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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第112話 不変の森の変化

前回までの無彩色サイド


魔王が軟禁状態におかれた……という名目で、ハル君ちのドアに外側からかけられる(かけるとは言っていない)鍵をとりつけた。

 なんということはない、平穏な日々が続いていた。


 ……此処で暮らす、大多数の者にとっては。


 確かに、何が起きた、ということは無い。魔女が『楽園』と名付けたその森に住まう者にとってはもはや日常であり、既に起こったことでしかなかっただろう。

 けれどアビス・ブルーにとっては驚きの連続であった。


 最初のそれは、転居当日の夜だ。

 夕食だと日が暮れてから呼びに来たのは、何故かいつもは彼を避けているはずのルナだったりしたが、そのことを訝しむ以上の衝撃が直後に襲った。


 知らず、アビス・ブルーの足は止まっていた。


「……何だ、これは……?」


 食事を摂る場所が以前と異なっている気がするのは良い。

 問題は、食卓を囲んで咲いている、白く輝く花だ。


「きれーでしょ? これが見れるから、満月の夜だけは、晩御飯の時間を遅らせてるんだー」

 得意げに月が言い、何故か腕の中の仔猫まで自慢げに胸を逸らせていたが、訊きたいのはそういうことではない。確かにこの森は精域せいいき――濁色は魔境と呼ぶのだとアビス・ブルーが知るのはもう少し後のことだ――であり、樹でも花でも容易に増やせるが、それは大なり小なり森を消耗させる。

 ましてそれは普通の花ではなく、輝煌を多く内包し、術式の触媒としても使われる月光花だ。どういうことだ、と森の管理者たる森緑フロルに目を遣れば、少年は視線で魔王を示した。


 それに倣って視線を転じると、彼の王はわざとらしく視線を逸らす。


「――オイ我が王。貴様何をやった」

 さっさと答えろ、と視線で告げると、彼も観念したようだった。雰囲気的には苦笑なのだろうが、相変わらず苦みが隠し味程度にも感じられない笑顔で答える。

「いやぁ。ルナさんがちからを暴走させかけまして、適当に散らしたら……こうなっちゃいました」


「……貴様は本当にわけがわからないな」

 正直なところを呟くと、忠臣ふたりまでもが大きく頷く。当人は「まぁ、こんなでも『魔王』らしいので」などと軽い調子で応じたものだが。


「……というか、深淵さん。『我が王』なんて、仰々しく呼ぶワリに、扱いがぞんざいですよね? 我が王お水取って、なんて発言が出てきそうなノリですけど」

 これを不満そうではなく、素朴な疑問、といった程度で言えるのが、アビス・ブルーが王と定めた男である。


 ――男、のはずだ。たぶん。


 フン、とアビス・ブルーは鼻を鳴らす。

「虚礼がお望みならばいくらでもかしずいてみせるが?」

「ぜひとも今のノリでお願いします。」両肩に手を置いて言われた。

「我が王はそう言うだろうと思ったからな」

 アビス・ブルーは、こちらはちゃんとした苦笑を浮かべてみせるのだった。




 ちなみに夕食は、味にあまりこだわらないアビス・ブルーですら少し驚いたほどの出来だった。腕が上がった、と素直に告げると、熾火カレンは嬉しそうに微笑んだ。


 ――彼女は、こうも無防備に笑う人物だっただろうか。


 アビス・ブルーの記憶では、いくばくかの気負いがあったように思える。魔女を除けば……ニクスはあぁだから別と考えれば、彼女が最年長であり、常に姉としての振る舞いを自身に課しているふうだったが、今は……なんというか、自然体だった。

 姉ぶってあれこれ言うのは少しも変わっていなかったが。この時も食事そっちのけで月光花を観察していたアビス・ブルーは叱りつけられている。


 驚きはこれで終わりではない、が……寝床に関してはそれに含めないでおく。

 魔王の見張り、という名目の同居を始めるにあたって、森緑にベッドを作ってもらおうとしたのだが、既にある、との答えが返った。

 聞くところによると、月が侍獣を得て以降、何かあった時すぐ対応できるように、書斎であった二階にもベッドを用意したのだとか。


「……本当にそれだけの理由か?」

「……他に何かありますか?」


 つい、と逸らされた視線が全てを物語っていた。

 自分も同じだから良くわかる。この男、本棚と寝床の距離も理由のひとつだ。


 アビス・ブルーはそれ以上何も言わずに、ため息を落とした。これは驚きではない、呆れだ。




 輝煌術の講義に関しては変わらず、昼食後からお茶の時間まで行われる。

 実はアビス・ブルーが講師補の役割を担うことで質が向上していたりするのだが、以前を詳しく知らない彼にはわからないことである。


 お茶が終われば夕食までは――夕食の後もそうだが――研究の時間だ。王の依頼でもある、魔王と同等の力を持つ者を如何にして殺すのかを考える。


 ……考える、はずだったのだが。


「――貴様、なんの用だ」

 眉間に皺を寄せ、アビス・ブルーは招かれざる客を出迎えていた。


「んー? アビス・ブルーって、ほとんど城だったから、あんまりこの森のこと知らないでしょ? 案内してあげようと思って」

 以前であれば視線を向けるだけで委縮していた少女は、しかし不機嫌な目で見られてもにこにこ笑っている。何がそんなに楽しいというのか。


「――必要無い」

 アビス・ブルーが正直に答えると、月色の少女はにんまりと笑って見せた。

「あれあれー、そんなこと言っていーのかなー……って、なんで閉めようとするの!?」

 無言で閉じようとした扉を摑まれて、舌打ちをひとつ。

「貴様の会話が冗長だからだ。言いたいことがあるならさっさと言え。私は暇ではない」

「じょーちょー……? って、だから閉めないでってば! 言う! 言うから!」


 背後では彼の王がクスクスと少女じみた笑い声を響かせていたが、アビス・ブルーはそれを黙殺した。反応するとより面倒なことになる気がしたからだ。


「もー。アビス・ブルー、昨日は私の花にびっくりしてたでしょ? だったらあそこも驚くんじゃないかなー、って」

 懲りない曖昧な表現に、今度こそ扉を閉じてやろうとするが、

「あぁ、あそこですか。」「そ、あそこ。」

 という彼の王とのやりとりに少し興味がわく。


「良いだろう。案内しろ」折れてそう言えば、

「うわ。偉そう」自分のことは棚に上げて、女児は楽し気に笑うのだった。


 そして案内された先には、確かに驚きの光景が待っていた。


「……何だ、アレは。」


 愕然とした呟きには、少女の笑い声が返される。

「昨日と同じこと言ってる」


 言葉自体は微妙に違うのだが、内容であれば確かに同じなので、アビス・ブルーは訂正せずに問いを重ねた。

「そんなことはどうでも良い。アレは何だと訊いている」

 ゆったりと草を食んでいる動物を指差して。


「牛ですね」「牛だねー」

 魔王と月とが口々に答える。

「そんなことは見ればわかる。何故此処に牛が居るのかと訊いている」


「あいまいな表現はダメ、って言ったのアビス・ブルーじゃない?」

 仕返しのつもりか、少女はにやにや笑っていたが。


「そっちも視れば解るんじゃないですか?」

 王たる少年は、試すようなことを言った。或いは信頼、もしくはちょっとした遊興だろうか。どれだとしても、ただ冗長な会話よりはアビス・ブルーの好みだ。

 言われた通りに眼を凝らしてみれば、確かに視えるものがある。


「ふむ。これは……随分手が込んでいるな。熾火おきびと影、それに森緑しんりょくの合作……いや、それだけではない? まだ何かあるように思えるが……」


「そこまで視て取れるとは、さすがですね」王が称賛し、

「足りない『何か』なら今来たみたい」月が答えを告げる。


 彼女が目で示す先には、魔王に良く似た色彩の少女が居た。こちらへ向かって来ていたようだが、アビス・ブルーと目が合うと、そこで立ち竦んでしまう。

 少女の怯えたような眼差しが、魔王の方へと向けられる。


「何か用があって来たのではないのか? 私たちのことは気にするな」

 アビス・ブルーが思うままを告げれば、少女はますます委縮してしまい、

「こーら。」更に幼い少女が、腰に手を当てて、彼女を庇うように眼前に立ち塞がった「アニー怖がらせちゃダメでしょ、アビス・ブルー。」


「……なぜ最年少の貴様まで年上ぶる」

 アビス・ブルーは少しだけ、頭を抱えたくなった。

「だってアビス・ブルー、勉強……研究? 以外はダメダメだし」

 言い様に不満が無いと言えば嘘になるが。

「――ふむ。思索を除外したのであれば、強く否定はせんが……貴様が年上ぶる理由にはならんだろう」

「だから、えっと……しさく? 以外ならルナの方がしっかりしてるもん。ルナはアニーを怖がらせたりしないよ?」

 えへん、とばかりに胸を張る女児をどう扱えば良いのか。そもそも彼女自身、少し前までは玻璃アニーと似たようなものではなかったか。


 当の本人、怯えたままの少女、傍らに立つ魔王。消去法的にも、信頼度で言っても、対応を任せるのはひとりしか居ない。


「深淵さんの負けですね」

 しかしアビス・ブルーは王による裏切りを受けるのであった。


 ――この後ちゃんと畜産の説明はしてもらった。


 初めて聴いた少女の歌声は、アビス・ブルーに少なからぬ衝撃を与えたのだが、それは彼自身にとっても些細なことだ。


 ……問題は、これに味をしめた月色の女児に連日森の名所(彼女基準)を連れまわされるようになったことである。

 問題どころではなく大問題だ。


 少女のイチオシ(本人談)であるところの花畑を「興味が無い」と一刀両断にしても、来る日も来る日も彼女はあちらこちらへ連れて行こうとする。

 研究が進まないと追い返そうとすれば、「あれ? でも行き詰ってますよね?」などと魔王がまたしても裏切る。


「ひらめきは何がきっかけになるかわかりませんから」

 王はそのように嘯いていたが。


 けれど楽園ユートピアでの日々が発見の連続であったことは否定できない。


 かつて彼は、この地を退屈と断じ、ほんの数日を暮らしただけで城へと移り住んでいた。以降は、魔女が新たな同胞を連れて来た時に顔合わせで訪れるくらいで、この森にも、森で暮らす者たちにも、一切の興味を抱くことはなかった。


 その評価が間違いだったとは今でも思わないが、今のこの地は退屈とは程遠い。


 はたして王は自覚しているのだろうか。不変の森に変化をもたらしたのが自分自身であることを。皆の庇護者でありながら、平時はまるで緊張感の無い彼は、森よりもむしろ住人ひとを変えていた。


 年長者は無用な気負いを失くし、年少者は年上の友人を得た。


 有事の才については、堅物のサラの彼への態度を見れば明白であり、魔女を喪っても変わらぬ安心感を皆に与えているように思われる。


 平穏な時間は、二月ふたつきほど続いた。

ひと月近くも空いてしまいすみません。


(二次選考がダメで)落ち込むこともあるけれど、私は(身体的には)元気です。


そんなこんなで間が空いてしまいましたが、また週一ペースには戻していきたいと思っています。

次こそ新キャラ、になるかどうかはまだわかりません。もう一話間に挟むかもです。

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