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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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閑話 とある恋する乙女の両親

 ため息が増えたね、そう夫に言われて初めて自分がため息をついたことに気づいた。彼があえて言うということは、相当なのだろう。


「嫌ですね。こんなことでは老け込んでしまうわ」

「幾つになっても君は綺麗だと思うけれど、できれば沈んだ顔は見たくないな」


 彼の道化るようなしぐさに、苦笑から苦みが抜ける。


「貴方、ルビアが旅に出てからその手の言動に磨きがかかりましたね」

「そりゃ、娘の前では自重していたからね」

「あれで手加減していたんですね……」

 しょうがないひと、と呟いた拍子に、思わず弱音が漏れてしまった。あの子は元気にやっているかしら、と。

 慌てて取り消そうとする私よりも、


「当たり前じゃないか」


 あっけらかんと即答する夫の方が早かった。


「何を根拠に……!」

 思わず、責めるような声が出かかるが、


「だって、君の娘だよ?」

 そう、当然のように夫が断言するものだから、朝顔がしぼむように力が抜けた。


「まるで根拠になっていないと思うのですが……」

「そんなことないよ。覚えてるかい? 僕らが家を出た日のことを」

 問われて。思い出したのは、もっとずっと前――ちゃんと彼を知った日のことだった。




 アイオライト=クロッカス=スームは変わり者で有名だった。貴族の趣味と言えば楽器、絵画、ダンスなどが一般的なものだったが、彼は彫金、精石細工といったものを嗜んだ。

 貴族が職人の真似事をしている。誰もがそう言って彼を蔑んだ。その筆頭が私の生家、バラスン家であり、私自身も彼を貴族らしからぬ卑しい者として下に見ていた。いや、見ていた、というだけでなく、彼に直接言ったことすらある。貴族として恥ずかしくないのか、と。


 彼は笑って答えた。自分の『好き』を偽るよりは恥ずかしくないよ、と。


 私は、彼の言葉を否定した。貴族のやることではない、と。それはきつい言い方をしたのだけれど。それでも彼は笑顔のままで言うのだ。


「うん。自分でも向いてないと思うよ」


 そんな私と彼が婚約することになるのは、バラスン家が領地経営に失敗したことが原因だった。その時には彼は一端の刻印師として、家格に見合わぬ収入を得るに至っており、私の両親は恥知らずにも、あれほど蔑んでいた彼にすり寄ったのだ。


 娘を、金で売り渡したのだ。


 受け入れられるはずがないと思った婚約を、しかし彼はふたつ返事で承知した。


 両親については早々に見限っていた私だったが、何故か彼がこの婚約を受け入れたことが許せずに、身勝手にも彼をなじった。貴方には矜持プライドが無いのかと。


「嫌だな、勿論矜持も意地もあるとも」

「だったらどうして!?」

「そんなものより、君の方に価値があるから」


 とんでもない殺し文句だった。真っ直ぐに見つめてくる彼に、私は言葉を失う。


「言ったでしょう? 自分の『好き』を偽るのが一番恥ずかしいって。

 君は綺麗だ。とても、綺麗だ。」


「……み、見た目なんてすぐに劣化しますよ」

 私は彼の目を見ていられずに顔をそむけた。


「違うよ」ひどく優しい声だった「確かに、君は見た目も綺麗だけど。僕が綺麗だと言ったのは、君の矜持のことだ」


 予想外の言葉に視線を戻すと、彼が跪いて私の手を取るところだった。

 刻印師である彼の手は、ごつごつとしていて、楽器や絵筆を遊興でのみ繰る、綺麗に磨き上げられた一般的な貴族の手とはまるで違っていた。


 私は、彼の手を、素敵だと思った。


「君は僕のやっていることを貴族らしくないと否定した。確かに君の言う通りだから、僕はそれに対しては何も言い返さなかった。

 そして君は、かつての自分の発言を否定しようとしない。それが今の自分にどれだけ不利になることであっても、自身の言葉に責任を持っている。実に貴族的だと思うよ」

「……あまり褒められている気がしませんが」

「え。嘘。んー、僕は君の、そういう高潔なところに惚れ直したんだけど……」

「高潔、って……意固地なだけでしょう」

 拗ねるような言い方になった。まるで幼い頃に戻ったかのようだった。

 そんないじけた私に、彼は微笑んで言うのだ。


「意地すら張れない貴族よりもずっと素敵だと思うよ」


 それは私の両親への痛烈な皮肉に聞こえて、堪えきれずに笑ってしまった。


 ――そうだ。貴族らしくあれと言うなら、貴族らしく滅びれば良いのだ。


 自分がしようとしていたことに気づくが、それでも猶、彼は私を求めてくれた。


「改めて言うよ。僕が得たもの、これから得るもの、全部君にあげるから、どうか僕の妻になってください」


 ここまで言われてしまっては。


「……はい…………」


 私には他の返答など、考えられなかった。


 両親が滑らか過ぎる掌を再度返し、好色な新王に私を差し出そうとして、完全に縁を切るのは数年後のことだ。

 いくらなんでも恥知らず過ぎる両親に、私はこう訊いた。


「あなた方は、私の敵ですか?」


 否定なら邪魔をするな。肯定なら全力で叩き潰す。そんな意思を籠めた問いに、日和見主義の貴族もどきが抗えるはずもなく。


 めでたく私と彼は、公的には死者となった。


 そうするのが一番だと私が言うのに、彼は一瞬の躊躇も無く頷いてくれた。


「元々向いてなかったからね。君が一緒に生まれ変わってくれるのなら、喜んで」

「……本当に躊躇わないのですね。全てを失うというのに」

 金品も誤差の範囲でしか持ち出せないから、ほとんど身ひとつでやり直すようなものだ。私が目を丸くしていると、彼は包み込むように私の手を取った。


「――何言ってるの? 一番価値のあるものは残るじゃない」


「……えぇ。そうですね。」


 頷いた私は、私が手にした中で最も価値のある手の甲にそっと頬を寄せた。


 彼がそれまで稼いでいた金は、そのほとんどを生家に残し、事故死したことになった私たちは、やがて辺境の小さな村に流れ着くことになる。




「あの子は昔から君に似ていたけどね。旅立ちのあの日なんて、それはもう生き写しだったよ。僕が焦がれた君、そのままだった。

 だから、ルビアは大丈夫。必ず、自分を貫き通すさ」


 私が無言で見ていると、彼は居心地が悪そうに身じろぎして、何、どうしたの? と訊いた。


「いえ。ちょっと貴方に惚れ直しただけです」


 自分では恥ずかし気も無くこういうことを言う癖に、夫は自分が言われると真っ赤になって照れるのだ。


 ――こういうところは、貴方に良く似ていますよ、あの子は。


 浮かべた笑みは、きっと娘が居た頃と同じものだった。

この親にしてあの娘あり。

政略結婚の話が出たので、それを蹴飛ばしたひとたちのお話をやりました。吐いた唾を呑むのはダサいよね、ってお話。

でもどれだけカッコ悪くても譲れないものもあったりして。きっとどっちが正しいとかではないです。


さてさて次はお久しぶりの無彩色サイド。新キャラが出るのでさすがにちょっと日が空くかもです。

次回「ハガネ」(仮)お楽しみに。

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