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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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第11話 ブラウニング家の黒馬

 安息日には、不入いらずの森で。そんな約束をしたわけではなかったが、髪の色を隠している友人は、基本的に髪の色以外にもいろいろなものを隠しているので、言葉の裏を読むのがあまり得意とはいえないアルにとっては、そこがハルの真意を訊くことのできる唯一の場所だった。

 月が替わり、橄欖石かんらんせきの月になった今でも、変わることなくアルの森通いは続いている。暦の上では晩夏ということになるそうだが、日差しの厳しさは夏の盛りといった感じで、今日も水浴びは気持ち良さそうだ。


 引っ越してきたばかりのハルの家は、村の最南端、不入いらずの森を臨む場所にあって、アルはいつもそこで暫し足を止めてしまう。


「いーなー」


 口をついた言葉は、ため息にも似ていた。

 ハルの家の傍らには馬小屋があり、そこに立派な黒馬こくばが縄でつながれることもなく、悠然と佇んでいる。アルの両親が所有しているずんぐりした馬車馬と違って、それこそ物語の騎士が乗っているような、流麗でいて力強いフォルムをしていて、その黒瞳からは深い知性すら感じられる。磨き上げられた宝石を思わせる美貌のハルや、鍛え上げた刀剣を想起させるシディの在り様に通じる美しさが、走ることに特化したその生き物にはあった。


 熱い視線を注ぐアルと目が合うと、黒馬は煩わし気に首を振って顔を背けた。




「羨ましい」

 ハルと合流したアルの、第一声がそれだった。


「読みたいのなら、蒼緋衣そうひごろもさんに直接頼んでください」

 栞を挟んで読んでいた本(今日のは七龍伝承だった)を閉じ、ハルはアルを見上げた。


 蒼緋衣そうひごろも、というのは蒼髪の緋衣草サルビア――つまりルビアのことで、ハルがこのように他者の名前を省略していることを、アルは最近になって知った。

 本人に言わないのか、と訊いたところ、愛称で呼び合うのは友達だけだとばっさり切り捨てられたのだが。


「いや、本じゃなくてな」


「本じゃないなら、なんの話です?」

 革表紙の上に両手を揃えて、ハルは小さく首を傾げた。その動きに合わせるように、傍らのサルビアが揺れる。こちらも申し合わせたわけではないのだが、ハルはたいてい一輪のサルビアが咲くこの場所で本を読んでいて、ここに居ない時には初対面の泉で水浴びをしていた。


 目印にちょうど良い、とでもハルは思っているのかもしれないその花は、ルビアの誕生日からここで咲いている。ハルが教会前の広場から掘り起こしてきたのだという、まだ蕾もつけていない一株をここに植えると、瞬き一つほどの間に花を咲かせたのにもアルは驚いたが、真の驚きはハルがそれを摘んだ後にあった。

 摘み取った花の、折れた茎があっという間に伸びて、再び花を咲かせたのだ。

 無限に摘めるのではないかと驚愕するアルに、ハルは苦笑してかぶりを振った。この場所に満ちる精霊の力を消費するので、無限ではない、と。それにここでは枯れずに咲き続ける花も、時期が違うものを外に持ち出せば一日ともたずに枯れてしまうので、精霊力の無駄遣いだ、とも。

「まぁ、今回だけ、一輪だけ、ということで、精霊たちには大目に見てもらいましょう」そう言って、ハルは悪戯っぽく笑ったのだった。


「――アル?」

 怪訝そうに呼びかけられ、アルは我に返った。


「あぁ、本なら、オマエにかみ砕いて語ってもらった方が面白いから読みたいわけじゃない。じゃなくて、ハルんちの馬のこと」


絶影ぜつえいがどうかしましたか?」


「――ゼツエイ?」

 耳慣れない響きに眉根を寄せれば、「こう書きます」と、ハルは指先で地面に文字を――精霊文字を描いてみせた。


「影を置き去りにするほどの速さで駆ける、という意味だそうです」

「なにそれカッコイイ。なぁなぁ、今度乗せてもらえない? 次の紫の日にでも、ちょっと遠くまで……」

「あ。それムリです」言葉半ばでハルが割り込む。普段のやり取りとは逆だ。


「――ムリ?」アルがオウム返しに問えば、


「えぇ、ムリなんです。ああ見えて精獣せいじゅうですから、絶影ぜつえい


 こともなげに言われた言葉に、アルの目は点になった。

 ――セイジュウ、せいじゅう、精獣せいじゅう!?


「ちょ、精獣せいじゅうって、あの!?」


「はい。形を得るほど力を持った精霊の内、下位のものは鬼火や光る靄というふうにあやふやで揺らぎやすいものですが、中位以上のものになると実体を獲得し、実在の獣にも似た姿を取る、あの精獣せいじゅうです」


「授業でもしてるみたいなわかり易い説明どーも」と、アルが皮肉を言えば、

「どういたしまして」ハルはとても良い笑顔で返すのだった。


「ついでに言うとただの精獣せいじゅうではなく、父さんに仕える侍獣じじゅうなので、息子の私はともかく、他の人を背に乗せたりはしないでしょう」


「しかも侍獣じじゅうかよ……」

 精霊が、それも実体を得る程の力を持った精霊が、たった一人の主を定めることなど、そうそうあるものではない。侍獣じじゅうを得ているということが、精霊術師にとってステータスの一つとされるほどだ。


「ただ一人の主を定めた精獣せいじゅうを特に侍獣じじゅうと呼び、一般の精獣せいじゅうとは異なり、基本的に主を替えることはしません」


 再度の教師口調に苦笑しかけ、アルはふと疑問を覚えた。


「基本的には?」

 アルが知る限り、侍獣じじゅうの忠誠は絶対のものだ。


「例外が二つあります」ハルはくすりと笑って、指を二本立てた「一つは主自身が侍獣じじゅうを拒絶した場合」一方を折り、「もう一つは……主が、命を落とした場合」もう一方を逆の手で包み込む。


「……? いやいや、主人と一緒に消えるんじゃねぇの? 侍獣じじゅうって」


「えぇ、普通はそうです。けれど主に極めて近しい人物が同系の色をしていた場合、親から子へ受け継がれる場合もごく稀にあるそうですよ。更にレアケースですが、血族以外、友から友へ主が引き継がれたこともあったのだとか」


「へー」確かに、侍獣じじゅうというのは精獣との魂の結びつきだから、類似系の魂と再度繋がるということもあるのかもしれない。そうアルが納得していると、


「そういった理屈を正しく理解せずに……というか、理解できなかったからこそ、なのでしょうが、『殺してでも奪い取る』なんてバカをやった輩もいたそうですよ?」


「はぁ!?」アルの声が裏返る「いやいや、オマエが来る前の村のガキどもでも、それがムリなことぐらいわかってたぞ? そいつマジに精霊術師か?」


「なかなか鋭いですね。犯人は甘やかされてわがまま放題に育った貴族のバカ息子で、この村の子どもたちができる程度の精霊術ですら使うことができなかったそうです。道理を知らず、他人を羨み、妬み……遂には殺して、殺されたということですね」


 殺された。誰に、とハルは言わなかったが、聞くまでもない。主を殺された侍獣じじゅうに決まっている。果たして殺されたのは、本人だけで済んだのかどうか。育てた両親バカおやはともかく、無関係な人間まで巻き込んでしまったのだとしたら……なんとも、救えない話だ。


「詳しい話はしなくていいからな?」

 聞かなくてはすっきりしないというわけでもなく、聞いたところで愉快な気持ちになれるはずのない話だ。聴く必要がないのなら、知らないままでいい。物語おはなしは、笑えるものの方がいい。


 思っただけで、口に出したわけではなかったのだが、ハルは目を細めてクスリと笑った。


「アルらしいですね。まぁ、そういうわけなので、馬の方だとしても蒼緋衣そうひごろもさんに頼んでください。馬の運動にもなりますし、一日くらいなら貸してもらえるんじゃないですか?」


 ハルがそう言うのなら頼んでみようか。そんなふうに考えるアルだった。

ねんがんの じじゅうをてにいれたぞ!

→ 殺してでも うばいとる


またちょっと短めですが、キリがいいので投下します。

内容についてはだいたい予想通りです。予想通り、目的地までたどり着けませんでした。あるぇー?

ワリといつものことなのですが、書いてるうちに設定がどんどん膨らんでこのありさまです。


「絶影」は知ってる人は知ってると思いますが、三国志の曹操の馬ですね。名前の由来はまんまパクってます。


さてさて次回は……次回こそは遠乗りです。次回「遠出と狩りと……」次はここまで時間かからない……はずです。

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