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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第101話 魔王封印

アビス・ブルーが魔王に心酔する、その少し前にあった、彼にとってはどうでも良かったこと。

 ルナにとってそれはもう日課と言っても過言ではなかった。


 朝食の時間に、隣の家の彼を起こしに行く。最初の頃は起きてこない時だけだったのだが、あれで意外とだらしないところのある彼は、すぐに起床をルナに委ねてしまった。


「ホント、しょうがないなぁ、まおー君は」

 階段を降りながらぼやくも、口許には笑みが浮かんでいる。とかく大人ぶりたい少女にとって、年上の男の子の世話を焼くのはまんざらでもないらしい。


 カレンは朝食の支度に前まで住んでいた家――今では女子会の定番会場となりつつある――に行っているので、この場にいるのはルナひとり……と、足元にじゃれつく水月みつきだけだ。今日は白鴉はいない。

 最初の頃こそ張り付いて離れなかった白鴉だが、最近では他にやることがあったりした場合は離れていることも多くなった。とはいえ就寝時には眠らない彼――声からしてたぶん――が必ずついていたので、朝起きていなかったのは今日が初めてかもしれない。


 信頼されるようになったのかと思うと、また一歩大人に近づいた気がして、ルナの頬は緩んだ。


 ……が、上機嫌でいられたのは家を出るまでだった。


「起きたか」


 そう声をかけてきたのは、見逃しようのない、鮮烈な白。


「……白鴉?」

 呆然とルナはその名を呼ぶ。サラの侍獣は魔王の家の窓で翼を休めていた。


「戻ったのが深夜だったのでな。起こしてしまっては悪いと思い、此処で待たせてもらった」


 口調はアビスと似ているのに、この子は怖くないのはどうしてだろうか、そんなどうでも良いことを考えながら、用件、魔王を起こしに来たことを伝える。


「王ならば不在だ」

「……散歩? まおー君がこの時間に起きてるなんて珍しい。でもそろそろごはんの時間なんだけど……って、そっか、起きてるなら呼ばなくても来るか」

「いや、そうではない。言葉足らずを謝罪しよう。王は、森に不在だ」


 鼓動が。大きく跳ねた。


 粗暴な白の炎が、不意打ちをかけたことは、既にルナも知っていた。そんな白が来た翌日に不在。嫌な予感が胸を蝕む。


 ルナは目を閉じ、ぎゅっと胸元を摑んで、深く、大きく、深呼吸をした。


『こころの中心を明確にすること』


 ――大事なのは、家族。ルナは、ここを壊したりは、しない。


「あのねぇ、白鴉。謝ったワリに、まだぜんっぜん足りてないから。森にいないのなら、まおー君は今、どこで、なにをしてるの?」

 腰に手を当て、雷光色の鴉を叱りつける。


「城で必要な作業を行っている。同行者は我が主とシグルヴェイン、アビス・ブルーと、ついでに双子だ」

 悪びれもせずに答えるのに、思うところがなかったわけでもないが、ルナは『ついで』という発言に笑ってしまった。主人に似て生真面目そうなこの鴉も、あの双子のことは嫌いなのだろうか。

 足元にすり寄ってくる銀色の仔猫を抱き上げて、ふと気づく。そういえば白鴉も生まれたてだ。まだ他人との関わり方は子ども同然なのだろうか、と。


 ふぅ、とルナは息をつく。


 ――しょうがない。弟が増えたと思っておこう。


「カレンにはもう言った?」

「いいや。こちらには気付いたようだったが、彼女は声をかけてこなかったのでな。われが頼まれたのは君のことだけだ」


 はぁ、とルナは息をつく。やっぱりそうだ。この子は言われたことには忠実でも、他人への配慮が足りない。いや、足りないというか、わからないのだろう。今は、まだ。


「あのねぇ、白鴉。カレンはごはんを作りに行ったのよ?」

「あぁ。いつも通りだな」

 まったくわかっていない様子のバ鴉に、噛んで含めるようにルナは言う。

「――そうね。いつも通り、まおー君と、サラと、シグの分も作ってるでしょーね。出かけてるなんて知らないから」


 ようやく理解したのか、沈黙で答える鴉に、ルナは無慈悲に告げた。

「怖いよ、カレン。食べ物粗末にすると」


「……それは、我の失態なのだろうか?」

 表情など無い鴉の顔が、悄然とうなだれているように見えて、はふ、とルナはため息ひとつ。随分印象の変わった大鴉を手招く。

「しょーがないから、ルナも一緒に謝ってあげる。おいで、白鴉」


 カレンにがっつりお説教をされた白鴉の印象は、ルナ以外の者たちのものも大きく変わったことだろう。




 朝食後はなんとなく、全員がその場に残った。昼になってから合流した、ユウガオとサクラも含めて。サラとシグが森の外へ出かけることはこれまでにも何回もあったし、魔王にしてもそうだ。

 それでも彼の不在が落ち着かないのは、ルナだけではなかったようだ。少し前にも、予定になかった外出期間の延長があったことでもあるし。


 あの双子は不満を並べ立てていたが、彼は既にユートピアの一員なのだ。


 退屈しのぎに、とサクラが語ってくれた物語も、珍しくこの場で歌ってくれたアニーの歌も、不安を紛らわせてはくれなかった。

 カレンが淹れてくれたお茶も、たまたまルナの好物が出たお茶請けの桃のタルトも、ほとんど味を覚えていない。


 やがて日が傾き始めた頃に、フロルと白鴉が顔を上げた。


 どちらか一方ならば気にならなかったのだろうが、少年と鴉が全く同時に同じ方向を見たので、その場に――つまりこの森に――いた全員がそちらを向いた。

 それはルナの……いいや、彼の家がある方向で。


「戻ったようだ」

 白鴉の声を聞くよりも早く、ルナは駆け出していた。


 同じく走る者、小走りな者、特に急ぐでもなく歩く者も――白鴉も含めるなら空を飛ぶ者も――居たが、全員がルナに続いた。


 着いたのは、ちょうど彼が家を出る頃で。


「まおー君!」


 無事戻った彼にルナは飛びつき……支えきれなかった彼と一緒に倒れた。


 ――減点。


 痛た、などとぼやく彼に、男の子なら女の子のひとりくらいちゃんと受け止めてほしいものだと、ルナは唇を尖らす。

 けれど今はそれよりも。


「――あのふたりに何かされなかった?」至近距離でルナが問えば、

「彼らごときでは何もできませんよ」魔王はいつもの顔で微笑んだ。


「……らしくないというか、」「それともらしいというべきか、ビミョっすね」

 追いついてきたカレンとサニーがそんなやりとりを交わしていた。


「あぁ、ちょうど良いところに。森緑しんりょく、この家に外側から鍵をつけてくれ」

 彼の後から家を出て来たアビスに、いきなりそんなことを言われて、フロルは不思議そうに首を傾げたが。


「――はぁ!?」

 ルナは怒気を孕んだ声を上げていた。

 感情のこもらぬ視線を向けられて、一瞬ひるみそうになるも、ここは引かない。

「まおー君を閉じ込めるってこと!?」


「そうだ」

 あくまで淡々と、アビスが答える。


「ふざけないで! なんだってそんなこと!」

「私はふざけてなどいないし、魔王も納得している」

「ルナは納得できない!」

「貴様の納得が何故必要なのだ?」

 冷たい視線と正論に、思わずルナは言葉に詰まるが、


「他の皆も、作業担当のフロルだって、いきなりそんなこと言われても納得できないわよ。せめて事情を説明して」

 感情を抑えたカレンが代わって言った。


 面倒な、と呟いたアビスに代わって、説明を引き受けたのはサラだった。ざっと昨夜と、城であったやりとりを話す。今森にも城にも居ない者たちが全員揃うのを待って、改めて魔王の正式な処遇を決定することと、それまでは仮の措置として拘禁することを。


「納得いかない!」ルナは叫ぶが、

「貴様の納得など不要だと言った」

 同じことを二度言わせるな、とアビスに睨まれて委縮してしまう。と、そこへ――


「子ども相手に大人げないですよ、深淵さん」

 取りなすように言った魔王の言葉が、むしろルナの胸を抉った。


 どうしてか、彼に子ども扱いされることが苦しかった。意味も無く、涙が込み上げそうになり、俯いて唇を噛む。


「魔王君、後でお説教。」「え、嘘。」「嘘じゃない。」

 そんなやりとりも、耳には入るが、心までは落ちてこない。

 みぃ、と足元で水月が心配そうに鳴いて、


「そんなに不満ならば、鍵は開けておけば良いだろう」

 アビスの言葉にいろいろなモノが吹き飛んだ。


 ばっ、と顔を上げたルナに、フン、とひとつ鼻を鳴らして、アビスは続ける。

「私や魔王があの双子に確約したのはこの家に外から鍵を取り付けることだけだ。魔王を軟禁状態に置くなどとはひとことも言っていない。そもそもこの男がその気になれば、鍵など有って無いも同然だしな」


「……え、いや、その……それでいーの?」

 呆然とルナが呟けば。


「バカ正直に真実を教えてやる意味もあるまい?」嘯いて、アビスは人の悪い笑みを浮かべた「考えの足りない愚か者は、勝手に勘違いして勝手に騙されれば良い」


「あっちゃんてば実はあのふたりのこと嫌いっすか?」苦笑するサニーに、

「貴様のそういうとぼけたところも好まんがな」フン、とアビスが鼻を鳴らす。

「あ、否定はしないんすね」

「愚者が嫌いなのは事実だからな」

 淡々とそんなことを言うので、ルナはちょっと笑ってしまった。


「なんだ、アビスってそういう冗談も言うんだ」

「本心だ。私は冗談を好まない」

 ルナの呟きに、大真面目な顔で答えるものだから、ツボに入ってしまう。


「意外と面白いんだね、アビスって」

「その評価は承服しかねる。再考しろ」

「最高?」

「――貴様今違う字を思い浮かべただろう」

 苦虫を噛み潰したような顔に、ルナはまた笑う。貴様と呼ばれることも、眉間の皺も、もう怖いものでは無くなっていた。


「何が可笑しい」不機嫌、というよりも困惑したような声に、

「うん。そういうところだよ」笑いをかみ殺したカレンが答えた。


 アビスは深いため息をついた。


「それに関してはもう良い。好きに思っておけ。

 だが、ひとつだけ改めてもらう。私はアビス・ブルーだ。魔王の付けた名が気に入ったのでな、今後はそう呼んでもらおう」


 他のひとにとっては、別の意味があるのかもしれないが。

 ルナにとってその日は、得体の知れない怖いヒトでしかなかったアビス・ブルーが、確かに仲間になった日だった。

グッバイ殺伐。おかえりほのぼの。結局森はあんまし変わりませんでしたとさ。ハル君ちに同居人が増えたくらい。

悠々自適の軟禁生活に関してはまた後でやるとして、次はまた滄紅サイドです。何やるかはまったく決まってませんが(笑)

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