第14話 シディ=ブラウニングの暗躍
「今の……」
呆然と呟くアルは、きっと気付いていないだろう。焼き祓われた魔霊、その中心から、何かが落下したことにも、すぐ目の前に居たシディが、それを拾い上げたことにも。
「今の、なに?」
倒した魔霊には見向きもせずに、アルはまっすぐにハルを見て問うた。
「なに、とは?」
言いたいことはわかっていたが、自身で考えをまとめさせるために、ハルは敢えて問い返す。
「あんな精霊術、オレは使えなかったし、聞いたことも無い。
なのに、当たり前のことみたいに、最初から知ってたみたいに、透火ってオレ……アレって、いったい……」
「精霊術の習得とは、本来そういうものなんですよ。誰かに教わるのではなく、自身が思い描く威の名を、その色彩を読み解くことで、精霊の力を呼び起こす。色名は、魂が知っているものです」
私には扱えませんが、と肩を竦めるハルに、疑問を呈したのは蒼緋衣だ。
「どうして、そんなに詳しいんですか? 精霊術のロジックなんて、研究しているのは王都の学院くらいではありませんか?」
「前に住んでいた街で、研究書を読んだことがありまして。自分が使えないからこそ、余計にどういった仕組みが働いているのかが気になるんですよ」
実はその本、書いたのもハル自身だったりするのだが、嘘はついていない。間違いなくハルは、以前住んでいた街で、精霊術理論の研究書を読んだことがある。あれはなかなか良い値で売れた。表向きの著者はシディ=ブラウニング、ということになっているが。
「次はこれの説明でしょう、ウィル?」
そう言って父が気軽に放り投げて来たそれを、ハルは受け止めようとして失敗、慌てて再度手を伸ばすもまた弾いてしまい、取り落としそうになったところでアルが横合いから易々と掬い上げた。
なんとも微妙な表情をするハルに、シディが気まずそうに謝った。
「なんだこれ?」
眉根を寄せてアルが掌中の青みがかった石を見遣れば、
「精石、のように見えますけど……?」
隣で蒼緋衣が問いを重ねて小首を傾げる。
「惜しい。魔石です」
ハルが正解を伝えると、うわっ、と声を上げてアルが石を放り出しそうになる。
今度はハルがそれを受け止めた。精霊の力の純粋な結晶である精石とは違い、魔石にはその名の通り『魔』が宿っている。当然扱いは精石よりも難しい上、大きくて純度も高い石ともなれば、近くに在るだけで人の心を蝕むことすらある程だ。
だから、アルの反応はある意味当然とも言えるものではあるのだが。
それでも、ハルはため息をついた。
「驚き過ぎですよ。この程度の石なら……というか、アルなら、魔石の影響なんて受けませんよ。そんなヤワな精神はしていないでしょう?」
「いや、てゆーか、シディさん、そんなんどっから出したの?」
「いえ、それは魔霊が出した(?)ものですよ」
呆然と答えたのは、アルと違ってその瞬間を目撃していたらしい蒼緋衣だ。
「は? ――はぁ!? え、なに、魔石ってそーゆーモンなの? いや、でも今までの魔霊狩りではそんなこと一度も……」
「剣で斬っていたから、ですよ」教師口調のハルが言う「なんの加工もされていない普通の剣では、魔霊は散らすことしかできません。いくらかの時間が経てば、それは復活します。精霊術で祓うことで初めて結晶化することができるんですよ。
まぁ、父さんなら剣で斬って同じことができるんですが」
「私の場合、剣が精霊術でもありますからねぇ」シディが肩を竦める「私の色は刃の切っ先の色だと教えられて育ちましたから。切っ先の黒――それが私に与えられた色銘です。ま、別の銘で呼んだ相手も居ましたけれど」
「そっちの銘で本気を出すと、魔石も遺らないですものね」
などと親子で苦笑を交わしていると、
「すげー人だとは思ってたけど……」
「なんと言うか、別の世界ですね」
紅と蒼の二人がまるで一般人代表のような言葉を交わしていた。
不入の森を平気で散歩できる人と、無理をすれば入れるほどの人に言われるのは、さすがに父も心外ではないかとハルは思う。この二人、年齢はまだ13と15なのだ。末恐ろしいと言うかなんと言うか。
二人からすればこのハルの思考こそ心外であるのだが。
「ま、とりあえず。これは君のです、アル」魔石を手渡し、ハルは言う「ご両親に売りさばいてもらえば、豪華な食事数回分にはなるんじゃないですか?」
魔石は扱いが難しいが、簡単に消費する手段が無くはない。
魔性を秘めた石ならば、単純な暴力に変換するのが一番だ。戦闘用の精霊術の触媒としては、これ以上を望むべくもない。管理が少々大変ではあるものの、軍隊や冒険者などに需要は充分にある石なのである。
訓練のようなものだったとはいえ、戦闘報酬の話をしているというのに、何故かアルは不満顔だった。
「――オマエの分は?」
「――私?」
何を言われているのか本当にわからず、ハルは首をひねる。
「どう考えても、オマエの功績がデカいだろ」
「そんなことは、」「あるし」
戸惑い顔と不機嫌顔が向かい合う。
ぱん、と手を打ったのは蒼緋衣だった。
「なら、紅茶に替えませんか?」
「紅茶?」と、オウム返しに問うたのはアルだ。
「はい。紅茶なら二人とも楽しめるでしょうし、お茶請けのお菓子と交換に、私もご相伴に与れますし」
また、三人でお茶しましょうよ。そう言って蒼緋衣は悪戯っぽく笑ってみせた。
それはちょっとアルのメリットが少なすぎるのでは、とハルが視遣れば、一目で杞憂だと理解できた。なんというか、紅い瞳がきらきらと輝いている。
「ヤバイ、自分専用の……えっと、しこう、ひん? っていうんだっけ? そーゆーの初めてで、なんか……なんかヤバイ」
「嗜好品、であってますよ。あと、君の言語能力が今一番ヤバイです」
「や、だから、言葉にできねーくらいヤバイんだって!」
「はいはい、嬉しいのは充分すぎるほどに理解できましたとも」
「なら、決まりで良いですか?」
小首を傾げて見上げて来る蒼緋衣に、アルは「おう!」と元気よく頷いた。
「では、我が家が先日買い付けて来たディルジエラのセカンドフラッシュと物々交換にしましょう。一度換金するよりもずっと効率よく交換できますから」
「あぁ、貴方のお父さんは刻印師でしたね」
納得だ、とシディが頷いた。
なるほど、精石や魔石を術具へと加工する刻印師ならば、素材となる魔石はいくらあっても困らない。貨幣を介さない交換は、双方にとって利のあるものだ。
魔石の取り扱いが決まり、もう少し此処でゆっくりしていこうということで、再度腰を落ち着ける。次の話題提供は、蒼緋衣だった。
「そうだ、せっかくこの三人が揃っているんですから、再誕祭の余興でどのお話を演るのか決めませんか?」
名案、と手を打ち合わせる少女に、問い返したのはシディだ。
「再誕祭? 余興? 三人、ということは、ウィルもですか?」
「あれ? 聞いて……あ。ひょっとして私、余計な事言いましたか?」
ハルがサプライズを考えていた、とでも思ったのだろう、蒼緋衣が小さくなる。
「あ、そういうのでは一切ないので大丈夫です……」
「アルマンディンさんだけでなく、貴女とも!?」言葉尻を食い破ったのは、父シディだ「それはそれは、随分と息子が気を許しているのですね」そしてニヤニヤとした笑みを息子に向けて来る。
「ご覧の通り、予想できたこの反応がウザかっただけですので」
「ウザっ……!」
「それで、演目に何か希望はありますか?」
胸を押さえ、なにやらダメージを受けた様子の父を、息子は華麗にスルーした。
「え、えーと……」蒼緋衣はさすがにシディの様子を気にしつつも「私が一番好きなのは傭兵騎士スピネルの物語なんですが……再誕祭で演るのは、やめておいた方が良いですよね?」そう、意見を口にする。
「でしょうね」ハルは頷き、
「なんで?」アルは首をひねる。
視線を交わし――と言っても片方の瞼は閉じているが――蒼緋衣が答えた。
「教会の神父様は少しばかり頭が固い人ですから。建国の物語を崩して演じるのに、良い顔はしないでしょうから」
「あまり悪目立ちはしたくないですからねぇ」
苦笑して付け加えたハルに、事情を知るアルは僅かに表情を硬くする。教会関係者は、ハルがその髪色を知られてはならない者の筆頭だ。目をつけられるのは避けるべきである。
「なら例の『人喰い龍』は?」
話題を変えるためだろう、とっさに、という感じでアルが言う。
「うーん、あの物語も、公式行事で演るのは少し微妙かもしれません」
蒼緋衣の言葉に、ハルも頷く。七彩教会の教義に真っ向から対立するわけではないのだが、少々風刺めいた部分もあって、完全に穏当な内容とは言い難いからだ。
「無難なところで『シグルヴェインの龍退治』あたりでしょうか?」
順番、というわけでもないが、ハルがそう提案した。
誰でも知っている、という程ではないが、昔からある物語で、既にいくつかの異聞も存在するのでハル流現代語訳もやり易く、実話とも創作とも言われているので角も立たない。
「最初はそのあたりですかね」蒼緋衣が首肯し、
「あー、あの話か。アレのハル版とか、ちょっと楽しみだな」
アルがにっ、と笑うのに、蒼髪の頭が最前よりもずっと勢いよく頷くのだった。
放置されて若干拗ね気味のシディを宥める時間が必要だったせいで、村に帰り着いたのは夕暮れ時になってからだった。予定より時間が遅くなったのと、仮にも魔石の売買を子どもだけにさせるわけにはいかないということで、ハルは絶影に送ってもらい、アルたちをシディが送っていった。
この何気ない道行きの別れが何をもたらすのか。ハルはまだ、それを知らない。
あっれれー、おっかしーぞー? 次エピソードに入るはずだったのに、事後処理で一話終わってるよー?
などと軽く江戸川ってみたところで。
明けましておめでとうございます。セルフ〆切の一週間が毎回ギリギリになりつつある今日この頃、いかがお過ごしでしょうか? どうも作者です。
さてさて。今回のお話で、ルビアパパの職業が決まりました。決めてたものを出したのではなく、これを書いてる途中で決めました。
次回、タイトルはまだ仮ですが、『シディ=ブラウニングが居ない日』です。




