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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第102話 『船』

 なんということはない、平穏な日々が続いていた。


 悪徳商人があこぎな商売をしているのを逆手に取ったルビアとアビーが荒稼ぎをしたり、逆上して差し向けられた刺客をアルとスピネルがあっけなく返り討ち――一応命までは取らなかった――にしたり。

 野盗の類にはダリアが最初の頃こそ戸惑っていたが、すぐに魔霊の一種と判断したのか、すぐに侍獣と一緒になってこんがり焼き上げ――火加減の練習にちょうど良いと、ルビアとアルはむしろ推奨していた――それにメアリーが死なない程度の治療を施したり。


 ちなみに街中でのダリアは、文字通りの意味での『火種』だった。火事を起こしかけた回数が両手の指で足りなくなったあたりで、一同の誰もが数えるのをやめている。

 その総てを紅蓮が平らげてくれてはいたものの、宿の壁を焦がすくらいはもはや日常茶飯事と言って良い。


 ともあれ、国家規模の事件に巻き込まれることの無い、平穏な日々が……


「……あれ? 平穏ってなんだっけ?」


 なんだか慣れてはいけないことに慣れてしまっている気がして、思わず希望に満ちた未来――平たく言えば明後日――の方に目を遣るルッチだった。


「どしたの、るっち?」

 元凶の一人ダリアが心配そうにのぞき込んでくるのに、ルッチはごまかすように笑う。


「あー……ちょっと人生について考えてた」

「むつかしいこと考えてるんだ。意外。」

 無邪気に失礼なことを言ったダリアを睨むも、当人はきょとんと小首を傾げており、はぁ、とルッチはため息ひとつ。


 この精神年齢の低さから、ダリアには働きに応じたお小遣い制が採用されていた。渡すのは『お父さん』ではなく、彼らの財布を握っているルビアだ。

 今のところ、ダリアのお小遣いの大半は、ボヤ騒ぎの弁償に充てられていたりする。


 とにかく、そんな平穏(?)な日々を経て、いよいよサファイア王国である。

 ルッチとしても是非とも来てみたかった国――無論技術屋的な意味で――ではあるのだが、エメラルディア王国であの血色の道化が残した言葉、『ウチで働く気になったらサファイア王国まで来い』というものがあったので、半ば以上諦めていたけれど、今こうして海の都の玄関口に立っている。


 なんであんなのの言葉で予定を変えてやらなければならないのか、とはルビアの言である。

 これに慎重派のスピネルなどは難色を示したが、こちらから関わろうとしなければ問題無いだろうというルビアの意見と、なにより海の都に行ってみたいという主人メアリーのおねだりには勝てずに、こうなっていた。


 味気ない、港の倉庫街、といった風情の場所だが、それが倉庫というよりも車庫であるとルッチは知っていた。此処で馬車を預け、代わりに同格の船を借りる。それぞれが互いに対する補償金代わりとなっており、馬車の維持費と船の貸し出し代金は返却時に清算する決まりだ。

 交易に力を入れている国なので、それらはかなり割安である。今は査定待ちだ。


「なーなールビア、見渡す限りなんも無い島しか見えないんだが……サファイア王国、ってのはそんなに遠いのか?」

 何も知らないらしいアルとその娘――これを言うと彼はむくれるが――のふたりして、ルビアに視線を向ける。


 此処に来たかったというメアリーとその従者たるスピネルは知っているふうだし、商人のアビーには当然知識があるのだろう。ルッチも個人的な興味から知っていたので、海の都に関して全くの無知はあの父娘おやこだけということだ。


 4人で視線を交わすと、ルビアはいたずらっぽく微笑んだ。

「見た方が早いし、楽しいですよ、たぶん。」


 これにはルッチも同意見だった。正直、何も知らないふたりが羨ましくもある。


「あと、何も無い、ってことは無いですよ? あの島、サファイア王国の農地ですから」


「……はぁ。小島で農業やってる国なのか?」首をひねるアルに、

「まぁ、それも間違いではないですね」含みを持たせてルビアが答える。


 と、査定が終わったと係の者が呼びに来た。随分早い、とアルなどは驚いていたが、ルッチに言わせれば当然の結果である。


 案内されるのは、馬車の格の順番だ。

 これは何も金持ちにおもねっているわけではなく、単純に時間の価値の差だ。王侯貴族や大商人とただの旅人では時間の価格は等価ではない。


 ……メアリーの馬車に乗っている一行が、実はただの旅人であることはひとまず措いておく。


 案内順はあくまで目安であり、事情があって急いでいる場合であれば、別料金を支払って優先してもらうことも可能だ。


 メアリーのあの馬車と同格のものなど、まずないだろうというルッチの予想に反して、同時に案内される者たちが居た。

 豪奢な衣装を身に纏う、若いを通り越して幼い水色の髪の少年と、その護衛と従者たち。彼こそが中心であると、ひと目見ただけで納得させる風格がその少年にはあった。どこぞの貴族だろうか、と思うだけでルッチは早々に興味を失った。彼女の興味が向く先は、これから自分たちが乗る船である。


 ……である。のだが。状況が彼らを無視することを許してはくれなかった。


「なんだ、随分とみすぼらしい恰好をしているのだな」

 嘲笑、ではなく、純粋な疑問、といったふうに言われたので、誰しもがすぐには反応できなかった。


「なんだ、この口の利き方も知らないガキは」

 ただひとり、感性で生きているアルを除いては。


 貴族風の少年の護衛と従者がざわつき……けれど今回は、ルビアが間に合った。


「アル君?」と、機先を制するように問題発言の主の名を呼んで「ヒトのこと言えない。」


 うぐ、と当人は言葉に詰まり、ルビアのこの容赦の無いツッコミに、あちら側でも数名が吹き出している。


「連れの失礼はお互い様、ということで流していただけると幸いです。当方の主人は精都への巡礼の途上なれば、不必要に着飾るのも違うでしょう」

 優雅に一礼するルビアに、相手側も毒気を抜かれたようだ。


「あぁ、すまぬな。自分と似た立場にあると早合点してしまったようだ」

 代表して少年が謝罪……謝罪(?)する。


「いえ。ご理解いただけたようでなによりです」

 笑って流してしまうあたり、さすがルビア、というべきか。アルなどは何か言いたそうな顔をしていたが、ルビアはちらりとだけ投げた視線をすぐに外してしまう。

「とりあえずアル君は黙っててください。話がややこしくなるとアレなので」


「――その者は護衛か?」

 ルビアにどういう意図があったのかは不明だが、少年は話を続けてしまう。


 ……少なくとも、ルッチとしてはトラブルの元からはさっさと離れてしまいたかったのだが。


「――まぁ、役割的にはそうですね。私個人から見れば友人ですが」

「……こう言ってはなんだが、あまりにも違いすぎないか?」

 さすがに少し申し訳なさそうに少年が言い、

「それは私もそう思います。」

 あっさり認めたルビアに目を丸くしている。当事者のひとりであるアルは爆笑していたが。


「私たちふたり、ある共通の友人がいなければ、こんなふうに一緒に旅もしていないと思いますよ」


 誰のことを言っているのかは、ルビアと旅をする者には自明のことだった。


 そうこうするうちに『船』へとたどり着く。


「わぁ……」


 感嘆の声を漏らしたのは、ルッチだった。

 メアリーの馬車、呼ばれた順番、それを考えれば最高級のものであることは予想できていたが、やはり現物を目の当たりにすると感動もひとしおである。


「……ふね?」

 と、小首を傾げたのはダリアだが、アルも似たような表情をしていた。


 確かにそれは『船』と聞いてひとが連想する形からはかけ離れた形状だった。球形の上半分……いや、六割程を取り除いたような椀状。このあたりから見る海よりも深い滄をしたその素材には、砕いた精石が混ぜ込まれているという話だが、詳しい製法はサファイア王国の最高機密らしい。好奇心から欠片を持ち帰ろうとした学者が国家転覆罪に問われたのだとか。

 かれこれ10年は前の話だが、未だ獄中にあるのだという。


 用意されたふたつの『船』の乗員数はどちらも9名――馬車ならば御者台にあたる最前部が一応区切られており、残る座席は形状の都合で2、3、2、1と並んでいる。

 貴重品以外の荷物は目録作成の上、最後に貨船でまとめて運んでもらえるようだが、ルッチたちの場合は2名分の空席に充分積み込めたので問題はない。フルメンバーのお隣さんはそうもいかないだろうが。


 その水色髪の少年一行は、さっさと彼ら用の船に乗り込んでしまう。これでお別れ、となればルッチとしても安心なのだが、ルビアに「また後でな」などと言っていたので、そうはならないのだろう。


「なんかルビア、気に入られてない?」からかうように笑ったのはメアリーで、

「ま、外面そとづらだけならただの美人のおねーさんに見えるんだろ」応じて肩を竦めたのはアルだった。

「内面も含めると『ただの』などとはとても言えませんからね」

 珍しくアビーまでもが乗っかった。


「……まぁ、物騒で厄介な美人だよな、ルビアって」

 ルッチがそうまとめると、やはりというか、ルビアは不満顔だ。


「褒めてるのかけなしてるのか、どっちなんですかね、それ。」

「褒めてるしけなしてる。ハルもこーゆー扱いだったぞ」

「なら良いです」

「いやお前チョロすぎね?」

 そんな友人同士のやりとりを経て『船』へ。


 馬車とほぼ同じ要領で動かせるとのことで、一行の過半数が御者役を務められるのだが、ルッチはここを譲るつもりはなかった。


 ……というか、他の誰もそこまで思い入れがなかったので、ルッチの意気込みはだいぶ空回りした形ではあったが。


 席順は前から、アルとダリア、ルビアとアビー、メアリーとスピネル。中央と最後尾が荷物スペースだ。御者にあたる最前列にルッチが座ると、それを合図に精石が起動したのがわかった。ルッチたちが馬車で使っているのとほぼ同じ術式だ。起動キーは御者が席に着くこと、だろうか。


 そして。『船』は、海中を往く。

お待たせです。また一週間ギリでした。

いろいろ考えたギミックがまだ全部出せていないという……

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