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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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閑話 娘からの手紙

それは、精都での暗殺騒ぎが起こる前日のこと。

 私がそれを見つけたのは、妻と共に行うのが日課になっている庭園での散歩を終えて、屋敷に戻ってのことだった。庭のエキザカムが花開くにはまだ早いが、蕾をつけるのを今か今かと待ちわびるのも、それはそれで楽しい時間である。


 コトン、と音がした気がして、覗いたリビングのテーブルの上にそれはあった。置手紙のように、けれどしっかり封筒に入れられて置かれ、上には見覚えのある指輪が乗せられていた。


 念のため、使用人たちに手紙の存在について――現物は見せることなく――訊いてみるが、誰ひとりとして心当たりが無いとのことだった。


 ――差出人は、今は亡き娘だった。


 これだけ言うとまるで恐怖小説のようだが、届けた人物の心当たりなら充分すぎるほどにあった。それでも亡き娘が生前私たちに宛てたであろう手紙だ。妻が動揺するのも無理からぬことだった。

 彼女をなだめて私室に戻り、手紙を開く。


『父様、母様、先立つ不孝をお赦しください』


 まるで遺書だ、と書き出しの一文を読んで思い、現実を鑑みればまごうこと無き遺書なのだと理解する。


 つまり、娘は、自身の死を覚悟していたということだ。


 そこに綴られていたのは、生まれた子が無彩色であったこと、その子を生かせば家族にも累が及ぶのは確実なので、最大数を救うために、自らが死を選ぶこと、自分殺しの罪を背負うことになる夫を恨まないでやってほしいこと、そして両親である私たちへの感謝と、重ねての謝罪の言葉であった。


『もうひとつの選択肢――私と彼との子を亡き者にするというそれは、どうしても選べませんでした』


 これを言われてしまっては、責めることなどできようはずもない。娘もまた、親としての選択をしたのだ。

 こうして自身を被害者に仕立て上げれば、両親たる私たちに向けられるのは同情のみで、生活は教会が保証してくれる。そして子を連れた逃亡生活になるのであれば、あの娘婿は適任であろう。


「まったく、完璧だよ、お前は」


 言うまでも無いが、これは皮肉だ。出来が良過ぎて、常に最適解しか出すことのできなかった愚かな娘に対する、皮肉。

 幼い頃からそうだった。自分の容姿が他人にどう映るのかを正しく理解し、それを最大限に有効活用しようとした。家のために、自身を最も高く買ってくれる者に売り渡そうとしていた。


 政略結婚、ということならば貴族である以上珍しいことでもないけれど。自分の人生を商品のように扱う、あの子のそれは度を越していた。

 貧乏貴族が精都の中心部に館を下賜されたのはその甲斐あってのことではあるが、私と妻が欲しかったのは、あの子に与えたかったのはこんなものでは無かった。


 正しいだけの娘を、けれど正しいが故に諫めることができなかった我が身のなんと無力なことか。最初で最後のわがままが、私たちよりも先に死ぬことだとは。


 まさか、とすら思わないような結婚相手が思いのほか良縁で、互いに良い影響を与え合ってはいたのだが……


『読み終えたら必ずこの手紙は燃やしてください』


 その一文で、ついに堪えきれずに妻が泣き崩れた。最期の瞬間まで正しいままであることは、まるで呪いのようだ。私たちは、娘が遺した言葉を残しておくことすら許されないという。


 ――そのための遺品ゆびわか。


 確かにこれならば、見つかったところで言い訳はきく。犯人が良心の呵責に耐えられずに返しに来たようだ、とでも。


『最後に。ウィルムハルト=オブシディアン=エキザカム=ブラウニング――それが貴方がた孫の名前です。私と夫がついに持ち得なかった自らの強い意志ウィルを持って生きてほしいという願いを込めました。きっと出逢うことはないでしょうが、せめて名前くらいは知っておいてほしい、というわがままでこれをしたためました』


 遺言はそこで終わっていた。娘の言葉に従いそれを燃やそうとする私に妻は最初抵抗したが、あの子の死が無駄になると言って聞かせて承諾させた。


 唯一遺された結婚指輪に向けて、私は苦い想いを吐き出した。


「来ていたのなら、顔くらい見せてゆかぬか、バカ義息子むすこ

ウィル君(今回はこちらで呼ぶべきでしょう)は中身も外身も母親似。

新年最初ということで彼のルーツに関してでした。しんみりした話になりましたが、殺伐よりはまだマシかなー、と。

暫くは短編の連作みたいな感じで、メインの3人以外の話をお届けしようと思います。次は一部の方お待ちかねの我らが人斬り脳さんの出番です。

次回「藍の記憶」お楽しみに。

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