでしょう?」
「知りませんっ!」
ルビアはつん、と視線を逸らす。本当に、このひとは。
「ウィル君、言動には気を付けないと、女の敵、って言われるわよー?」
「――何故でしょう? ただ一般論を口にしただけなんですが」
「うん。そういうところかな」
ヴィオラの呆れ顔と、解せぬ、といったウィルの様子がおかしくて、ルビアだけでなくアルも吹き出してしまう。
お茶の席に笑いがあふれる中、ウィルだけが少し憮然としているのが更に笑いを誘った。ウィルも不機嫌というほどではなく、柔らかな紅茶の香りが食卓に満ちていた。
ふと思いついた、といった様子で、アルが言った。
「今も笑い方似てるよな、ハルとルビアって」
「あー、わかる。上品、って言うか……ウィル君が女の子っぽい?」
姉が弟に同意して、当のウィルは「そうでしょうか?」と首を傾げている。
正直、ルビアには彼が無自覚なことの方が驚きだったが。
「そうそう、そろそろ配役を決めませんか? 主役以外の」
ぱん、と手を打ち合わせてルビアが言えば、
「いや、ヒロイン『も』ルビアで決まりだろ。他にどんな役が要るっけ?」
自分からは少々言いだしにくかったことをアルが言ってくれて安堵する。
「なになにぃ? お姉ちゃんはのけもの?」
ヴィオラがむっ、と唇を尖らせるのに、アルがため息で応じる。
「こないだ話したじゃん。再誕祭の余興」
「あぁ、シグルヴェインの龍退治をウィル君訳でやるんだっけ? そうね、確かに早めに相談しておいた方がいいわよね、主役とヒロイン以外は」
「いや、えっと……? 主役をまず決めた方が良いのでは……?」
などととぼけたことを言ったウィルに全員の視線が集まる。
シグルヴェインの龍退治という古くからある物語は、雑なまとめかたをすれば生贄の少女に扮した美丈夫シグルヴェインが十翼の魔龍を退治する話である。
――少女に扮した美丈夫、だ。
「オマエ意外に誰が演るんだよ?」
「決めるも何も、最初から選択肢が一つしかありませんし」
「演目の時点でもう決まってるわよねぇ」
三者三様に「一択」と言われたウィルは一瞬言葉に詰まり、
「いや、でも、戦うシーンとかもありますよね? そういう動きなら、アルの方が適任なのでは……?」往生際の悪いことを言った。
「実際戦うわけじゃないんだから大丈夫だろ。ダメージを通すために剣を振るんじゃなくて、ただ見栄えのする動きをすれば良いんだから、むしろハルのが向いてると思うぞ」
頬杖を突き、クッキーをかじりながらアルが言う。
「それに何より、」全員の視線が(一人は目を閉じているが)集まるだけのためを作って、おもむろにルビアは言った「主役を演らないなら、ウィル君の配役はヒロインですよ?」
「あー。」「うん、まぁ……」「えー……」
最後のウィルは不満げだったが、それでも反論はできない様子だ。
「どう考えても、私よりもお姫様ですから」
念のために、ルビアはダメ押しをしておいた。
――結局。他にも役者を募るということで、ヒーローとヒロイン以外は明日、授業の後で決めることになった。何より、再誕祭という教会行事で余興をやるのなら、まず神父様の許可が必要だということに、ヴィオラに指摘されるまで思い至っていなかったから。
「神父様、ですか……」
ウィルが珍しく渋い顔をした。問題児として敵視されている(そしてウィル以上に渋面の)アルならともかく、優等生を通り越して先生などをやっているウィルの反応として意外ではあったが、人間らしい反応にルビアは少し安心もしていた。
以前よりはだいぶマシになったとはいえ、この美少年はともすれば血の通った人間とは思えない時がある。
「あー、っと、神父サマとの交渉はルビアに頼めるか?」
ちらりと隣に目を遣って、アルが言う。
「えぇ、二人の反応を見るに、私が適任でしょうね……」
それは構わないし、むしろ自分がやるべき役割があること自体は嬉しくも思う、けれど。
――アル君は、ウィル君の反応の理由を知っているんですか?
その問いを、ルビアは言葉にできなかった。それがウィルにとって、踏み込んでも良い部分かどうかわからなかったから。不用意にハルと呼んだ時のように、また怒らせてしまうのが怖かったから。
いつまでもこのまま、ではいけないのだろうけれど。今暫くは、このまま時を重ねていようと思う。距離を詰めるのは、きっと今ではない。
「それで、ウチの弟とウィル君、どっちがルビアちゃんの本命なのかな?」
ド直球だった。
姉と弟、それぞれの部屋に男女で分かれて、ドアを閉めたヴィオラの第一声がそれである。恋愛の話をしようとは思っていたが、これはさすがにルビアも予想外だった。
「えっと……」口ごもりつつ、言葉を探す「ヴィオラお姉さんには悪いんですが、実はまだ、どちらも本命というわけではないんですよ」
意外そうに目を瞬くヴィオラに、自分の考えをまとめるように、ゆっくりと順を追ってルビアは語る。
「そもそも最初は、二人とも苦手だったんですよ」
「あら。アルはともかく、ウィル君も?」
どうやらこの姉、弟の評価は中々辛口らしい。ルビアは苦笑して答えた。
「はい。それもウィル君の方がずっと。
綺麗過ぎるじゃないですか、彼。本当に、この世の者とは思えないくらいに。だから彼が、彼だけが『本物』で、自分なんて粗悪な模造品にすぎないように思えてしまって、あまり一緒に居たくなかったです」
「随分変わったものね」
ルビアを促して、眠るために髪をまとめながらヴィオラが言う。その手つきが母のように優しくて眠気を誘うが、ルビアにとってはここからが本番なので、まだ寝ている場合ではない。
「アル君のおかげ、もしくは所為、ですね。
綺麗で、綺麗過ぎて、綺麗なだけだと思い込んでいたひとが、アル君の前だとひどく人間くさい表情で笑うんです。人外の美貌が、急に人のそれに変わるんですよ? そんな表情をしたひとと、そんな表情をさせたひと、両方に私は興味を持ちました。
そして二人と少しでも仲良くなろうとして……まぁ、大失敗をしたりもしましたけれど、いろいろあって現在に至ります」
「あぁ。ハル君、って勝手に呼ぶと怒るって、アルから聞いたわ」
忘れたい過去に触れられて、ルビアはしゅんとうなだれた。
「はい。まさに怒らせたのが私です。完璧な笑顔でものすごく容赦無いこと言うんですよ? あの時は泣いちゃいそうでした……」
「……それだけ友達との関係を大事にしている、ということかもしれないけれど……」
「それにしたって仲良すぎですよねあの二人!」
がたん、と音を立てて椅子を立ち、正面からヴィオラと向き合う。
「だよねだよね、お姉ちゃんとしては弟が間違った道に行かないか心配で……」
「そんなことは無い、とは言い切れないんですよね、あの二人……」
その二人が聞いていたら全力で否定するであろうことを、女子二人はまくしたてる。異性不在の状況は、えてして妄想を暴走させるものである。
「もうルビアちゃんだけが頼りよ! どっちが相手でも全力で応援するから!」
「ヴィオラ姉さん!」
がしっ、と手を握り合う二人。
――あれ? なんか思ってたのと違う……?
ルビアの中の正気の部分が疑問を呈するが、しかしどう軌道修正したものか……
「でも、鈍いだけのウチのはともかく、ウィル君は手ごわそうよねー」
軌道を修正してくれたヴィオラのことを、内心で改めて姉さんとたたえつつ、ルビアはその流れに乗った。
「えぇ。ホントに。心からそう思います。だいたい今日のアレはなんなんですかどう考えても口説き文句じゃないですかあの発言のあとに興味無さげなそぶりとかとんだ鬼畜ですよ!」
一気にまくしたて、ぜいぜいと息を荒げるルビアを、何故かヴィオラはほほえましそうに見遣る。
この時のルビアはまだ、気付いていない。
自分が強く望めばアルのヒロインになれたのに、そうはしなかった、ということに。自分が、本当になりたいのは、誰のヒロインなのか、ということに。
男女問わずナチュラルに口説きますよね、ウチのハル君。本人にはそんなつもり、どころか褒めているつもりすらもなく、ただ事実を口にしているだけ、としか思っていません。
一喜一憂するルビアちゃんはお気の毒、としか。この子もなかなか不憫な子です。
そしてガールズトーク(腐敗)
――あれ? なんか思ってたのと違う……?
ルビアちゃんが筆者の気持ちを代弁してくれました。どうしてこうなった……
次はお泊り会の裏話、シディ父さんの閑話です。
『魔女の従者、魔女の弟子』お楽しみに。




