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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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第13話 魔霊

 時間は少しだけ遡る。


 二度の休憩を挟んだゆっくりの行程だったので、目的地の湖に着いたのは、昼食には少しばかり早いくらいの時間だった。

 ハルたちの村からだと、ちょうど湖の前にちょっとした丘があり、それを登り切った瞬間に色調が鮮やかに一変する。


 野の緑から、水の滄へと。


 わぁ、と、感嘆の声を上げたのは誰だったか。

 どうやら連れて来たかいはあったようだ。この景色はどちらかと言えば『ついで』ではあったが、なんとなく、ハルはそんなふうに思った。


 一面の滄から少々視線を転じれば、赤い花が群生している場所がある。


「あ……」

 ハルの視線を辿って、その存在に気付いた彼女が、両手で口を覆って目を潤ませる。続いて漏れた呟きは、ため息にも似ていた。

「サルビア……」


 一月前は季節外れだったその花も、今は見事に咲き誇っている。


「サルビア・スプレンデンス。貴女の花です」

 ハルの言葉に、「スプレンデンス?」と問い返したのはアルで、蒼緋衣ならば知っているかとハルが顔を向けるのに、その花を名に持つ少女はかぶりを振って返答に代えた。

 少し意外に思いつつも、ハルは説明を続ける。


「この花の正式名称です。スプレンデンスは古い言葉で『光り輝く』『立派な』『素晴らしい』といったような意味ですね」


「うわ、ちょっと名前負けですね」などと当人は苦い顔をするが、

「いや、そーでもねーだろ」「名前負け、という程ではないと思いますよ」「少なくとも、ウィルムハルト程ではないので、安心してください」他三名の意見はこんな感じだった。


「あの日の花は、ひょっとして此処で?」花の前で振り返って蒼緋衣が問うのに、

「内緒ですよ」ハルは肯定にも聞こえるように、否定の答えを返した。


「秘密の場所、ということですか?」此処が、と訊いている問いには、

「えぇ」不入いらずの森が、とは言わずに答える。


 両手を大きく広げてくるりと回り、空色の髪の緋衣草サルビアが浮かべた微笑みは、その名の通りに光り輝くようで。意図的に事実を伏せているハルはいくばくかのうしろめたさを覚えた。

 ――その表情に見とれたわけではない、と、思う。というかそもそも、実際には見られなかったわけだし。ハルがているのはあくまで輝煌ひかり、感情の色であって、表情そのものではないのだから。


 だから、ハルは。彼女が本当はどんな表情かおで笑ったのか、実際のところを知らないし、永遠に知ることもない。


 ただなんとなく、こんなふうに無防備に笑うひとだとは思わなかった。まるでアルみたいで、それが少し意外だったという、ただそれだけのことだ。それから、

「名前負けなんて、とんでもないですね」

「えっ?」

 問い返されて、初めて声が漏れていたことに気付く。

 ハルは、いつものように微笑んで言葉を重ねた。

「サルビアという名前は、貴女に良く似合っていると思いますよ」


 うつむき、もごもごと蒼緋衣が呟いた言葉の内、ハルにどうにか聞き取れたのは「いきなり」「ずるい」という二つの単語だけだった。照れて赤くなっているのだけは、はっきりとえていたが。うつむいたのは、その顔色を隠すためだろうか。

 そして彼女は、ずい、と突きつけるように持って来たバスケットをハルに差し出した。アル曰く、張り切っていたというお弁当だろう。


「少し早いですけど、お昼にしませんか? 好みがわからなかったので、パンにいろいろ練り込んでみました。白い布でくるんであるのが胡桃くるみ、青は干し葡萄で、赤は干した木苺です。野菜サンドのドレッシングには、アクセントに少し苦味のあるハーブを使ってあります」


 なるほど、アルの言う通り気合が入っている。

 けれど。


「全部が全部、私が食べられるものでなくても良かったのでは……?」

 言うとアルに頭をはたかれた。

「空気読め。たまにはいいだろ、こーゆーのも。」


 ハルが父の料理意外を口にするのは本当に久しぶりのことだったが、蒼緋衣の作って来たそれは大変満足のいくものだった。


「……どうでしょう?」


 お手本のような笑顔を作って緊張を隠そうとするところは自分に似ているな、とどうでもいいことをハルは思った。同種の笑顔とともに、答える。


「美味しいですよ、すごく」


 ハルが一番気に入ったのは木苺のパンで、シディは珍しい風味の野菜サンドが、アルは比較的オーソドックスな胡桃パンと、それぞれの好みがわかれる結果となった。ちなみに飲み水は、湖から汲んだものをアルが精霊術で一度沸かしてから飲んでいる。


「何かハーブも使っていますか、このパン?」ハルが気付く。


「よくわかりますね。我が家のレシピに欠かせない万能ハーブ、セージを」

 微笑んで答えた蒼緋衣の顔をて、ハルは言った。

「あぁ、なるほど。そういうことですか」


「え? なに、どゆこと?」

 と、素直に疑問を口に出せるのはアルの美点だろう。


「スカーレット・セージ――サルビアの別名です。逆にセージのことを、薬用サルビアと言ったりもしますね」


「ウィルは物知りですねぇ」

 と、のんきに言ったのはシディで。ハルはそれにため息で応じる。


「父さんは物を知ろうとしなさすぎです。基本、言葉よりも剣で語ろうとするクセ、どうにかした方が良いと思いますよ」

「いやぁ。言葉そちらはウィルが担当してくれてますから。適材適所、というヤツですよ」

 むぐむぐとサンドイッチをほおばりながらシディは言った。

 戦う者としては細身で、風貌も理知的なのに、考えるのは息子に丸投げという残念さ。それがシディ=ブラウニングという人物である。


「外見詐欺ですよねぇ、本当に」ハルがぼやけば、


「間違いなくオマエの親父さんだな」

「ですね」

 同年代の二人にひどい裏切りを受けるのだった。


 食後に暫くくつろいでいると、時間になった。


「集束する」


 湖上を上げ、呟いたハルに、シディ以外の二人が視線を向ける。そしてすぐに、シディがハルと同じところを見ていることに気付き、視線を転じた。


 最初は、黒い霞のように見えた。それは見る間に濃く、大きくなっていき、すぐに野犬くらいの大きさになる。揺らぎ、蠢くソレは、やがていびつな三本指の腕のようなモノを二本形成し、遂には両の目を開く。


「魔霊……」

 掠れた声で蒼緋衣が呟いた。


「あぁ、サルビアさんは見るのは初めてですか? アルが相手をするので、心配しなくて良いですよ」

「え、今サルビアって」ものすごい食いつきぶりだった。怯えがなくなったのは良いのだが……

「そこですか……今は他の人と区別する必要がありませんから」

「だったらルビア、でも……」期待するような眼差しを向けられても困る。

「他の人と区別する必要、ありませんから。」

「――はい」何もそんな叱られた犬みたいにしょげなくても。


 彼女を少々持て余していたハルに、今度はアルが食いついた。


「いや、いやいやいや、待てよ、オレが相手するって何!?」

 ハルは首を傾げて「できるでしょう?」さらりと言う。

「いやできるけども! アレ、魔霊ってあんなふうに生まれるもんなのか?」

 アレ、の部分で、びっと魔霊を指さすアル。

「あれ? アルも集束を見るのは初めてでしたか。確かに、人が集まる場所で暮らしていれば、あまり見る機会はないかもしれないですね。 あ。来ますよ」

 気軽な調子でアルの背後を指させば、

「くっそ、オマエ、後で覚えとけよ!」

 振り向いて駆けだしながら、剣に手をかけるので、

「あ。剣は抜いちゃダメですよ」止めた。


「はぁ!?」

 不満げな声を漏らしながらも、バカ正直に柄から手を離すのがアルマンディン=グレンという少年だ。魔霊はもう眼前にまで迫っていて、いびつな三本指の腕を振り下ろしてくる。


 きゃっ、と蒼緋衣は悲鳴を上げたが、アルは危なげなく、大きく飛び退って回避している。身のこなしを見るに、もっと小さな動きで避けることも可能だったろうが、いきなり武器禁止を言い渡されたせいだろう。


「おいハル! 剣抜かずにどうしろってんだ!?」


 思った通り、先ほどとは比べ物にならないくらいの軽いステップで、魔霊の大ぶりの攻撃を回避し続けながらアルが叫ぶ。


「勿論、精霊術だけでなんとかしてください」


 剣の基本は父が教えた。なら、息子のハルにできることは?

 精霊術での戦い方を教えることだろう。


「はぁ!? 効果、薄いこと、くらい、知ってん、だろ!?」

 右へ、左へ、軽やかに回避を続ける様はまるで、


「踊ってるみたい……」

 ハルと同じ意見を口にしたのは蒼緋衣だ。武器も抜かずに余裕たっぷりなアルの様子で随分と落ち着いたようだ。


「魔霊に対して精霊術の効果が薄いのは、完全に物質化してしまうからですよ。ちからちからとして、ちからのままでぶつければむしろ剣を振るより効率が良いです。 私が手伝いますから、やってみてください」


「この状況でそれ言うか、オマエ!」


 その状況にはまだまだ余裕がありそうだったが、回避に集中できれば、という前提がつきそうでもある、だろうか。はぁ、とハルはため息を一つついた。


「本当は戦いながらできないと意味がないんですが。今回は初めてですし、しょうがないですかね。

 じゃ、父さん。そういうわけなので、前衛代わってきてください」


 ハルが傍らの父を見上げると、シディは難しい顔をした。


「私が斬っちゃダメなんですよね、アレ」

「アルの訓練ですから」

「足止めって苦手なんですよねぇ。私の色って殲滅向きですし」

 などと物騒なぼやきを残してシディがアルに代わって前へ出る。それでもアルよりも動きが洗練されて見えるのは元騎士の面目躍如か。


「お帰りなさい、アル」

 ハルがひらひら手を振って迎えれば、アルは露骨に嫌な顔で応えた。

「おぅ、ただいま」

「じゃあ、父さんが焦れて斬っちゃわないうちに片付けましょうか。サルビアさんも聴くだけ聴いておいてください。覚えておいて損はないですから」


「ねぇ、ウィルぅ、やっぱり斬っちゃダメですか?」

 剣の柄を人差し指でとんとん叩きながら、くるくると円を描くような動きは止めずにシディが言う。

「いくらなんでも焦れるの早すぎでしょう!? 父さんはもう暫く遊んでてください!」

「えー。これ、あんまり楽しくないですよー」


 ハルは小さくため息一つ。狙ってやったのかどうかは息子のハルにも不明だが、いい感じに力は抜けている。


「では、始めますか。

 アル。君の色は太初はじまりの火の色です。今はもう、この世界の何処にも存在しない、赤くあかあかい炎。それはこの世ならざる存在ものを焼きはらちからを宿している。

 アレ・・は半ばしか実態を得ていません。なので、火に実体を与えないままでぶつけてください」


 否定の言葉は返らないが、まだ巧く想起できない様子だ。

 ハルはもう少しだけ手伝うことにする。


「火の赤よりもなおあかく、けれど透き通る程に透明な……うん、できたようですね」


 色名しきめいは自然と、最初から知っていたもののようにアルの口から紡がれる。


透火クリア・レッド


 透明なあかが、魔霊を包んだ。

 それは確かに炎なのに、下草には焦げ跡の一つもつけることなく、人間に有害な精霊だけを焼き尽くす。燃え尽きるのには、瞬き一つ分くらいの時間で充分だった。

そんなわけでチュートリアルバトルが終了しました。

脳筋みたいな扱いになってしまったシディ父さんのフォローをさせてもらうと、あの人は決してバカではないんです。ただ思考能力が戦うことと生き残ることにはぼ全振りされてるだけなんです。安心と安定の人斬り脳。


次回についてはまだ未定です。いくつかストックのあるエピソードの一つにするか、何か新しいのにするか。今回の事後処理もまだ書いてませんが、次ですぐやるかも未定です。

まぁ、週一ペースは維持したいと思っているので、お付き合い頂けると幸いです。

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