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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第108話 それぞれの立場

前回のあらすじ


暗躍する血色の道化

 第三王子の名乗りを聞いて。メアリーはそれなりに驚いたし、スピネルも似たような様子だった。あとついでに王子の随員たちも。

 ルッチがちょっと可哀想なくらい委縮しているが、ダリアは「おー」と驚いているのかいないのかよくわからない声を上げている。


 そして。


「お前は驚かないのだな」

 王子に興味深そうな目で見られたルビアは、事も無げに返した。

「その可能性もあるとは思っていましたし、ついでに言うと王族の知人は他にも居るので」


 言われてみれば、とメアリーが番外王女プリムラのことを思い出していると、アクアマリン王子がちらりと視線を投げて来た。


「当然虚偽ではないだろうが……誇張、ということもなさそうだな」

「おや、私以外の反応で判断するのですね」クスリ、とルビアが笑う。

「簡単に見透かさせるような可愛げはお前には無いだろう。敢えて無礼な物言いをして、私の器を量ろうとするようなお前には」


 ルビアが笑って見せる。悪戯が露見した子どものように。

「バレちゃいましたか」

「気づかないような間抜けなら、交渉の余地すら無かったのだろう?」

 白々しい、と苦笑する少年に、しかしルビアはかぶりを振った。


「それを決めるのは私じゃありませんよ」

 と、ルビアから視線を向けられたメアリーは、数回目を瞬いた。


「……あのさぁ、ルビアぁ。」

「はい、なんでしょう?」

「そこ、こだわる意味ある?」


 ルビアの目が点になった。自身の手の甲に突っ伏して、なにやら重たげなため息を落とす。

「なんで貴女の方がこだわらないんですかねぇ」


 メアリーが横目に見るスピネルは苦笑していて、こちらはわかっている様子。付き合いの長さの差だろうか。


「――だって、結論は一緒でしょ?」

「……はい?」

 ルビアが顔を上げ、訝し気にメアリーを視た。


「――だから、話を聞かない、どころか、その子を手伝わないつもりなんて最初から無いでしょ?」

「……どうしてそう思うんですか?」

 怪訝を通り越して不機嫌とすら呼べる視線が向けられるが、メアリーは優しく微笑んで答えた。


「だってルビア優しいもん」

「――私は貴女ほど甘くはないと思いますけど?」


 とても綺麗な作り笑いで、ルビアが言った。


 それは、その通りだ。彼女には現実が見えている。だからメアリーのような甘さは無く、いつだって実現可能な落としどころを探してくれる。

 だから。


「そうだね、ルビアにも、スピネルにも、いつもヤな役を引き受けてもらってる。

 ――でも、ふたりとも、優しいよ?」

「身内には、と接頭語の付く優しさですけどね」

 ルビアが呆れたように苦笑する。

「でもその『身内』の範囲を少しでも広げたいって思ってるよね?」


 メアリーの断言に、ルビアは一瞬言葉に詰まり……くっ、と王子がこらえきれない笑いを漏らした。ひとしきり声を上げて笑った後で「いや、すまない」と手を上げて謝罪する。

「そちらは主人の方がそういうタイプなのだな。いろいろと悩まされはするが、有難くもあるのが困ったものだ。そうは思わないか?」


 王子の言葉と視線を受けて「そちらは臣下が、ですか」とルビアが応じる。


 少し考えて、自身の身を顧みず皆を救った戦士と、自分が同類扱いされているらしいとメアリーは悟る。どちらかといえば、彼とはアルの方が似ているだろうと思うのだが。


「近衛のリオンだ。石名はアゲートだが、髪と髭が獅子の鬣のようなので、花名のダンデライオンからとってリオンと呼んでいる」


 王子に紹介された男が、いきなりばっと身を起こした。

「若君! ご無事ですか!?」


 意識を取り戻すなり、詰め寄る赤銅色の大男に、水色の少年が苦笑する。

 掌で顔を押し返すその様子は、大型犬にじゃれつかれる飼い主のようだった。

「私が名を呼んだから起きたのか? 忠義者だな、お前は。あと、もう王子に戻して構わないぞ。この者たちには今しがた明かした」


 言われた男はメアリーたち見回して、良かった、と呟いた。

「信頼できる者たちでしたか」

「そこまではまだ断定できない。が、少なくとも敵の敵であるのはほぼ間違いなさそうだ」


「おや、慎重なんですね」冗談めかしてルビアが言えば、

「その方が好みだろう?」応じるような言葉が返る。


 これにルビアは、花咲くように微笑んで。


「いいえ、私の好みは頭が良いのにバカなひとです」


 いつもの惚気を口にした。誰のことを言っているのかは、仲間内では明白だ。そろそろダリアも理解してきた頃かもしれない。


 王子は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに納得して頷いた。

「あぁ、先程言っていた、他者のために身を削るという。」


「はい。他人を助けるばかりで、自分を一切助けようとしないひとなので、いつか、私が彼を助けてあげたいと思っています」


 なるほど、と王子は暫しルビアを観察し、一度会ってみたいものだな、と言った。それにルビアは「機会があれば紹介しますね」と答えた。


「あぁ、一応少し訂正しておくと、メアリーは正確には雇い主です。説明が面倒なので『主人』という言葉を使いましたが、目的地が同じなので護衛と……教師、になるんですかね、そんな感じの役割で同行している、友人に近い関係です」

 友人と呼ばれ、片思いではないとわかって、メアリーの口許が綻ぶ。

「ただの友達でいいのに。」


「良くないです」

 アビーが上機嫌に水を差す。


 思わずキッと睨み付けてしまってから、メアリーは大人げなかったことを自覚した。言ったのがルビアであれば、きっとこんな反応はしなかった。正しいことを言っていても、どうにもこの女性の言葉は素直に受け入れられない。

 スピネルが既にわだかまりなど無い様子なので、殊更自分が子どもに思えてしまうメアリーは、自分の代わりに怒ってくれる彼女をスピネルが有難く思っていることに気づいていない。


 一度言葉を止めたアビーだったが、ルビアが無言を貫くのを受け、苦笑して続ける。


「そこに金銭の授受があり、雇用関係が発生している以上、決定権の所在は明らかにしておかなければなりません」と、そこでルビアに視線を向けて「単に自分が『善意の協力者』になるのが恥ずかしいだけかもしれないですが」


「ちょっとアビー!?」

 がたん、と椅子が揺れた。このように動揺するルビアというのも珍しい。珍しいと言えば、彼女をからかうアビーも、だが。

 ……いや、ふざけているだけ、だったか。思わず笑いが零れる。


「意外と露悪的なところありますよね、ルビアさん。」

「ひとが隙を作らないよう努力しているというのに、貴女たちは……」

「隙を逆手に取る方が貴女らしいと思いますが」

 これにルビアはため息をつき、かぶりを振った。

「見た目で侮ってくれる程度の相手ならそうなんですけどね。

 策士だ軍師だと持ち上げられたところで、所詮はただの小娘ですよ、私は。同年代の平均よりは思考力に優れているかもしれませんが、アルやメアリーのように特別ではないです」


 それはさすがに過小評価だろうと、口を開きかけたアビーのみならずメアリーも思ったものだが、ルビアが小さく付け足した「それに、彼のようにも」という言葉に何も言えなくなってしまう。


 ――なるほど、これは恋する乙女だ。


 届かないかもしれないと、自分では釣り合わないと思って、それでも猶手を伸ばさずにはいられない。そんな切実な想いが叶うようにと、メアリーは神に祈った。


「それで、優しいらしいルビアは私に協力してくれる、ということで良いのか?」


 視線を向けられたメアリーが頷くと、ルビアは答えた。

「まぁ、貴方の目的次第ではありますが……あの血色の置き土産が無いとも限りませんし、乗り掛かった舟ですので」


 あの男の企みを阻みたい。それはメアリーとルビアの共通認識だ。


「目的はこの国に囚われた兄の帰還、その交渉だ」

 少年はさらりと言うが。


「――王族を収監した!?」

 さすがのルビアもこれには声を裏返らせる。

 それは、即時開戦となってもおかしくないだけの事態だ。


「あぁ。それだけのことをしでかしたのだ、あの研究バカは」

 少年の言葉には身内への親しみが込められていたが、今はそんなことはどうでもいい。


「……そういえば、海中馬車の欠片を持ち帰ろうとした者がいたとか……」

 まさか、とその視線が語っていたが、王子は無慈悲に頷いた。


「――兄だ。既に廃嫡が決まっていた、ということにして、どうにか開戦だけは避けたが、以降、緊張状態が続いている」


 これはさすがにメアリーにもわかる。仮にも王族が、隣国の国家機密を盗み出そうとしたのだ。戦争になっていないのが不思議なくらいだ。


「……その交渉は手伝いませんからね」


 ルビアは死んだ目で告げるのだった。

理性と感情のおはなし。


次は今回さらっと流した部分の掘り下げと、王子様の交渉話です。

次回「元王族の研究員」お楽しみに。

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