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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第98話 これからの話をしよう

 集められたのは合計6人。当事者である炎白えんぱく雪白せっぱくの双子と魔王、立ち合いに呼ばれたアビス改めアビス・ブルーに、魔王の護衛として銀、爪牙のふたりだ。


 無関係な者を排除した結果ではなく、無関心な者に配慮したが故の選抜である。

 なにしろ他の面々といえば、好奇心は旺盛でもまだ難しい言葉は理解しきれない子どもを除けば、料理にしか興味の無い者、物語にしか興味が無い者、歌にしか興味が無い者などで、立ち会ったところで退屈なだけだろう。

 話についてこれそうな者も1……2名ほどいないでもなかったが、どちらも参加する気は無いようだった。場をかき回しそうな陽光が参加しなかったことに、アビス・ブルーは正直安堵を覚えていたが。


 警戒を強めねばならない理由については、場所を移す間に語られた。魔王を探す者がいて、教会の目に留まりかねない、と。

 嘲笑を漏らしたのは炎白だ。


「仮にも魔王なら、逃げ隠れせずに戦ったらどうだ」

 これに魔王は肩を竦めて返す。

「それで皆を危険にさらすんですか? 本末転倒ですよ」


「戦うのが怖い言い訳にしか聞こえねぇな」


 その侮蔑に反応したのは、意外にも銀だった。舌鋒に応じようと口を開きかけた彼女を、しかし予想していたように魔王は手で制し、ため息交じりに、なんでもないことのように答えた。

「別に殺すのも死ぬのも今更怖くはないですけどね。敵を殺して、殺し尽くして――それで、その後のことは考えてますか?」

「――なんだと?」

「貴方がたが濁色と呼ぶ者たちを皆殺しにしたとします。それでもし、同胞たちから新たに生まれた子がそう・・だったとしら、その子のことも殺すんですか?」


 考えてもいなかったのだろう、先程までの勢いを失い、沈黙する少年に、魔王は変わらぬ穏やかさで続けた。

「少なくとも私は、そんなのは嫌です。立場が逆になっただけじゃあ、何も変わりませんよ。私たちが教会なんかの真似をする必要は無いでしょう」


 変わらぬ穏やかさで、結構な毒を吐いた。

 白の双子もそれ以上は何かを言うことも無く、目的地に到着する。


「……なんの冗談だ、コイツは」


 二本並んだ大樹の家で、最初に目についたものに、炎白が嗤う。

 嘲るような言い方はともかく、その意見自体にはアビス・ブルーも同感と言わざるを得ない。『魔王』と書かれた……いや、描かれたその表札の文字は、目やら王冠やら翼やらの意匠でごてごてと修飾されている。


「カレンさんの冗談ですね」

「そんなもん字ぃ見りゃわかる。なんでそのまんまにしてんのか、つってんだ」

「あぁ。そうですね……思ったより、『身内には』甘いみたいです、私。」


 この言い様に、アビス・ブルーは笑いをこらえきれないところだった。

 当の炎白は気づいたかどうかわからないが、魔王が『身内には』とわざわざ強調したのは、言外に告げているのだろう――お前はそれには含まれない、と。

 まぁ気づいたところで、炎白の方でも同感ではあっただろうが。


 ――この魔王、なかなか言うものだ。


 慇懃無礼なその対応は部屋に入ってからも変わらない。


「さっさと本題に入りましょうか。お茶が出てくるなどと期待していたわけでも無いでしょうし」


 さっさと椅子に座り、席を勧めるわけでもなくそう切り出した。


 アビス・ブルーも双子も勝手に座るのだが。双子が魔王の正面、アビス・ブルーは側面に座った。


 残る2名は護衛に徹するつもりか、席には着かず、魔王の背後に侍立している。穏やかな爪牙の方はともかく、気難しい銀を良く手なずけたものだと、アビス・ブルーは妙なところで感心していた。


「あぁ、サラさんは座ってください。話を進める側に回ってもらいたいので」


 そう言って一方を隣の席に着かせたが、残るひとりが背後に立つのには何も言わず、当然のことと受け入れているようで、穏やかな物腰――時折毒が含まれはするが――に似合わず、他者を従えることが板についていた。

 やはり、王の器だとアビス・ブルーは思うのだが。


 都合5人が席に着き、議論が……始まらない。魔王は銀を座らせて以降はただにこにこと笑っているばかりで、一向に口を開く様子が無かった。


「オイ、さっさと始めたらどうだ」


 真っ先にしびれを切らしたのは、他でもないアビス・ブルーである。

 無駄無為無価値は総て嫌いだが、中でも最たるものが時間の無駄であった。


 相手が子どもならほぼ例外なく怯える、アビス・ブルーの険しい視線を向けられても、魔王の笑みは崩れない。

「言う相手が違います」と、視線で炎白を示す。


 話があるのは彼らであって、私ではありません。そう魔王が嘯くと、炎白はテーブルに拳を叩きつけた。

「――てめぇ、言い訳も無しかよ……!」


「言うべきことは既に総て言い終えています。もう忘れてしまったというのなら繰り返しましょうか?」


 これを嘲笑の気配など微塵も無く、心からそう思っています、という態度でやるのだ、本当に良い性格をしている。

 当然の如く激昂し、腰を浮かせかけた炎白の肩を異形の掌が押さえた。


「ほぅ」

 アビス・ブルーは思わず感嘆の声を漏らす。鬼人の彼が戦闘職なのは知っていたが、いつ動いたのかまるでわからなかった。


「話を、しに来たんでしょ?」

 こちらは珍しく嘲るような声色だった。


 それも当然か、とアビス・ブルーは納得する。問答無用で攻撃をしかけたことは雪白から聞いて知っていた。


 睨みあう炎白と爪牙に、アビス・ブルーはため息をひとつ。


「話が進まんな。私が聞かされた話をまとめるから、間違っていたら言え」


 曰く、炎白の火を軽くいなして魔王はちからを示した。

 曰く、それは魔女の死をきっかけに得たもので、魔女は救えなかった。


 簡単にまとめたそれに、魔王は「その通りです」と頷いた。


「ふむ。確かに最低限の情報は揃っているな。

 それで? 貴様これ以上何を望むのだ」


 深淵の滄は劫火の皎にそう問うた。


「――てめぇは……っ! コイツが魔王で納得してんのかよ、アビス!」

 猛々しいその声は、炎が荒れ狂う音に似ていた。つまり無意味だ。


「しているな。いや、正確に言うならば、会うまではどちらでも良いと考えていたが、今は納得し、満足もしている。魔女が択び、威を示し、魔女にも届きうる眼を持ち、智慧も確かだ。

 逆に問うが、貴様は何が不満なのだ?」

 魔王は感情の問題だと言っていたが、アビス・ブルーには理解不能だ。


「ばぁちゃんが死んだってのに、コイツがへらへら笑っていやがることだ!」

 くだらん、とアビス・ブルーはため息をつく。

「めそめそ泣いていれば納得ができるとでも言いたいのか?」


「アビス」

 ここまで無言を貫いていた雪白が、双子の片割れが激昂しそうになったタイミングで口を開いた。決して大きいわけではないのに、何故か無視できない強さのある声だ。それは皮肉にも、魔王のそれと良く似ていた。

「そういうことを言っているのとは違う。その男が」と、そこで魔王を睨めつけて「のうのうと生きていることが私たちは不満。」


 言葉通り、殺意すらこもっていそうな視線に刺されて、それでも魔王の微笑は崩れない。透明な笑みを浮かべたままで、彼はさらりとこう言った。

「死に場所はそちらで決めてもらって構いませんよ」


『陛下!』と、護衛のふたりが悲鳴を上げるが、


「最初からそういう話でしょう? 魔女に譲ってもらった命なんですから、魔女の家族が使えば良い」


 近しいふたりの悲痛な表情、白の双子の怒りの表情、そしてアビス・ブルーの思案の表情の中で、ただひとり、当の魔王だけが、穏やかに微笑んでいた。


「そう。」温度を失くして、より鋭さを増した雪白の視線が魔王を射貫く「なら、使う時まで厳重に封をしてしまっておくことにする?」


 お前を軟禁する。そう告げた皓の氷雪に、それでも魔王は表情を変えず、代わりに護衛ふたりが色めき立つ。

 何故かそれを言った本人まで、笑顔のままの魔王を不愉快そうに睨んでいたが。


「ただ戦力として扱うのであれば、それも選択のひとつではある、か。」


「アビス!?」魔王の隣に座る銀が、責めるような視線を向けて来た「貴方、いったいどちらの味方なんですか!?」


「そちらの味方、とでも思っているのなら、勘違いも甚だしい。私は、」

「――中立ですよね。だからこそこの場に呼ばれた」

 言葉を奪われた不快感は無く、むしろアビス・ブルーは愉快に思った。

「命が俎上に上がっている当人が一番冷静とはな。

 ではその中立の立場で言わせてもらえば、拘禁するのはあまり利口な手だとは言い難い。それよりもむしろ――」


 ――むしろ。同胞として遇し、仲間意識を持たせるのが巧いやり口だ。


「――そういうことなのか?」


 だから、魔女は。過激な思考を持つ戦闘要員たちを、このタイミングで遠ざけていた。魔王が、同胞として、この楽園で暮らせるように。


「そういうこと、だったら恐いですよねぇ」


 魔王が笑顔を向けてくる。或いはそれは苦笑のつもりだったのか。

 アビス・ブルーと魔王ですらも、魔女の掌の上だったのだとすれば……確かに、それは恐ろしい。隔絶を超えて断絶を感じさせる、畏怖すべき異質な存在――それでこそ遠見の魔女だ。


「なんの話です?」雷光の娘がそう問うが、

「わからないひとは、わからないままの方が良い話ですよ」

 魔王の答えは、そんなはぐらかすようなものであった。


 これでは納得などできないであろう、というアビス・ブルーの考えに反して、彼女はあっさり引き下がった。まるで魔女に対するような信頼に驚く。


 双子の方は、最初からただのたわごとと切り捨てている様子だ。


「それで、どうします? この家の入口に、外側から鍵でもつけてもらいますか? それとも牢獄にでも引っ越します?」

『陛下!』

 なんでもないことのように言った魔王に、護衛のふたりがまた叫ぶ。


 事実、彼にとってはなんでもないことなのかもしれない。そもそも魔王がその気になれば、閉じ込めておける檻などは存在しないのだ。

 魔王を繋ぐ鎖は、魔王でなければ創れないという矛盾。


 だから彼がしているのは、あくまで形式の話なのだろう。彼を、此処ではどういう存在として定義するのか、という。


「彼らが満足するなら、私はそれでも構いません。まぁ、まずは避難経路の構築が先ですが……それが済んだ後でならどうぞお好きに。代わりに魔王をやってくれるというのなら、いつでも交代しますよ」

 惰弱、ともとれる発言に、隣の銀が文字通りの意味で雷でも落としそうな表情をするが、それも続く発言を聞くまでのことだった。

 ただし、とひとこと前置いて、白の双子に魔王は言った。


「私よりも巧くやれ。皆のことは死んでも護れ」


 直接言葉を向けられたわけでもない、アビス・ブルーですら息が詰まった。それほどの威圧を伴った、まさに王の命令だ。

 口調は変わらない、表情もいつもの笑顔のままだというのに、拒絶はおろか反論も許さない強制力がそこにはあった。


 ――まったく、これが王でなくなんだと云うのか。


 ため息とともに、アビス・ブルーは答えた。

「無理だな。この双子を足して、私をおまけにつけたとて、代わりは務まらん。魔王はお前だ、ウィルムハルト=オブシディアン=エキザカム=ブラウニング」


 何故か雷光の銀が誰よりも誇らしげに笑っていたりした。


「とはいえ、最終的な結論は全員が揃ってからにするべきだろうな。何度も呼び出されてはかなわん。それまでは、魔王の言った通り此処に外鍵でもつけておくか」


「アビス!」

 テーブルに両手を叩きつけ、立ち上がったのは銀だ。


「なんだ」

「どうしてそういう結論になるんです!」

「貴様は何を聞いていた。結論ではなく、結論が出るまでの暫定的な処置だと言った」

「同じことではないですか! 陛下を閉じ込めておくなど……!」


「構わない」

 どこまでも平静な魔王の言葉に、アビス・ブルーを睨んでいた視線が彼へと移動する。さすがに雪白のような殺意は無いが、敵意ははっきりと感じられる眼だったが、当然魔王は動じない。

「さっきも私はそう言いましたよ。やるべきことを済ませたら、おとなしく閉じ込められましょう。私の命は魔女の家族のものだ。どう扱うかは、家族全員で決めれば良い」


 ここへ至って、アビス・ブルーはようやく魔王の意図に気づいた。

 これは対価だ。血の気の多い白の双子に自重を強いる代償として、彼らが望むであろうことを受け入れようとしている。なるほど、こうしておけば、全員が揃うまでは彼らもおとなしくしていることだろう。


 護衛のふたりは心底不満そうではあったが、彼らをなだめるのは魔王がやるべきことであって、アビス・ブルーには関係の無い話だ。

純銀のひとが若干やらかくなったので、雪のひとがそのぶんとんがった感はあります。

次回は雲上郭へ行く予定。

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